第22話 凍てつく




「迎えに来たよ。私のエルテお姫様


 風魔法で浮き、窓を割った私は魔法で動けなくされているらしいエルテにも聞こえるように優しく言う。


 静かな夜、木々のざわめきだけが聞こえる時間が過ぎた。


「な、何故だ!何故この場所にいると…」


 だが、暫くして聞こえてきたのは愛しいエルテの声ではなく、怠惰が体にも現れているヴォギュエクソ伯爵の声だった。


 聞きたかった声と全く違う耳障りな声に不快感からため息を吐く。


「ハァ………。当然だろう。私が愛しい者の居場所1つ掴めない程度の愛しか持っていないとでも?」


 随分と軽く見られていたものだ、何も分かっていないヴォギュエ伯爵を見下ろして言う。


「愛しい者がそこにいるなら私1人でも1秒でも早く駆け付ける。何処にいようとも関係ない」


 本来なら一歩でも外出させたくないし、他人の目に1秒でも写らせたくないくらいだが、今回は致し方ない。ヴォギュエ伯爵を含めた全員が2度とエルテに出会えぬようにすれば良いだけなのだから。


 その言葉を聞いたヴォギュエ伯爵は見開いていた目を閉じると肩を震わせ、


「ハ、ハハッ!ハーッハッハ!!」


 突然笑い出した。その顔は歪んでおり笑顔すら下品だ。


「…1人、1人と言ったなぁ!!そうか、1人か!ハハハッ!やはりワタシはツイている!!」

「…それがどうした?」

「第3王子殿下、いや。貴様は重大なミスを犯した!」


 考えている事が何となく分かるが、ペラペラと話してくれる事は此方に利がある。もう少しだけ長く話して踊って貰おう。


「ミス?この私がそんな事を犯す訳がないだろう」

「ククッ!その傲慢さがミスに繋がったのだ!第3…いや、貴様は王族として・・・・・」


 分かりやすい誘導に気が付いた様子もなく、得意気な顔で語り出したヴォギュエバカな伯爵。


 こんな奴がよくもまあ、エルテの護衛をさせていた影の者を出し抜き、ここに運べたと思う。


『殿下、殿下の花の監視をしていた兵士と影の1名が死亡致しました』


 それは昨日の夜、定期的な報告をしてから数時間後の真夜中にされた。


『殿下の花』は私がエルテの名前を他の者に呼んで欲しくない意を汲んだ部下が付けた呼び方だ。私は名前を声にしないのなら他の呼び方はどうでもいい為今の呼び方に落ち着いた。


 それよりも緊急時、それも一刻を争うレベルの可能性がある定期的以外の報告に、頭のスイッチを入れて話を聞く。


『それで?』

『その後、宿に入り殿下の花の生死を確認したところ…顔はぐちゃぐちゃにされていました。ッ!!ですが、ご本人がどうかの確認をしましたところ、別人の遺体だと判明しました』

