第19話 犬獣人は起死回生の一手を打つ




 うちは冒険者夫婦の間に産まれた。子供ができると定住する冒険者が多い中、両親はうちに世界を見せたいとまだ小さなうちと3人で各地を旅していた。


 魔物の討伐依頼を受けた時だけはうちは近くの孤児院や宿屋に預けられたりはしたが、両親は必ず帰って来てくれた。


 帰って来ると思ってた。


 今日も孤児院に預けられ、待っていたうちの下に帰って来た両親は遺体となっていた。突然身寄りが無くなったうちは預けられていた孤児院の子供の1人になった。


「やーい!獣人なんて気持ち悪いのー!」

「獣人の国に帰れー!」

「「そーだそーだ!!」」


 孤児院にはうちみたいな獣人は数人しかおらず、良くも悪くも正直な孤児院の男の子とかに言われたりする事があった。

 そんな時は母の言葉を思い出して落ち着いていた。


『いい?舐められてイヤな事をされたりしたら、2度と舐められないようにやり返すのよ?』

『例えばー?』

『そうねぇ、やっぱり拳かしら?』


 落ち着いたら1人1人に拳を当てて殴った。


「イッテー!何すんだよ!」

「うちよりも弱いんだから、2度とそんなこと言わないでね!獣人に!!」

「お、お前が強いからって従うワケが…」


 涙目になっている男の子たちが反発したのに対して、うちはもう1つ母親に教えて貰った事を実践する。


「へーんーじは?」


 それは、怒りと微笑みのハーフスマイルだ。母親曰く『これが出来ればとっても便利よ。でも、多用し過ぎないようにね』とのこと。


『「「「はい!2度としません!」」」』


 男の子全員が声を揃えて誓ったのを見たうちは、満足気に頷いたのだった。


 うちがいたのはヴォヌレ王国内でもマイネン王国の国境近くのポンテ領のカロ・セギュー村だった。貧しくて、孤児院のシスターだけじゃ大変だからと手伝える事はみんなで手伝った。


 その中でうちは、物作りが下手な事を知った。破れた布を縫おうとしたら、針が指に刺さる刺さる。壊れた床板を直そうとして木の板を金槌で止めようとしたら力の入れすぎで木の板を割る。

 孤児院の中でうちは自然と得意な力仕事を多くやるようになっていった。


 こうして暮らしていくこと数年、うちは成人の年齢である15歳を迎えた。


 しばらくは孤児院の手伝いと、冒険者の活動をして、いずれ旅をしよう。


 そう楽観的に考えていたうちの耳にある日の夜中、シスターとうちよりも年上で今は孤児院で働いたり、村で暮らしている元孤児院の者達の会話が聞こえた。


「お金は大丈夫かしら?」

「…何とか切り詰めれば今月を乗りきれる程度で、孤児院の建物の修繕等に回す余裕はとても……」

「ごめんなシスター。俺らも出来るだけ寄付はしてるんだが、生活もあるから…」

「いいのです。僅かな金額でも私たちは助かっているのですから、気に病まないで」


 それは、孤児院の経営状態が悪い、と頭が悪いと自覚してるうちでも分かる会話だった。


 この孤児院の子供は、生意気だしイタズラも多いし、シスター達を困らせてばっかりだけど、みんなうちの弟で、妹で、家族だ。育ての親とも言えるシスターと、孤児院の経営に参加している姉や兄と言える者達が大変なのを知って、うちが見て見ぬふりをする訳にはいかない。

 うちが出来る、得意な事で恩返しをしよう。


 その日、うちは決意した。


「成人したばかりなのに…本当に行ってしまうの?」

「うん!また旅をしたいって思ってたから」

「気を付けるんだぞ?騙されやすいんだから」

「わかってるわかってるー!」


 心配そうな顔の老齢のシスターと、成人後の今は村で狩人をしている昔悪口を言われて殴って黙らせた男の子に注意を受ける。


「ねーちゃん行っちゃうの?」

「いつ帰ってくるの?」

「寂しい…」

「わわっ!そんなにくっつかなくても、また必ず帰って来るよ。此所はうちの故郷で、家族が沢山待っているんだから」

「ほんとーに?帰ってくるの?」

「うん!約束だよー!お姉ちゃんが約束破った事はないでしょ?」

「わかった…必ずだよ!絶対に破らないでね!」


 うちを姉と言って慕い、うちも弟や妹と思っている子供たちからぎゅうぎゅうに囲まれて会話をする。こんな会話がしばらく出来なくなると思うと行きたくなくなるが、行かなくてはならない。この子達の為にも。


