第17話 迷宮都市リュスペ




 ルフメーヌで出会ったケイシーと、迷宮都市リュスペに向かう途中に立ち寄った町、ルロレーで犬獣人の冒険者、ココと出会い共に迷宮都市リュスペを目指すこと数日。


「あっ!あれ、リュスペじゃないかなー?」

「遠くてよく見えないけど、確かに街っぽいがあるような?ケイシーは見える?」

「分かんない。ココこ、この距離でよくわかったね」

「ふふん!そりゃあ獣人だもん!これくらい全然見えるよ!」

「「おお~!さすが~」」


 ボラシティースネークとの戦闘。予想以上にスパルタだったココの体術訓練。薬草の効果を説明している途中で脳がショートして眠ってしまったココ、それとは真逆に次々と質問を重ねるケイシー。


 たった数日だが、私たち3人の距離は近づいたと思う。


「あ、あー!そーいえば、エルが作ってた凄い臭いの液体を髪に馴染ませたら髪色が赤くなったのにはビックリしたなー!」


 頬を掻いて照れていたココの露骨過ぎる話題の逸らし方に少し頬が緩みながら、明るめの茶色だった髪が赤みがかった茶色になった髪の毛を手で触る。


「うん。私も初めて使ったからビックリしちゃった。こんなに赤色が強く出るとは知らなかったな」


 髪色を赤く染める調合は街の薬師の下で働いているお姉ちゃんから、『薬師のおばあさんが、気分転換よ!とか言ってちょくちょく使ってるんだ』と教えて貰ったレシピだ。

 教えて貰った時は『こんな調合一生使わなさそう』と思ったが、まさか使う時が来るとは、何事も覚えておいて損は無いらしい。


「そうだね。ま、まるで初めからその色だったみたいな色になって驚いたよね」

「そーだよね!…あの臭いさえなければ作ってみたいと思うんだけどなー」


 臭いを思い出したのかココは死んだ目をした。それには私も同意というか、同情する。


 昔、初めてセキカラ草を磨り潰した臭いを嗅いだ日は私だって忘れられないのだ。ココの鼻の良さならダメージはさぞや酷かっただろう。


「セキカラ草を磨り潰し始めたら一瞬気絶してたもんね。だから離れた方がいいよって言ったのに」

「うう、あそこまでとは思わなかったんだもん!セキカラ草?って草この世からなくなんないかなー」

「セキカラ草以外にも強烈な臭いの薬草は多いよ」

「そ、そうだよココ。シルバナンにポクチー、ノーモンとスタヤ、それに…」

「まだあるのー!?イヤだイヤだ!ぜーんぶ無くなれー!!」


 次々に淡々と薬草や木の実の中でも独特な香りのものを挙げていくケイシーの声が、これ以上聞こえないように耳を塞いでココは叫んだ。


「次の方どうぞー。…迷宮都市へはどのようなご用件で?」


 リュスペに入る為の検問の列に並ぶ事しばらく。


 眼光が鋭い兵士に、幾つかの質問をされて身分証となる冒険者カードを見せて、私たちは・・・。


「…はい。通っていいですよ。……次の方ー」


 検問を無事通過した。


 ダンジョンから魔物が溢れる集団的魔物暴走スタンピードから都市を守る為に造られた分厚い壁の中の都市内部に足を踏み入れた。


「無事に入れて良かった。怪しまれてはいたけど…」


 未だにドキドキしている心臓を押さえて、都市を見る。


 石の建物からカラフルに色付けされた屋根と人の興味を惹くように大きな文字で書かれた看板。

 雑多な街並み、その感想が似合う場所だった。


 物珍しい物が多い景色に一歩踏み出すごとに、


「すごーい!」

「色んな種族の人が歩いているねー」

「あっ!獣人!」


 たまに1回転するほどキョロキョロして歩くココに心の中で共感しながら、おかしくない程度に通行人の冒険者やお店を見る。


「もう夕方だし、き、今日泊まるとこを早く見つけないと、う、埋まるの早いから」


 一方、初めてではないらしいケイシーは経験からなのか宿屋に泊まれなく危険性で不安そうな顔をしていた。


 やはりと言うべきか、経験者のケイシーの助言を信じて宿屋探しを始めた私たちだったがケイシーの言葉通り、人通りが多い場所にある宿屋も、一本裏に入った所にある宿屋も、部屋は開いてないと言われてしまった。