『…動き出したか。他の2人の様子は?』


 エルテの死亡報告かと一瞬魔力が溢れ、部屋を殺気と威圧で満たしかけたが続けられた報告で別人と分かり心を落ち着かせる。


『弓士の女は同じように殺害され、犬獣人は部屋で眠っていました。ただし、弓士の女の遺体も別人の可能性があるかと』

『概ね予想通りだな。調べた通りやはり弓士は闇ギルドの者だったのか』

『そのようです。その証拠に弓士の女の魔力の魔力残滓が確認されました。空間系の魔法で迷宮都市の外に跳んだ事は確かですが、何処に行ったのかまでは…』


 エルテと一緒にルフメーヌからリュスペまで旅をしたケイシーと名乗っていた弓士の女。共に行動するようになってすぐに調べたが、経歴に怪しい点があり要注意としていた。


 予想が当たっていた事に安堵するよりも、エルテとその闇ギルドの女が何処に行ったのかを特定しなければいけない。


『クエス、監視している幾つかの場所からの報告はどうだった』


 この話が始まってすぐに部屋を出て騎士に指示を出し、先程報告を受けていたクエスに訪ねる。


『流石ですね殿下は、報告を聞きながら行動まで見ているとは……』


 苦笑しながらぶつぶつ言っていたクエスは、それでもすぐに真面目な顔になり私を見た。


『騎士から報告から監視させている幾つかの家の内、1つだけ怪しい動きをしている家がありました』

『何処だ?』


 即座に聞き返した私にハッキリとクエスが告げた家に私たちは急いで向かった。


『ヴォギュエ伯爵家です』


 そしてヴォギュエ伯爵領の街、ドコートある伯爵家の邸内部の音を風魔法で拾っていた私の耳に隠し部屋から出て来たヴォギュエ伯爵の声が聞こえた。


 リュスペで陽動に動かせていた騎士達の情報に踊らされてくれたようで部屋に飛んできた私にとても驚いていた。


「………そう!今の王族を引き摺り下ろし!ワタシこそが王の座に座るに相応しいのだ!」


 それが目の前で世迷い言を宣うヴォギュエ伯爵の邸に来るまでの話だ。


 ヴォギュエバカな伯爵がこんなに用意周到に闇ギルドの者をエルテに近付かせ、薬でも盛って拐うなどとは考えつくとは思えない。


 やはり裏で糸を引いていた存在がいる。


 それを考えた瞬間、1人の赤い髪の令嬢の姿が頭を過る、が今は目の前のエルテを取り戻す事が優先だ。


「このタイミングで護衛すら付けずに王子が1人で現れるとは!やはりワタシが王となるべきなのだ!アーッハッハッハ!」


 好きに喋らした方が良いかと放置していたが、さっきから煩いな。細切れにして黙らせようか。いや、エルテにこの汚い血液が飛び散る可能性があるな。止めておこう。


 命が助かった事など知らないヴォギュエ伯爵は私を指差して叫ぶ。


「さぁ!闇ギルドの者達よ!そこの王子を捕らえた者に更なる金を与える!四肢が無くなろうと生きてさえいればいい!やれ!!」


 部屋にいる闇ギルドの者達に依頼をしたヴォギュエ伯爵は、その依頼をハッキリと私に聞かれていた事の重大さを分かっていなさそうだ。


「国家反逆罪をこうも堂々と犯すとは。どこまでも愚かだな。伯爵」

「これから一生ワタシに使われる奴隷になんと言われたところでなんとも思わん!そうだ!王子さえ手に入れれば、何だって出来る!あの偉そうな小娘をわたしの妻にする事だって可能に…」





「それはちょーっとダメェ、なんだよね~♪」


 何処から出て来るのか分からない自信満々な口調で話すヴォギュエ伯爵の語りを遮った存在がいた。


 ピンク髪の女、恐らく『夢色蝶むしょくちょう』と呼ばれていた闇ギルド所属でエルテを騙したか。


 ニコニコと笑みを浮かべているが視線は冷たく、殺しをなんとも思っていないのだろうと分かる。


「は?雇われの分際で何を言う!!これから王をも超える権力を手に入れるワタシに向かってその口はなん……」

「だからいらな~い!バイバイ♪」


 語りを邪魔され不快感をぶつけるヴォギュエ伯爵を全く異に返さず、明るい口調のままに警戒する伯爵の護衛を通り過ぎ、ヴォギュエ伯爵に接近する。


 殺すつもりなのだろうが今は困る。裏でこの作戦を考えた存在の情報を引き出したい。不本意だが夢色蝶に向かって攻撃を放つ。


 ────バキンッ!!


