王子様と石のお話

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王子様と石のお話

 ある国に、一人の王子様がいました。

 王子様は、大きな城に住んでいました。

 沢山の家来に囲まれて、王子様は贅沢に暮らしていました。

 でもそのかわりに、王子様は朝から夜まで勉強しなければなりません。王子様は城の外に出て遊びたくて仕方がありませんでした。

 ある日、王子様はついに、先生の目を盗んで城を抜け出してしまいました。

 先生から連絡を受けて慌てた王様が、家来に王子様を探させましたが、町の中に隠れた王子様は、家来がいくら探しても見つかりませんでした。

 「なーんだ。簡単に抜け出せるじゃないか」

 家の裏に隠れていた王子様は、家来が大きな道を通り過ぎていくのを横目に、細い道をどんどん奥へ入っていきました。

 「もっと早く抜け出せばよかったなぁ。お城では見られないものがいっぱいあるぞ」

 町には、道を行く町の人々や、家や、動物達など、王子様が見たことのないものが沢山ありました。

 王子様は夢中で道を歩きました。

 ……ふと気づくと、人のいない、家もあまりない、町の端に来ていました。

 「町の中央はにぎやかだけれど、端になると静かなんだ」

 いつも家来に囲まれている王子様には、静かな場所は珍しいものでした。

 しばらく歩いていくと、やがて道は行き止まりになりました。そしてその行き止まりには、小さな古い店が一つ、ぽつんと建っていました。

 「何を売っているお店だろう?」

 王子様は、古くなった店のドアを、そっと引いて中に入りました。

 その店は、とても不思議なお店でした。

 外から見ると小さいのに、中はとても広く見えます。

 店内は暗かったのですが、あちこちに置かれている筒のような丸い台の上でなにかがまぶしく光っていて、その光が辺りを照らしていたので怖くはありませんでした。

 台の上には、色々な形の石が一つずつ置かれているようです。

 「何が光っているんだろう?」

 王子様は背伸びをして台の上を覗いてみました。

 なんと、石の下の、台の上そのものが光っているではありませんか! そしてその光は、まっすぐに天井を照らしています。

王子様は光をたどって上を見上げました。

 そうしてびっくりしてしまいました。

 平たくて広い天井には、見たことのない外国の景色がいっぱい映っていたのです。

 それは下から光にてらされた石が、天井に映しているものでした。

 石の数と同じ数の光が、見たことのない景色や、知らない町を天井に映しています。

 「どこにでもある石に見えるのに……」

 王子様は、下から光に照らされているごつごつした石をじっと見つめました。

 「どうして石が景色や、外国の町の様子を映すんだろう。不思議だな」

 「おや、珍しい。お客様ですか」

 とつぜん、店の奥から声がして、王子様は驚いて声のした方に振り返りました。

 「いらっしゃいませ。気に入った石がありましたか?」

 不思議な店のその人は、なんだか不思議な人でした。

 凄くお爺さんにも見えますし、とても若いお兄さんにも見えます。

 王子様は城に連れ戻されるかもしれないと思い、慌ててお店を出ようとしました。

 しかしその人は片手を上げて、笑って王子様を引き留めました。

 「どうぞ、そのまま見ていてください。最近は石を見られる人も少なくてね。君のような小さい子が石の映す景色を見られるのは嬉しいことです」

 良かった。どうやら王子様とばれていない様子です。

 王子様はその人に近づきました。

 近づいても、その人はお爺さんなのかお兄さんなのか判りません。

 王子さまは恐々とその人に訊きました。

 「この店は石を売っているの?」

 その人はにっこりして頷きました。

 「ただの石じゃないよね?」

 続けて王子様が訊くと、今度はその人は、いいえ、と首を振りました。

 「わたしが売っている石は本当にただの石ですよ。その石が、自分があった場所の景色を覚えているだけなんです」

 「景色を覚えるの? 石が?」

 その人は頷きました。そうして、色々な景色が映る平たい天井を見上げて言いました。

 「長く一つの場所にあり続けた石は、その場所の景色を覚えます。私は色々な国を旅して、その場所の景色を覚えた石を、そこに行ったことのない人に売っているんですよ」

 王子さまはもう一回、天井を見上げました。

 高い建物のある町が見えます。

 広い海と、まっ白な浜辺も見えました。

 どこまでも広がる森。まっすぐに伸びる長い大きな川。虹の掛かる空。王子様が住むお城とは形の違うお城。見わたす限りの花畑。賑やかで大きな町。高い高い山。雪の降るまっ白な村。沢山の船がある港……。