「体には気を付けて、食べ物をいっぱい食べるんだよ?」

「うん!わかってるよー」


 最後にシスターが近づいて、うちを抱きしめた。


「…必ず帰って来てね。孤児院で必ず待っているわ」


 細く、でも力強くて安心するシスターの腕の中にいるうちはまだシスターに子供と思われているのだろう。


 冒険者になって旅をする。と伝えた時、シスターもその場にいた孤児院の経営が苦しいと知っているメンバー全員も、何も言わずにうちを応援してくれた。


 それは嬉しかったけど、同時に悲しくもあった。だからそう。これはそんなうちからの細やかなイタズラ、子供のワガママだ。


「…いっぱいいっぱい、孤児院にお金を送るから、子供達だけじゃなくてシスター達もいっぱい食べるんだよー?孤児院いえを守る為に」


 そう、シスターにだけ聞こえるように囁いた。


 驚いて固まるシスターと何が何だか分かってない大人達に、弟妹達に、暫しの別れを告げる。


「行ってきまーす!」


『「「「「「行ってらっしゃーい!!!」」」」」』


「気を付けてなー!!ココ!!頑張れー!」


 こうしてうちは成人を迎えて数日後、集まってくれた孤児院の面々に見送られて出発した。


 それからは、街から街へと転々と旅をしながら稼ぎ、節約をして1ゼタでも多く孤児院に送った。


 孤児院を出てもうすぐ2年となる頃、酒場で仲良くなったパーティーと飲んでいたらある話をされた。


「なぁ、ある豪商が高価な物を護送するらしくってよ。その依頼を聞いたはいいが俺等はその予定の場所とは反対方向に行く予定なんだよ。あんたは腕っぷしがありそうだし、良ければ受けてみたらどうだ?」


 最初は怪しいと感じた、が詳しい話を聞いて囮集めだと知り、それなら高額だしオイシイ依頼だと思った。


「どうすればその依頼を受けられるの?」

「おっ!乗り気になったか。確か、迷宮都市リュスペだ。そこの指定された場所に行って、話を聞いて来たって言えば受けられるらしい」

「らしい?そんな曖昧で大丈夫なのー?」

「仕方がねぇだろ。これを話してくれた奴も別の奴に依頼を聞いただけだって言うんだからよ」


 情報源がひどくあやふやな事に、やっぱり止めようかな、でもお金、と気持ちが揺れる。ついでに話をしてる冒険者の体も揺れてる。


「ふーん、じゃあその人がデタラメいってたらどうすればいいのさ、損しかないよ?」

「そしたらお前、迷宮都市なんだから迷宮ダンジョンに入れば良いんだよ!!」

「あー、それもそっか」


 迷宮は危険な代わりに稼ぎが良いと聞く。それなら言って仕事がウソだったとしても大損というわけにはならない。それなら行っても大丈夫だろうと迷宮都市リュスペを目指す事にした。


 迷宮都市リュスペを目指してシャブリ男爵領を出発して西へと進み、ルフメーヌという街からルロレーに着いた。


 そろそろ成人の誕生日が近い子がいたのを思い出し、買い物に市場を見て回る。


「あっ!このペンダント良いかもー!」


 アクセサリー屋にあったペンダントに目が止まり、眺める。


 誕生日を迎える子は女の子で可愛い物好きだからピッタリだと、値段が下がっても尚高額なペンダントを購入したうちが、実はぼったくられていた事を2人の女の子が教えてくれた。


 エルとケイシーと名乗った2人に助けられたうちは、目的地が同じ事と2人といれば騙される可能性が減ると思い誘った。


 無事にオッケーしてくれたエルとケイシーと3人で酒場に行き、翌日迷宮都市に出発した。


 …実は2人を誘ったのは2人が心配だったから、というのもある。エルは革鎧すら1つも装備してない貧弱な防御力。ケイシーは何もないところで躓くドジっ子。その2人がリュスペまでの森を無事突破出来るのか心配になってしまったのだ。


 でも、その問題は杞憂だった。


 逃げたカモフラージュディアを追ってボラシティースネークとかいうらしいクッサイ魔物に怯まず、エルは水魔法を打って大怪我を追わせたし、ケイシーも矢を突き刺した。トドメがうちだっただけで2人だけでも倒せたのだろう。


