第23話 空虚に呟く
エルテに迫る
「・・・吹けよ風、氷れ大気、閉じ込め、凍てつかせよ【コンフィーネブリザード】」
足下から氷と暴風が渦を巻いて私を包む。エルテが見えなくなり、視界は白く染まる。
「【スフィアストーム】」
服が*氷始め*、氷の礫が私に傷を付ける。だがそんな事はどうでもいい。早く、早く出なくては。
魔法によって私を中心とした風が吹き荒れたが効果は今一つ。その事が私に更なる焦りをもたらす。
(私の見ていない間に、私ではない者の手で殺されたら…。それだけはあってはならない。エルテの初めては私で在りたいんだ。どんな事でも。笑顔にするのも、傷つけるのも)
「【ダークネストルネード】」
漆黒の風が吹雪の檻を破壊する。キラキラと舞う氷にも、唖然とする敵にも、再び魔法を撃った氷鼠にも興味はない。
「【ダークネスホール】」
闇魔法で氷を飲み込み、消し去りつつエルテを害そうとするモノに風魔法の槍を飛ばす。
「うわぁ!!ビックリした~。氷鼠くん?ちゃんとやってよぉ」
「うるさい・・・。お前こそまだだろうが」
「だってぇ。王子様の影が手強いんだもん~」
だが、夢色蝶にだけ避けられた。心の中で舌打ちをするが、それよりもまだエルテが生きて怪我1つない事に安堵した。
「よくやった。引き続きエルテを守れ」
「はっ!」
エルテを守った影に引き続き頼み、私は氷鼠に集中する。
「【プレッシャー】【ゲールランス】」
「ッ!【アイスシールド】」
手始めに重力を掛けて避けにくくし、風魔法を撃ったが氷魔法に防がれる。
「先程までの壁よりも強度は高いのか。ならばこれはどうかな?【ダークネスショット】」
「・・・【アイシクルショット】」
壁とは違い、氷鼠の側で浮遊し守る盾を壊そうと闇魔法を使ったが、氷の杭で相殺される。
煙で互いの姿が見えなくなり、風魔法を使おうとした私に氷鼠が飛んで迫った。
「・・・・【ブリザード】」
吹き飛ばす事に重きを置いた不意討ちに成す術なく飛ばされるが、風魔法を纏い庭園に降り立つ。
「いい加減早く終わらせてエルテを慰めたいんだが…」
「・・・させん・・・・・」
中々終わらない戦いにため息を吐き、視線の先に立つ氷鼠に魔法を撃つ。
「【ダークネスランス】」
「・・・【アイシクルショット】」
空中で魔法がぶつかり合い、爆ぜた瞬間には互いに動き、新たな攻撃をする。
「何処までも、凍れ、凍れ、大地よ【パーマフロスト】」
氷鼠の詠唱で、氷鼠の足下から勢いよく氷の世界が広がっていく。あっという間に大地が凍てつき、土も庭園の花すら氷像に変えられた。
飛び遅れた鳥が氷に触れた瞬間羽を広げた状態で凍りつき、逃げ遅れた鼠から走り出した体勢で凍っていく。その様子を見て、私に迫る氷が届く前に空中に飛んだ。
が、
「【アイシクルランス】」
それを読んでいた氷鼠が攻撃を撃ってきた。風を操り、砕いて避けている間に美しかった庭園は氷に閉ざされてしまった。
白銀の庭園に変わり、1色の世界が創られた庭に立つ氷鼠は止めどなく氷魔法を放つ。
「・・・【アイシクルバインド】」
氷鼠の一声で植物に降りた氷柱が枝分かれし、重力に逆らって空中にいる私へと伸びる。
「【ハリケーン】」
それを飛んでくる氷の杭ごと風で砕き、無詠唱で風の槍を数十程度飛ばす。氷鼠は相殺しようと何度も使っている氷の杭を出現させた。
そう、その行動は何度も見た。
手を氷鼠に向けると、集中力を高めて言葉を紡ぐ。
「闇は純粋な黒、そこに在り、何処にもないモノ」
魔方陣が広がる。暗く、黒い、ひたすらに渇望する闇の色に、願いと覚悟を乗せて。
「ッ!!【アイスシールド】【アイスシールド】【アイスシールド】【アイス・・・」
それを見た氷鼠の表情はフードに隠れて見えない。だが、逃げられない事を悟ったのか何回も防御の魔法を口にした。
「守れ、護れ、盾よ、守護せよ魔力、不動たれ鉄壁【オーブシールド】」
最後に守りに特化した魔法である結界魔法すら使って、外側に何枚もの氷の壁を追加し、更に氷でドームを造った。妨害に氷の杭を撃つおまけ付きで。
だが、だがそれでも、
「……満たされる事のないソレは、喰らいつくすだろう、満たされるまで」
腕に氷の杭が刺さろうとも気にしない。必ず倒してみせる。
腕から流れる生暖かい液体を見えなかったフリをして詠唱も魔方陣も崩れる事なく、魔術が完成した。
幾重にも重ねられた防御の結界。その中にいる氷鼠は見えないが、魔力から中にいる事は確実だ。必ず当たるように、更に集中して詠唱の終わりを口にする。
「【ユーズレスヴォイド】」
そして、闇が、何もなくそこにある虚無が放たれようと・・・・・・
────ゴゴゴゴッッ!!!!