 「でも最近は……」

 その人の声が聞こえて。

 王子様はその人を見ました。

 急にお爺さんにしか見えなくなってしまったその人は言います。

 「沢山の旅人が、外国の絵やお話を持って来るでしょう? 絵は綺麗ですし、お話は面白いので、ただの景色しか映さない石にはみんな興味がなくなって、忘れられていきました」

 その時、外で王子様を呼ぶ家来の声が聞こえて、店のドアが大きく開けられました。

 「王子! ここでしたか!」

 王子様は驚いて飛び上がりました。

 そうして、その人にお礼を言うことも忘れて店の中を逃げ回り、家来の横をすり抜けて外へ逃げ出してしまいました。

 そのあと、連れ戻された王子様は、城で王様や先生にこってり叱られました。

 けれど王子様はあの店が気になって、叱られてもうわの空でした。

 それから数日たった、ある日の休み時間、城の中を散歩していた王子様は、中庭にやってきました。

 庭には、綺麗な木や花が植えられていて、真ん中に魚の泳いでいる池があります。

 ……ふと、王子様の目に、庭の池のまわりにある小石が目に入りました。

 丸くて角がない、さわり心地の良い石……。

 王子様は、また城を抜け出しました。


 偶然辿り着いたあの店へもう一度行くのは、とても難しいことでした。

 町の人にその店のことを訊いても、知っている人は誰もいません。

 散々迷って、やっとその店へ辿り着いた時には、もう夕方になっていました。

 「……ごめんください」

 恐る恐る、王子様がその店へ入ると、店の中は前に来た時と全く変わっていました。

 光る台も、石も、何もありません。広くて暗い部屋があるだけでした。

 「おや、いらっしゃい」

 それでも、あの不思議な店の人はちゃんといて、王子様に向かってにっこりしました。

 あいかわらずお爺さんなのかお兄さんか判らないその人に、王子様は近づきます。

 「前にあった石は?」

 「片付けたんです。もうそろそろ旅に出ようと思いまして。この町の方々は石の景色が見えないようでしたから」

 だから旅立つ前に、見える君に会えてよかった、と、その人は言いました。

 王子様は急に寂しくなりました。

 「僕が見えるのに」

 「でも、君は王子様でしょう? この店にはそんなに来られないと思いますよ」

 その通りでした。王子様は王様になるための勉強をしなければいけません。

 王子様は、持って来た石をその人に見せました。

 「あげる。お城の中庭の石。これが景色を覚えてるかは解らないけれど」

 その人はびっくりしたように目を丸くしたあと、王子様に向かって笑いかけ、王子様の手の平に乗った石を受け取りました。

 「ありがとうございます。では、この石が覚えている景色を見てみましょうか」

 その人は、丸くてうすいお盆のようなものを取り出して、王子様の石を乗せました。

 お盆が光り、石が覚えている景色が天井に映ります。

 それは王子様が生まれる前の景色でした。今中庭にある木とは違う木が、綺麗な花を咲かせています。知らない家来がいるのが見えました。とても若い王様が見えました。花の数は今よりも少なくて、池が今よりも大きくて……。

 その人がお盆から石を外しました。

 「きちんと覚えていますね。良い石です」

 「石を使えば、色々な国の様子が見られるの?」

 王子様は突然、その人に訊きました。

 不思議な人は、不思議な……不思議な笑顔を浮かべて王子様の手を両手で包みます。

 そうして、言いました。

 「本当はね。絵にも、お話にも、石にも、頼らない方がいいんです。世界は石ではなく、君の目で見て、そして覚えていてください」

 そうしてその人に背中を押され、王子様は店の外に出ました。

 「最後に君とお話ができてよかった」

 王子様はお礼を言おうと振り返りました。ですが、そこにはもうその人の姿もその店もありませんでした。


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