第20話 嘘つき
「んんう。んむむ?」
覚醒した私は目を開けた。が、部屋が暗くてよく見えない。
こんなに暗かっただろうか。窓を開けないとまた眠っちゃいそうだ。
ベッドから起き上がろうとしたが、体が上手く動かせない。首を動かして体を見ると、足と胴に縄が見えた。手は後ろで見えないが同じく縛られているのだろう。
「ふんむんむむふん?」
口も縛られていてまともに喋れない。
どういう事か、と部屋を見る。ねっころがっていた場所はベッドだったはずなのに硬くて冷たい石の床だ、真っ暗な視線の先には特に何も置かれていないが左の壁に扉らしき物が見える。
ヒシヒシと嫌な予感がする。
ジメッとした空間の中、取り敢えず魔法で体を縛る縄を切って、動けるようになろうとする。
「むぐっ!?」
だが、魔力が何時も通りに動かせない。動かそうとするとバチッと弾けるような感覚と痛みだけが襲い、魔法は使えなかった。
魔法すら使えず、体も縛られた上に痺れたような感覚がしてまともに動けない。逃げだせない状況に不安が募る。
「だ、ダメだよ~。逃げようとしちゃ~」
何かしてないと不安で、身を捻って動こうとしてみたり、何回も魔法を使えないか試してみたり、そんな事をして痛みに耐えつつ僅かに魔力を使って猿轡を外せた私に扉らしき物がある方から声が聞こえた。その声に固まる。
男性の声ではない。女性の声だった。
知ってる声だ。ここ何日、共にいた人の声だった。
震える声でその声の主に訊く。
「ケ、ケイシー?」
一瞬の静寂の後、その質問の答えが返ってきた。
「そうだよ、エル」
「っ!!大丈夫?怪我してない?ケイシーも縛られているの?」
一体誰がこんな事をしたのか。やはり私を狙うとすれば第3王子だろうか。でもそれならケイシーまで連れて来るのか。ココの声はしてない。この場にはいないのか、無事なのだろうか。
一体何がどうなっているのか、考える私の耳にケイシーが言う。
「ううん」
否定した?何をだろうか。怪我してない事かな。縛られていない事、はあり得ないだろうし、でもほどいたとかならあるのかな。
「それはどういう事?怪我をしてないって事なの?」
「ううん。わたしは………………」
混乱の中でケイシーに問う私は、何を考えていたのか。
「…………捕まってなんかないよ!そもそも、ねぇ?」
扉が開き姿を現したケイシーは、どこも縛られていない状態でランタンを持ち元気そうに歩いて私の方に来た。
「…本当にケイシーなの?」
声は確かにケイシーだった。なのに私の知ってるケイシーと違う。
自然と口から零れた質問にケイシーは見たことのないニッコリとした笑顔で答えた。
「もっちろ~ん!本当に本物のケイシーちゃんだよっ!!」
同じ声で、同じ容姿で、私の知ってるケイシーがしない言動で答えた
似通った容姿の別人という可能性を考えたが見下ろしている彼女の首に揺れる見覚えのあるペンダントを見て別人の可能性は無くなった。
信じられなかった。本当に目の前の彼女が本物のケイシーなんて。髪型が三つ編みのおさげからサイドテールに変わっているし、長い前髪も流してある。
くたびれた革鎧から新品の革鎧に変わっている上に、それは前に身につけていた革鎧よりもとても良い品質の物に見える。
それに何よりもニコニコと笑顔を絶やさないケイシーは、私の混乱を更に強くする事を喋る。
「うふっ!エル、いや、エル、テちゃん!」
「ッ!!」
「ビックリした?したよね。だよね!うふふっ!」
名乗っていたエルではなく、本当の名前を呼んだのだ。
「こんなにビックリして貰えるなんて…♪嬉しく思うよ」
息を飲んだ私と違い、笑みを深めるケイシーはどこまでも別人のようだ。
「全て嘘だったの?」
どうか、この質問に違うと答えて欲しい。すがるような思いで信頼していた仲間だったはずの彼女に訊く。
「そうだよ!あー、国境の街で目覚めの蒼剣ってパーティーから追放された弓士がいるのは本当だけど、そこにわたしぃ?がいたのは嘘!うふふ、弓が下手っピなのもウソ…!」
彼女はニコッと笑顔を見せて、あっさりと語り始めた。
「楽しかったね~!反吐が出るようなエル、テちゃんとの旅は。
エルテちゃんと自然に出会う為に、ゴブリン数匹に追い掛けられてぇ協力して倒したのは楽しかったな~。ふふっ、何時でも殺せるゴブリンに苦戦しているふりは中々上手かったんじゃないかな?