「…なんだ?」
尋常ではない轟音が響いた。
氷鼠からではない。屋敷の方向から強大な魔力を感じ、視線を上げた。
「なんだ、あれは……」
暗がりの中、屋敷の魔導灯と月明かりのぼんやりとした視界。それでも分かる異常。
屋敷に何かが覆い被さろうとしている。
その正体はすぐに分かった。
「水?…まさか、屋敷の周りの堀の水、だというのか?」
大量の水が屋敷を呑み込もうとしている。そんな光景が私の視界に広がっていた。
唖然としている私の眼下で氷鼠に近付く者がいた。
「氷鼠!アレ、使うよ!逃げなきゃ!」
「ああ・・・」
それはクエスや影の者と戦っていた夢色蝶だった。慌てた様子で氷鼠に話し掛けると、氷鼠は懐から魔石を取り出す。
「!!逃がさない!」
嫌な予感がして風魔法を使ったが一足遅く、夢色蝶と氷鼠はその場から消え去ってしまった。
「クソッ!もう1つの転移の魔石を所持していたのか…」
高価な転移の魔石を2つも買える財力はヴォギュエ伯爵家にはないはずだ。やはりそれを与えられるくらいの何者かが裏に…。
「いや、それよりこの水の量。我々も逃げねばいけないな・・・。その前にエルテを助けなければ…」
逃げてしまった者の事は一旦置いて、私はエルテを助けに向かった。
バルコニーから入ると、ガラスと氷が床に散乱しており、殺されたヴォギュエ伯爵やその他の者の死体も転がっていた。
だが…。
「いない。何故、何故だ…?」
エルテは部屋の何処にもいなかった。魔力探知をしてこの部屋のみならず、屋敷全体を探すがそれらしい者が見付からない。
隠し部屋の扉を開いて中を探っても、死体を飛ばしても、何処にもいない。誰もいない。
「どうして、どうしてなんだ…。エルテ、エルテエルテエルテ。私の側に帰って来ておくれ、早く、早く早く早く早くはやくはやくはやくハヤクハヤク…………」
もしかしたら見逃しているだけかもしれないと、屋敷内を探す。
あの明るい茶髪が少し短くなった事くらい私は気にしないよ。綺麗に整えて、また伸びていく様を隣で見ていたい。
部屋の扉を片っ端から吹き飛ばし、家具をひっくり返して確認する。
青空のような瞳が恋しい。どんな表情を浮かべても私の気持ちが揺さぶられるのはあの青い瞳を持つエルテだけなんだ。
チェストを潰し、ソファーを切り裂き、誰もいない事をしっかり見る。
触れたい。髪を撫でて、頬を触って、手を握って、きっと幸せな毎日を過ごせるだろう。
壁を破壊して他の隠し部屋がないか確認して、それから別の部屋に向かい同じように探す。
もう、あの頃には、何にも価値を感じなかったあの頃には戻れないんだ。知ってしまったから、満たされてしまったから。
水の音とは思えない轟音がすぐ側まで迫って来ているのが分かるが、それでも諦める訳にはいかずに探し続けている私の耳が誰かの足音を拾った。
「…足音?もしかして…」
エルテかもしれないと足音の主の場所に走っていく。
「殿下!こちらにおられましたか!ご無事なようで何よりです」
だが、そこにいたのはクエスだった。
「…騎士達も避難中です。間に合うかどうかは分かりませんが…。殿下も早く避難を!」
エルテではなかった事に落胆する。それに撤退なんて出来ない。
「…ダメ、だ。エルテが見付かっていない」
「そんな!?…ですが殿下、もう時間がありません!屋敷が潰れてしまいます!今すぐ避難を!!」
「クエス、あのな……」
焦った様子で促し続けるクエスに、私の魔力ならあの水の塊くらいなら何とか出来ると言おうとした。
だが…
「潰れる?」
「?っはい!あの水の量が屋敷に届いたら確実に屋敷は持ちません!」
「そう、か。壊れるのか。屋敷が…」
屋敷が潰れたら、壊れたら、それはこの屋敷の何処かにいるエルテの危険になる。水属性との相性が良いエルテでも、この水量をどうにかする事は出来ない。これよりも少なかったらどうかは分からないが、この量は宮廷魔術士でも苦しい量だ。
刻一刻と近付く轟音の中、その可能性に気が付いた私は顔を上げた。
「殿下?如何されました?」
そして近くの窓から外に飛び出した。
「殿下!?」
驚くクエスの声を置き去りにして、風魔法を使って屋根の上まで飛んだ私は屋敷に迫る大量の水を迎え撃つ。
「エルテの為だ。邪魔な水は全て私が吹き飛ばす」
消し去る必要はない。水が屋敷を破壊出来る質量でなくなれば良いだけだ。
「【トルネード】」
大量の水全てを補えるように、数個の風魔法を使った。
渦巻く風は水を飲み込み1つの大きな竜巻となっていった。そのまま天高く伸びていった竜巻は途中で弾け、竜巻の中にあった水は地上に雨のように降り注ぐ。
屋敷が破壊されなかった事に安堵して、それでも望む者が隣にいない事を思い出して、月と星々が輝き照らす夜空を見上げる。
雲1つない美しい夜だ。私の気持ちとは真逆に。
「流石です!殿下!」
遠い場所からクエスや騎士達の称賛の声が聞こえる。だが、心に響かない。満たされない。どんな称賛よりも何よりもたった一言で私の感情を感じさせてくれる愛しい者はここにはいない。
エルテと最初に出逢ってから何年も経った。
たった一月程前に迎えに行って、話をしたのが遠い昔に思える。
「一旦何処に行ってしまったんだい?エルテ…」
触れたくても、手に入れたくても、届かない、私の物にならない、ただ1人だけ、隣にいて欲しい。そんな相応しい少女の名を呼んだ声は夜風に吹かれて少女には届かなかった。
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