「あー。あの屋台で売ってるヤツ美味しそー」

「早く宿を取って買い物に行きたいね」

「つ、次に行こう!」

「うん!あの屋台メシを食べる為に頑張るぞー!」


 冒険者ギルドに近い場所とか、要望を言える段階ではないので都市を彷徨さまよい、しらみ潰しに宿屋に突撃する。


 だが…


「この宿屋も断られちゃったね」

「『既に予約でいっぱいです』って何十回と聞いたセリフだよ!もー!」


 迷宮都市では予約しておくのがスタンダードのようで、宿屋に入って訊かれるのが『ご予約はしていますか?』だ。してない、と言うと部屋は開いてないと言われてしまう。


 一旦休んでいるケイシーにココが疲労の隠せない声で先程から何件も見る、店前に木の札が掛けられた建物を指差す。


「ケイシー、もう飛び込み歓迎って木の札がある宿に行った方がいーんじゃなーい?」

「うん。このままじゃ屋台メシを食べるどころか夜ご飯が食べられるかどうかも怪しいからね。取り敢えずでも寝れる場所に泊まれれば良いんじゃないかな?」

「そーそー!どう?ケイシー」


 確かにココの言ったとおり、飛び込み歓迎の宿屋は通りに面した場所でも〔空室有り!〕と書かれた木の札が掛けられていた。しかも安いのに、ケイシーは目もくれずにスルーしていたのだ。


 だが、ケイシーは必死の形相で首をブンブンを振りその提案を全力で拒否した。


「ダ、ダメダメ!起きたら金目の物が無くなってるとか、ベッド1つしかない部屋に数人を詰め込んだり、飛び込み歓迎って書いてある系の宿屋はヤバいところが多いんだから!絶っ対にダメ!!」


『ダメ!!』のところでバッテンをする程に拒絶を示したケイシーに私もココも戦いた。


 色々と詳しく訊きたいけれど、聞くのが怖い。


「「うん。わかった」」


 その場は何も言わずに、宿屋探しを再開した。


「3人?それなら…ああ、開いてるよ。1人部屋しかないがそれで良いなら」


 酒場が多い通りから一本、二本裏に入った人気のない場所で見つけた2階建ての宿屋、『闘牛の微睡み』。


 その中に入り、部屋が開いてないかと訊いた私たちに気だるげな受付の男性は何て事が無いかのようにすんなりと、私たちにとって希望と言える言葉を口にした。


「も、もちろん!全然、全然大丈夫です!」


 即座に頷いて1泊分の料金を払い、部屋の鍵を貰う。


「空いてたのは、3階建ての宿屋の2階の4番目の部屋と突き当たりの部屋、3階の階段上がってすぐの部屋、の3つ。誰がどの部屋に泊まる?」


 取り敢えず2階の4番目の部屋に入って部屋割りの相談を始めた。勢いよく手を挙げたココは何処がいいか、既に心を決めているようだ。


「はい!うちは2階の突き当たりがいいです!」

「それは、ど、どうして?」

「1番うるさくなさそうだから!」

「ああ、なるほど。ココが2階の部屋でいいかな?」

「うん!エルはき、希望とかある?」

「んー。特にはないかな。ケイシーが泊まりたい方にしていいよ」

「そ、それなら、3階の部屋がいいなっ!」


 特に揉める事はなく、部屋割りはすぐに決まった。貰った部屋の鍵を持って再度確認する。


「わかった。ココが2階の突き当たりの部屋、ケイシーが3階の階段すぐの部屋、私が…」

「2階の4番目の部屋!だよね!!」


 そしてお待ちかねの屋台へ……行く前に、何となく全員で部屋が同じなのか見に行った。


 違いは特になく、ベッドにかかってる布の柄が違う事くらいだった。部屋自体はベッドと机でいっぱいになる程だが、すきま風もほぼないしベッドもしっかりしていて、よく眠れそうだった。