その後のエルテちゃんの心を
突然走り出したエルテちゃんを焦って追いかけたら、まさか、ねぇ?…ふふ、あんな
怒涛の勢いで話したケイシーは愉しそうだ。何時ものように言葉を詰まらせる事はなく、替わりに笑い声を挟んでいた事に話し方の癖からすら偽物だったのだと知る。
「ドジっ子だけど解体や交渉は上手なケイシー、なんてどこにもいないんだよ~?」
わざわざ黙っている私の顔を覗きこんで、自分が言っているとアピールするようにハッキリと口にしたその言葉に、分かっていても傷ついた。
「ココは?仕込んだ者だったの?」
「いや~?違うよ。あの子はただの冒険者……エルテちゃんが
その言葉に息を飲んだ。
私の所為という事は、あの時ココがぼったくられていたのを見てみぬフリをしていればココはお金を損しただけですんだのかもしれない?
自分の所為で誰かの人生が、望んでいない方に行ってしまった事を突きつけられた気分だった。
「今頃何してるかな~?多分、面白~いコトになっている筈なんだよねぇ」
「面白い?」
「そうなの!迷宮都市に置いて来たんだけどねぇ?ほらぁ、わたしとエルテちゃんがいなくなっちゃったじゃない?アレもコレもやっておいたから絶対に面白いはずなんだよね~!見たかったなぁ♪」
ココが無事らしい事にホッとするが、私とケイシーがいなくなった事にココがどう思うのか。きっと、裏切られたと思われてしまうのだろうな。
目が覚めて、仲間がいなくなっていた時の感情は一体どんなものなのだろう。
もしかしたら私たちを捜して走り回っているかもしれない。ココの耳や感覚があれば見つけてくれるかな。いや、そもそもここは迷宮都市の何処かなのだろうか。
「ここは何処なの?」
「さぁ?1つだけ教えてあげるとしたら~此所はリュスペじゃない何処かって事かなぁ?ふふっ!」
浮上した疑問を解消しようと質問したが彼女にはぐらかされる。
ここまで見せつけられれば、私のケイシーに対する感情はガラリと変わっていた。
「……嘘つき」
涙ながらに語ってくれたパーティーに追放された話も、私の話を聞いて怒ってくれた事も、緊張しながらも交渉術を教えてくれた事も、すべてすべて嘘だったのなら、目の前の彼女に言いたい言葉はこの1つだけだった。
楽しかった
「…フフ、褒め言葉をありがとう…!」
次の瞬間、蕩けるような笑顔でお礼の言葉を言った。
''ケイシー''では見せなかった表情に今、見知らぬ人物が目の前にいるのだと思わざるを得なかった。
「頑張った甲斐があったなぁ…♪うふふっ!そんなに射殺すような目をして言ってくれるなんて、わたしを信頼してくれてたんだね、ふふっ」
機嫌良さそうに独り言を言う彼女は、ガシャン!と音が響いたのに止まると肩を落とした。
「…あ~あ。もう時間になっちゃったんだ。残念~」
大きなため息を吐いて私を見ると、『エル、テちゃん?』そう冷たい気配を漂わせて忠告をした。
「わたしの雇い主様?がやってくるけど、余計な口は聞かないでねぇ?煩かったら首を斬って黙らせちゃうかも…!」
あの蕩けるような笑顔とは真逆の温度のない笑顔をした彼女が恐ろしくて、小さく頷いた。
「うふふ、偉い偉~い!じゃあ、ご対面だねぇ」
薄暗い室内、彼女は私の頭の方の壁に立ち扉を見て待つ。
カツカツと足音が響き、扉が開かれた。
「彼、がわたしたちの雇い主様だよ」
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