 エルとケイシーへの評価が間違っていた事にうちは反省した。


 夜ご飯が狙っていたカモフラージュディアでもせっかく倒せたボラシティースネークでもない事は少し不満に思ったが、料理が美味しかったから全然オッケーだ。


 それに、イイ物を貰っちゃったし…。


 ニマニマしてペンダントを触っていたうちを水汲みから戻ったエルが不思議そうに見ていたが何も訊かれなかったのには安堵した。


 迷宮都市リュスペに入る前にエルが髪色を偽装したのには凄く気になったし訊きたくなったが、うちの奇行を見ても何も訊かなかった事を思い出してうちも訊かない事にした。

 もっと打ち解ければ自然に聞く機会も来るだろうと。


 エルの偽装した髪色はキレイな赤茶色になっていて怪しまれる事はなく、迷宮都市内部に入れた。


 エルフらしき杖を持った女性、ドワーフらしき小さい身長の毛深い髭の男性、そして槍を持った獣人。人間だけじゃなく、様々な種族が都市を歩いている事に見とれた。


 まぁその後、宿屋探しに歩きまくってヘトヘトになったうちは種族よりも、食べ物!となってエルとケイシーといっぱい食べたのだが。


「おやすみー!ケイシー」

「コ、ココもおやすみなさい」


 2階の4番目の部屋に泊まるエルの部屋を出て、3階の部屋に泊まるケイシーと別れてうちが泊まる2階の突き当たりの部屋に入る。


「つっかれたー!ふぁー眠い。寝よう………」


 入って早々強烈な睡魔に襲われたうちは抗うのをやめてベッドにねっころがり、眠りについた。





 風が気持ちいい草原に座るうちの前で籠手の戦技を見せてくれた父さんに拍手を贈る。


『戦技っていうのはな、努力と覚悟が揃った時に初めて会得できるんだ!だから鍛練を怠ってはいけないよ?』

『うんっ!頑張る!!』


 わしゃわしゃと撫でられたうちは、真面目な表情をして教えてくれた同じ耳の父さんに、よく分からないが元気に頷いた。


『ふふっ、貴方ったらまだ早いわよ』


 それを聞いた母さんはスープをよそりながら笑っていた。


 ああ、懐かしい記憶だ。昔の、まだ両親が生きていた頃の記憶。


『ココ、お前は父さんと母さんの自慢の娘だ』

『そうね。私たちはずっと、ココの味方よ』


 どうして今、この夢を見たのか分からないけど両親に会えて嬉しかった。




「ーーーい!おい!」


「……ーん?なんなの?朝からー」


 扉をドンドンと煩く叩く音と声で目が覚めたうちは良い夢を終わらされて不機嫌になりつつ目を開けて、文句を言おうと扉を開けに行こうとして何か手に当たり、それを見て固まった。


「なに、これ?」


 それは真っ赤な、刃の部分が赤く染まったナイフだった。


「おい!!出てこい!」


 何でこんな物がうちの部屋にあるのか分からない。よくよく見る普通のナイフだ。そこの刃にべったりと付いている血液からする匂いからして数人以上の者だろう。多過ぎて詳しい事は判別できない。


「出て来ないのなら、突入する!」


 しまった。どうしよう。うちは何もしてないけど、こんな血濡れのナイフを見たら誰だってうちがしたと思ってしまう。けれど今逃げれば、うちが犯人だと主張しているように見えてしまう。

 どうしよう。どうしようどうしようどうしよう!?


 ナイフをベッドに置き、頭を抱えたうちの首から垂れて揺れるペンダントトップの鍵。それが見えた瞬間、希望の光が見えた。


「…あ、そうだ。うちは1人じゃない。大丈夫2人ならきっと信じてくれる」


 そう。例えこんな状況でも、エルとケイシーならきっとうちを助けてくれる。あの2人がいれば大丈夫。


「突入ーー!!!」


 エルとケイシーの存在で落ち着きを取り戻したうちがいる部屋の扉を壊して、兵士の服に身を包んだ者が数名入ってくる。


「!!そのナイフ、やはり貴様だな!!」


 ナイフを見るなりうちに殺意の籠った鋭い視線を向ける兵士達はうちの部屋を探しだした。


「外套がありました!」

「血塗れだな。ナイフと外套、やはりお前で間違いないな」

「違う!そんなナイフも外套も知らない!いつの間にか…」

「それなら、俺達の仲間は、昨日お前を含めた3人の監視の任務を伝えたあいつも他の者も、いつの間にか死んでたとでも言うつもりか!!!」


 1番強く射殺すような視線の兵士に言葉を遮られ驚くような事を言われた。昨日監視されていた?