「いい匂いだ!店が沢山だ!!屋台通りだ!!!」


 待ちに待った夜ご飯を買いに屋台通りに来た途端、ココが叫ぶ。


 鉄板でレタキャや数種の野菜を生地に混ぜ、ボア肉の上で焼き、ソースをかけた物。

 ハチミツがたっぷりと掛けられた揚げ焼きの七目鳥。

 削ってふわふわになった氷にトロッとしたベリーのジャムをかけたかき氷。

 生地を型に入れて焼き、煮詰めた甘い豆を入れ生地で挟んで焼いた銅貨焼き。


 それぞれ気になる食べ物を買い、宿屋に戻って私が泊まる事になった2階の部屋に行って食べる。


 疲れで黙々と食べて、少し落ち着いた頃を見計らっていたココが話し掛ける。


「…そーいえば。2人は迷宮都市に稼ぎに来たんだよね?」

「うん。2つのダンジョンがあるからって、ねケイシー」

「そ、そうだよ。蟲迷宮と死霊迷宮があるから稼ぐのにはピッタリだなぁって。それが、どうかしたの?」

「うちが仕事の為に迷宮都市に行くとは言ったけど、詳しい内容は話してないなーっと思ったのと、エルとケイシーをその仕事に誘おうと思って」


 頷いて話を促しつつ食べるケイシー、銅貨焼きを頬張って頷くエル、喋る合間合間にピリ辛のタレがかかった軟骨入りのつくねを口に運ぶココ。3人とも手は止めず、食事中のままに話を進める。


「勝手に誘って平気なの?」

「大丈夫だよ!むしろ何人か誘って来て欲しいって言われたくらい」

「ど、どんな仕事なの?危険だったりする?」

「危険になるかもしれないね。何か高価な物の護衛依頼だから」

「高価な物を守るのに寄せ集めの冒険者なんておかしくない?」


 緩さといい怪しげな雰囲気に不安になる。ケイシーも眉を寄せて乗り気ではなさそうだ。


「それが、護衛する物が入ってない馬車も走らせて同様に守るんだって、ほとんどが囮らしいよー。だからその護衛の物が乗ってる馬車にはちゃんとした護衛が乗って、うちらは囮の馬車に乗るんだと思う」

「な、成る程、お金は掛かるけど効果的なやり方かもしれないね」


 空の馬車を守らせつつ、本命の馬車を悟らせない為なら寄せ集めの方が都合が良いのかも、と納得してちょっと乗り気になってきたケイシーを見ながら思う。


「へー、まぁヤバそーだなって思ったり、そもそも仕事事態がなかったら迷宮に入ればいいし!」

「それもそうだね」


 元々の目的は迷宮だったし、仕事が無くても問題はないのか。


「そ、れ、に!大切なのは報酬の額!ちょっと耳貸して……」


 ココはニヤリと笑うと私たち3人以外に人なんていないのに声を潜めて衝撃の報酬額を言われ、それがトドメとなった。


 ケイシーと頷き合い、ココを見る。そこに言葉はいらない。ココも頷き、手を差し出した。


 静かに握手をした。




 食後にケイシーが屋台通りで見つけたというハーブティーを私が淹れる。ココに運んで貰って各々座って飲む。


 ハーブティーを飲んだケイシーとココが笑顔になったのを見てホッとする。


「…美味しい!す、凄い!」

「香りもいーね!強すぎない柔らかい感じで」

「喜んでくれて良かった。ケイシーの買った物が良かったからかな?」

「そ、そそんな事、ことはないよっ!」


 ハーブティーを飲んで暫しお喋りに花を咲かせる。


「…それから、必要な物は他にあるかな?」

「う~ん。た、食べ物は多めに買っておくのが良いんじゃないかな」

「そーだね。幾つか街を経由するらしいから」

「ポーションはどうする?」

「中級のポーションくらいは、い、一本ずつ買おうか」


 いつの間にか、外から雨音がするようになっていた。


「ココは兄妹が多いの?」

「どーして?」

「ペ、ペンダントの時にそんな話をしてたから…」

「ああ、うちは孤児院で育ってさー。血は繋がってないけど弟や妹といえる子達とか、姉や兄と呼んでる人達も沢山いるんだ。だから明日は頑張るの!」

「もしかして仕事は孤児院の為なの?」

「うん。孤児院の経営がカツカツなんだー。だから稼いで弟や妹、孤児院のシスターに仕送りいっぱいして恩返しをするんだ!」

「明日、頑張らないとね。…ふぁ」

「うちも眠くなってきたしー。もう眠った方がよさそー…」

「わ、わたひも眠い。ふぁぁ」


 旅や宿屋探しで歩いた疲れなのか欠伸が出たし瞼も重い。


 お喋りはこれくらいにして、明日の為に眠る事にした。


「お、おやすみなさい、エル」

「エルおやすみー」

「うん。ケイシー、ココ、おやすみ」


 2人が部屋を出て行ったのを見て、鍵を閉めた私は欠伸を耐え、重い瞼を擦りながらベッドに向かう。


 そのままベッドに倒れこんだ私は夢すら見ないほど、深い深い眠りについた。



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