「・・・」


 その風は私と夢色蝶の間に現れた氷の壁に阻まれ氷の壁を砕いたが、肝心の夢色蝶には届かなかった。


 砕けた氷がキラキラと舞う中、無詠唱で魔法を使った紺色のローブの者を見る。


 奴も十中八九闇ギルド所属の者だろう。水と風の複合魔法である氷魔法の使い手は闇ギルド内でも少なく、種族年齢不詳の男は1人だけ。


「…『氷鼠ひょうちゅう』か」


 ヴォギュエ伯爵に接近する夢色蝶に何度か風魔法を打つが氷の壁に阻まれる。


 奴隷商会の者に抱えられたエルテを救おうともするがそれもことごとく防がれる。


 そんな攻防をしている間に夢色蝶は伯爵の護衛の妨害を避け、ヴォギュエ伯爵にたどり着き、


「ガハッ!?」


 首を斬り裂いた。


 斬られた首から血を吹き出して崩れ落ちたヴォギュエ伯爵は自分を斬った夢色蝶を睨み、魔力を溢れさせて問う。


「……う、うら……ぎった、………のかぁぁぁ………!!!」


 魔力が多い者同士で婚姻し、血を紡いできた貴族は生まれながらに魔力が多い。


 魔力で殺気のような威圧を溢れさせたヴォギュエ伯爵に、周りに立っていたヴォギュエ伯爵の部下や私兵、奴隷商会の者達は動けなくなる。


 だが、戦闘経験の無い貴族と殺しに生きる暗殺者との差は魔力程度では縮まらない。


「ふふっ!」


 暴力的な魔力の威圧を正面から受けてもなお笑みを溢す夢色蝶は一歩、また一歩と近寄る。


「……ヒュー、ガハッゲホッ!!」


 もう言葉すら発せなくなったヴォギュエ伯爵は恐怖に顔をひきつらせるが、助けてくれる存在はヴォギュエ伯爵自身が動けなくさせてしまった。


「…先に裏切ったのは貴方達伯爵家でしょ~?ダメな事を言っちゃったし、残念だったねぇ。ありがと~、役に立ってくれて♪」


 夢色蝶は無慈悲に刃を振り下ろし、ヴォギュエ伯爵は殺された。


「…当主様?…当主様!」


 ヴォギュエ伯爵が死んだ事で魔力の威圧が無くなり、動けるようになったヴォギュエ伯爵の部下が冷たくなっていく遺体を揺さぶる。だが当然動かないヴォギュエ伯爵の姿に、部下や私兵は夢色蝶に怒りの視線を向ける。


「…契約者を裏切る事は闇ギルドで禁止されているはずだ。それを破ってただで済むと思うなよ!!」


 怒りのままに叫んだ部下の言葉に答えるように音が響く。


「なっ!?なんだ!?」


 それは部屋の扉が吹き飛ばされた音だった。


 だがそれは彼等の助けではない。


 私への増援だ。


「殿下!!ご無事ですか!?」


 第6騎士団のエンブレムの鎧を身に纏った騎士数十名が部屋に雪崩れこんだ。その騎士達の1人であるクエスの声に答える。


「ああ。だが、エルテの救出がまだだ。気を付けろ、闇ギルドの名持ち『夢色蝶』と『氷鼠』だ」

「名持ちが…。分かりました!」


 クエスの指示で警戒を高める騎士達、気配から影も到着したようだ。


「クソッ!騎士団が何故ここまで!兵士はどうした!!」


 どうしたもこうしたも邸に入り私兵どもと戦闘の末、私兵が倒されたからここまで来れたんだろう。あの伯爵の部下、だったというべきか。そんな事も分からないらしい。


 喚き叫ぶ元伯爵の元部下に一瞬意識がもっていかれた瞬間。


「・・・・」


 部屋に突如現れた氷の杭が私にそして騎士達に向かって飛んでいく。


「…この程度、防げないとでも?」


 それを風魔法で砕いた私に向かって氷鼠は更に氷の杭を放つ。それを砕き、風魔法を返す。


 バキンッ!!


