先輩

朝パン昼ごはん

二人だけの100m走

「先輩、よろしくお願いします」


 俺はそう言ってスタートラインに立つ。

 横は見ない。

 ずっと先にあるゴールを見据えて姿勢を正す。

 100m走はスタートが肝心だ。

 陸上を始めてこればかりはいつも緊張する。


 いちについて、 よーい、ドン!


 心の中で声を大にしながら俺はスタートを切った。

 よし。いいスタート。

 先輩の気配を後ろに感じながら、勢いにまかせ俺はトップを上げる。

 20m。

 まだ差は広がらない。

 先輩はぴったりとついていきて併走してくる。

 さすが速い。

 だが俺は横を気にしない。気にしてられない。

 フォームを乱せばあっという間に抜かされてしまうからだ。

 50m。

 手足の挙動に気をつけながら俺はトップスピードを維持し続ける。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 息はまだ続く。身体はまだまだ動く。

 調子は万全だ。

 全力の俺に対し先輩はぴったりと追いすがり離れようとはしない。


 はぁー、はぁー、はぁー、はぁー……


 息づかいを横に感じる。

 だが俺は焦らない。振り向かない。

 ランナーが見るのはゴールだけ。

 拳を握りしめ、地を蹴って俺は勢いよくそこを目指す。

 先輩に勝つために。

 80m。

 苦しくなってくるがここが正念場だ。

 呼吸を整えトップを維持しなければ勝てない。

 それが先輩であろうと誰であろうと。

 もう少し。あと少しでゴール。

 あと数歩でラインを踏める位置に来たとき、わずかばかり息があがった。


「ひゅ……」


 その瞬間、横を白い影が追い越していき先にゴールラインを踏んでいった。

 遅れてラインを踏み、俺はがっくりと膝を落として息を整える。

 また、負けた。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 ようやく息が整い俺は顔を上げる。

 周りには誰も見えない。

 ここは廃校。俺の母校だったところだ。

 先輩と会ったのは、当時を懐かしみトラックを走っていた時だった。

 最初はもちろん驚いた。何者かが一緒になって走ってきたからだ。

 だが俺より速いことがすぐにわかり、負けん気の強い自分はすぐに火がついた。

 大学に行っても、社会人になっても、そして今も。

 人目を忍んで俺は先輩と走りにここへとやってくる。

 先輩と呼んではいるが、実際どんな存在なのかはわからない。

 ただ俺が勝手に呼んでいるだけだ。

 まだ一度も勝ったことがない存在に、先輩と敬意を払うのは当然だろう?

 タオルで汗を拭いて時間を確かめる。

 出発の集合時間までまだ時間はあった。

 日本を発つ前に、代表としてやれることはやっておかないと。

 俺はもう一度スタートラインに戻り、構える。


「先輩、もう一回お願いします」


 その言葉にスッ……と傍らに立つ気配があった。

 ありがとうございます。

 俺はもう一度、心の中でスタートを切った。


 いちについて、 よーい、ドン!

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先輩 朝パン昼ごはん @amber-seeker

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