「はっ!?監視?知らない!誰が、何があったか知らないよ!うちはずっと眠ってた!」


 そんな事は全く気がつかなかったし、エルもケイシーも気がついていた様子はなかった。でも監視している人がいるなら、なんでうちにこんな容疑が…仕事してよ!


 混乱してきたうちを分かっていない兵士は、相も変わらず強い殺意を宿してうちを見ている。


「ハッ!眠ってた?犬獣人で人間よりも敏感な聴覚と嗅覚を有するお前が?あり得ないだろう」

「っ!ほ、本当だよ!昨日は雨が降ってたし、この宿屋に着くまでに歩き続けて疲れてたから、貴方達が扉を叩く音でやっと起きたくらいぐすっり寝てたんだよ!」

「よくもまあ、そんなウソを堂々と言えるな!!」


 何を言ってもうちの言葉だから嘘だと言われてしまう。本当の事しか言ってないのに、うちが犯人だと思ってるこの人達には何を言っても届かない。変えられない。


 この騒ぎにエルかケイシーかどちらか1人はすぐに来てくれると思っていたが、2人とも中々来ない。


「大人しく捕まれ!」

「…そ、その前に!」

「言い訳か?それともやっと認める気になったか?」

「違う。でも、話を聞いて欲しい人がいる」


 このままじゃ、うちは無実なのに捕まってしまう。捕まったらきっと犯人にされる。本当の、うちに罪を擦り付けた誰かの思い通りに。


 思い通りになんてさせない。うちには頼れる仲間が2人もいる。

 まだ、大丈夫。


「…まぁ、一旦聞いてやろう」

「おまっ!」

「冷静になれ、化けの皮を被っているのかどうか、その話を聞いてからでも遅くはない」

「…分かりました」

「それで、話を聞いて欲しいってのは誰なんだ?」


 全員殺意と敵意に満ちているが、幾分か冷静な人もいたようだ。良かった。


「それは、エルとケイシー。迷宮都市に一緒に来た仲間だよ!」


 この冷静な兵士とエルとケイシーさえいれば、きっと何とかなる。誤解も解けて、本当の犯人探しに移行してくれる。


「…昨日、一緒に行動していたという2人か」

「うん!そうだよ!あの2人なら…」


 そんな希望を込めて言った言葉は、兵士の一言で消え去った。


「…その2人なら既に死体となって見つかった」






「え?」


 自分の耳を疑った。聞き間違いかと思った。でも、部屋にいる全員の視線が、それを告げた兵士の瞳が真実だと語っていた。


「……2人とも、酷い状態で一目で死体だと分かる程ぐちゃぐちゃの状態だった」


 淡々と語る冷静なはずの兵士は、おもむろに腰の剣を抜くとうちの眼前に突きつけた。敵意、怒り、殺意、様々な感情を入り交じった瞳をしていた。


「どちらにも冒険者カードが首に下げられていて、名前も一致した。手足も胴体も、1番酷かったのは顔だが、なんとか髪色と目の色はわかった。そして同じ色だった。そして…」


 うちにこれまで向けられた殺意なんて軽く超える息が止まりかけるレベルの憎悪と怒りを向けて、眼前の剣が近づく。


「そして、冒険者カードにエルと書かれていたこの部屋から2つ先の部屋の死体の手に短めの金髪が握られていた。お前と同じ髪色だ!!」


 冷静さを失った兵士の叫びに部屋の中にいた他の兵士も更に視線を確信めいた物に変える。


「仲間と呼んだ者を惨殺するような者の言葉を信じる事なんてできない」


 侮蔑と怒りそして恨みが込められた言葉が、心を抉った。


「…昨日、お前を含めた3人の監視をしていた兵士数名と冒険者2名の殺害の容疑で逮捕する!」


 それを聞くや否や強い力でうちを部屋の外に引きずり出した兵士に抵抗する気は起きなかった。


 誰かが置いた血塗れのナイフと外套の所為で、どうしてこんな事に…。


「やっと反省し始めたか、殺人鬼め」


 もう全てがどうでもいいと、どうせ何も変わらないからと、思考に靄をかけていたうちの耳に兵士の一言が聞こえた。


 怒りが沸いた。


 エルとケイシーを惨殺してうちに擦り付けた真犯人にも、血痕がうちの部屋の前に垂れていたから、ナイフと外套が部屋にあるからとうちを罵る兵士にも、燃えるような怒りを抱いた。


「…してない」

「は?」

「うちは何もしてない!エルもケイシーも殺してなんかない!!!」


 兎に角この場から、兵士から逃げなければと思って暴れた。ついさっきまで力なく項垂れていたお陰か、拘束はすぐに解け窓から外に飛んだ。


「なっ!?逃げたぞ!!」


 頭上から兵士の叫びが聞こえる。それでも止まる訳にはいかない。


 エルとケイシーの為にもうちは必ず逃げて、そして本当の犯人を必ず見つけてみせる!