 氷が砕け散り、吹き荒れる風で舞い、新たな氷が踊る。魔法と魔法のぶつかり合いが始まった。




 一方室内では、


「ヴォギュエ伯爵、そしてその部下!取引をしていた商会!そして何よりも殿下の花を取り戻すぞ!!」

『「「「はっ!!!」」」』


 クエスの号令で騎士が動き出し、


「クソッ!お前ら、やるぞ!!」

『「「おお!!」」』


 迫る騎士を見て覚悟を決め、武器を構えて叫ぶヴォギュエ伯爵側の者達と騎士がぶつかり戦闘が始まった。




 何十もの氷の杭を風魔法で砕き、風魔法の攻撃を放つが氷の壁に阻まれる。


 氷の壁と氷の杭を砕いても次の瞬間には新たな物が出て来る。


 氷鼠に攻撃が届かず、エルテを救おうと風を使うと邪魔される。歯痒いが邸が壊れるレベルの魔法を使うとエルテが怪我するかもしれず使いにくい。


「ッ!エルテ!」


 砕けた氷が舞う中、床に転がって動かないエルテが見え魔法を使うが氷の壁が間に現れ見えなくなる。やはり目の前の氷鼠を倒さなければエルテに触れる事すら出来ないらしい。


「繊細な魔法でなんとかするしかないか…」


 クエス達騎士とヴォギュエ伯爵の部下と奴隷商会の者達との戦闘も腕も数も騎士が多いが闇ギルドの者に邪魔され、思うように倒せていないようだ。


 だが、闇ギルドの者は数が少ない。騎士数名で取り囲む等が上手く出来れば倒せるようで今、1人を倒した。


「こちらが優勢、だがエルテは敵側あちらにいる。ここは…ッ!」


 意識を逸らしていると察するや否や氷鼠は攻撃を激化させる。ルスフェンは数多の氷の杭が迫って来たのに気が付き、意識を再び戦闘に戻した。


「多いな…」


 氷の杭が飛んでくるのを防いでいるこの状況を終わらせようと眼下にある庭園から花壇の石を幾つか浮かせると、氷鼠に向かって飛ばす。


「・・・・・【アイスウォール】」


 それは当然の如く氷の壁が現れて防がれてしまったが、僅かに笑みが溢れる。


「初めて喋ったな」


 初めて氷鼠が詠唱をして魔法を使ったのだ。フードで顔は見えないが、行動で先程の攻撃程度の威力、それ以上の威力ならば届く可能性があると分かった。


「・・・【アイシクルショット】」


「【ヘッドウィンド】」


 互いに詠唱有りの魔法を放つ。それは魔法を扱える者では常識。だが、2人は今までほとんど詠唱をせずに戦っていた。


 無詠唱は威力が減退する。


 そのデメリットよりも手数を求め、無詠唱でも充分な威力が出せる者同士の戦いは、これからが本番と言えるだろう。


 そうして更に激化した2人の戦いの最中。


 部屋に吹き荒れる風と氷を物ともせず、気配を消して機嫌良さげに氷鼠に近付いた者がいた。


「氷鼠くん♪頑張っているねぇ。1人で抑えるなんて、流石~」

「・・・・」


 何時も通りに返事はないが、心なしか自分の周りの空気が1段下がった事に、邪魔に思われている事が分かる。が、そんなのはどうでもいい事だ。


 夢色蝶は氷鼠の顔を覗きこむようにして大切でいてどうでもいいの処遇を訪ねる。


「ねぇねぇ。エル、テちゃん、どうしよっか?」

「殺す」

「だよねぇ。じゃあ、殺しちゃおう!」


 短い返答。予想通りの即答。なんなら聞かずともにもしもの処遇は指示されていた為に訊く必要すらなかった質問。


 つまりはただ邪魔をしに来ただけなのだが、今はルスフェンとの戦闘が激化してきたばかり。


「【ヴェントランス】」


 今もまた、暴風の槍が氷の壁を砕き、抉りながら氷鼠に迫っている。


「【アイシクルショット】」


 邪魔しに来ただけの夢色蝶に構う暇はなく、魔法の範囲外に動き氷魔法で壁を創るとまた杭を創り飛ばした。


「うふふ、大変そうだからもう行くね…!エルテちゃんは、わたしが殺しておくから~!氷鼠くんは、王子様をよろしくねぇ~」


 そして気紛れに近寄り、立ち去る夢色蝶の去り際に氷の杭を数本だけ飛ばした氷鼠だが、スルスルと避けられ、騎士とヴォギュエ伯爵側の戦闘が繰り広げられる部屋。その奥で動かないエルテを殺しに向かって行った。


「・・・・・」


 殺す気はなかったが、邪魔された分の傷くらいは負わせたかった。そんな感情は、勢いが強くなっていく風に吹かれて無くなっていった。


「【ヴェントランス】」


 風魔法の【ウィンドランス】よりも魔術寄りの風の槍を氷鼠に放つ。


「【アイスウォール】・・・・【アイスウォール】」


 それを氷鼠は氷の壁を複数創り、自身も動く事で防いだ。


 魔術を使えるようになった者とそうでない者とでは明確な差が出る。威力、魔力の練り方、そして詠唱。

 特に詠唱の違いは顕著だ。ウィンドから別の言い方になるだけで威力は数段上がる。


 その数段上がった魔法を放っても氷鼠は未だに二種類の魔法しか使っていない。この程度では使う必要すらない。と言われているようだ。


「だが、舐めてくれて大いに結構。…【ヴェントスピア】」


 それでも氷鼠は先程よりも僅かばかり私に意識を割いている。


 相変わらずエルテへ魔法を使うと防がれるが僅かに私へ割く意識が増えた事で、繊細に細くゆっくりと編んだ魔法に気が付かなかった。


「ッグ!・・・後ろからか・・・・・」


 氷鼠の背後に現れた細い風の針は、氷鼠の肩に刺さり渦巻く風が傷口を広げた。


 肩の傷を凍らせて再び魔法を放った氷鼠の氷の杭の軌道が先程と比べて悪い事に、貫通は出来なかったようだがそこそこのダメージにはなったらしいと判断する。


 クエス達も上手く戦えているようで、順調に敵の数を減らしている。


 後は、夢色蝶をどうにかする事と氷鼠を私が倒す事、そうすればエルテを助けられる。


 期待と喜びが過った私は自然とエルテへ目線を向けた。


「なっ!?」


 だが視線の先で、エルテの近くに寄る夢色蝶と他の闇ギルドの暗殺者が見え、動揺したのを見逃さず氷鼠の魔法が私を襲った。


「・・・吹けよ風、氷れ大気、閉じ込め、凍てつかせよ【コンフィーネブリザード】」






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