 その強い想いだけが、うちを突き動かし走る力を与えてくれた。






「見つけたぞ!こっちだ!」


 何度めかの角を曲がった先にいた兵士が叫ぶ。人が集まる前にうちはその場を離れた。


 逃げだしたうちだったが、そう上手くは逃げ切れず兵士に何度も見つかり、疲れからか兵士の居場所を感じるのが遅れてまた見つかり、その度に包囲網が狭まっていくのを感じていた。


「ハァハァ、どこか、落ち着ける場所、に行かないと!」


 走り回っている事に限界を感じたうちは休める場所を探すが、休めそうな場所には既に兵士が配置されていて中々見つからなかった。


「おい!!いたぞ!」


 いつしか、うちを追いかけ探している存在が、兵士と冒険者に増えていた。


「何もしてない!誰も殺してない!!」


「殺人鬼を捕まえろ!!!」

「逃げられたら誰かが犠牲になる!」


 うちの訴え叫びは追い掛ける冒険者の正義叫びに*描き消される*。


 そのうちにどこを曲がっても兵士か冒険者が待ち構えるようになって、うちは袋小路に追い詰められた。


「血塗れのナイフと外套が部屋から見つかった!お前が犯人だという揺るぎない証拠だ!」「そうだー!」「違う!誰かが部屋に置いて罪を擦り付けたんだ!」「お前以外に誰がいるってんだ!」「早く捕まれー!」「兵士のみならず、仲間すら無惨に殺した極悪人め!」「今すぐ捕まえろ!」「そうだ!」「うちじゃな…「捕まえなきゃ誰かが犠牲になる!」


 反論を言う事すら許されず、うちが間違っていたのかと錯覚してしまいそうになる程の言葉の刃が何十と突き刺さる。


 ああ…エルとケイシーがこの場にいればなんとかなったのかな。たった数日の旅が、楽しかった日々が、遠い。死んでしまったのか、本当に。


「黙れ!うちの事を何も知らないくせに!」


 必死で叫ぶ。


「2人の死を聞いた時の絶望が分からないくせに!」


 1人でもいいから、うちが犯人じゃないかもしれないと思ってくれる事を願って。


「…なぁ。本当にあの獣人が犯人なのか?」


 1人、うちの叫びが届いた人がいた。


「バカいえ、証拠を持っていたんだ。犯人じゃない訳がない」

「でも……」


 けれどもそれは、大多数に押し流されてしまった。


 大勢の声にキーンと耳鳴りがしながら、自分でも聞こえない訴えを叫ぶ。


「何もしてない!信じて!」


 ペンダントトップが視界の端で揺れた。それを見たうちはある会話を思い出す。


『ココ、エルには内緒だよ?貴重な薬をあげる』

『どーしてうちに?』

『これはね。力を飛躍的に上げるんだ。だから魔法を使うエルよりも、弓を使って動かないわたしよりも、ココが持つべきだと思ったんだよ』

『じゃあ、貰おうかな。ありがとう』

『いいの。でもそれ1つしかないから、本当に危険な時だけ使うんだよ?』


 そういって微笑むケイシーは、優しい瞳をしていた。2度と見れないケイシーの笑顔がうちに勇気を与えてくれる。


「何をするつもりだ!?」


 ロケットペンダントに入れていた1度だけしか使えない、ケイシーから貰った丸薬を取り出し動向を見守る兵士と冒険者に向けて今一度訴える。


「…そうだ。うちは何もしてない!」


 大切な両親も、今も必死に孤児院のお金を捻出しているシスター達に楽しく遊ぶ血は繋がってないけど弟や妹がいる。


 そしてなにより、うちと一緒に旅をした。…短い間だけど仲間がいる。


 大切な人達の為に、うちの無実を証明しなくちゃいけないんだ!!


 覚悟を決めて丸薬を飲み込んだ直後、溢れる生命力が全身を巡って──────────


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