On a date : Morning

約束の日

初日で混むかもしれないという理由で、二人は早めの10時に待ち合わせをしていた。

水惟は結局待ち合わせ場所が思い浮かばず、自宅マンションの前でドキドキしながら蒼士を待っていた。


(深山さんと二人きり…車…)


(えっと、まずは挨拶、で、誘ってくれたことと車のお礼…えっと…コンビニに寄ってもらって飲み物は私が買って…あとはギャラリーまでのナビ…?)


憧れている蒼士と出かけること、それが何かのテストかもしれないことで、水惟の頭は昨晩からぐるぐるとフル回転していた。


しばらくすると、水惟の前に一台の車が停まった。水惟にもなんとなく高級そうだとわかる海外メーカーの黒いSUVだ。当然、運転席から現れたのは蒼士だった。

「おはよう。」

蒼士は仕事の時と違い、前髪が下りている。

朝から爽やかな笑顔だなぁ、と水惟は一瞬見惚れてからハッとする。

「お、おはようございます。えっと今日はありがとうございます。車のお誘い…」

「車のお誘い?」

テンパったような水惟に蒼士は笑って言った。

「わ…すみません!変なこと言っちゃった…お誘いいただいたのと、車を出していただいて…って言いたかったんです…」

(やっちゃった…)

水惟は失敗の気恥ずかしさで顔を赤くした。


「なんか普段より仕事っぽい服装だね。」

蒼士が水惟を見て言った。


今日の水惟はデニムではあるもののパンツスタイルで、きちんとした雰囲気のストライプのシャツにまとめ髪、肩からかけたバッグは普段会社に持って行っている仕事用のものだ。

蒼士の言う通り、普段はカジュアルなワンピースや変わったデザインのシャツなどの“グラフィックデザイナーらしい”服装で仕事をしている水惟にしては、幾分真面目さを感じさせるオフィスカジュアル系の服装だ。


(会社の研修かもしれないから浮かれすぎてない感じの…)

(子どもっぽくなくて…)

(…でもかわいいって思われたいなぁ…)

(いやでも、仕事みたいなものだし…)

(深山さんと並んで恥ずかしくない格好にしないと…)


そんな風に、約束を交わした日から水惟が考えに考えて今朝、つい先ほど決定したコーディネートだった。

「変…でしたか?」

「ん?あ、ごめん、そういう意味じゃなくて。意外だったから。そういう感じも似合うね。」

蒼士に笑顔で言われて、水惟は思わずドキドキしてしまう。


(似合うしかわいいとは思うけど…デートっぽくはないな。)

蒼士はそんなことを考えていた。やっぱり水惟は自分に特別な気持ちは無いのかもしれない…と思った。


「じゃあ行こっか。乗って。」

蒼士の開けたドアから、水惟は助手席に乗り込んだ。

車内のドリンクホルダーには、ペットボトルのお茶が2本用意されていた。

「お茶で良かったら好きに飲んで。他のが良ければコンビニとかも寄れるから。」

「…ありがとうございます…」

カーナビの目的地は当然すでにギャラリーにセットされている。

慣れている蒼士の気遣いの前に、水惟の計画は脆くも崩れ去った。


車内では普段と同じように穏やかな蒼士に緊張気味の水惟が応えるかたちで会話をしていたが、蒼士の落ち着いた運転と一定のリズムのエンジン音で、睡眠不足の水惟はいつのまにか眠ってしまっていた。


(え…!?)

水惟は呆然としていた。そんな水惟を見て、運転席の蒼士は笑っている。

「起きた?着いたよ。」

「わたし…寝ちゃって…!?すみません!」

「リラックスしてくれたみたいで嬉しいよ。」

(またやっちゃった……ヨダレとか垂らしてなくてよかった…ってそういう問題じゃないし…)


目当てのギャラリーは大きな公園の中にあった。駐車場からもそれなりに距離があるので、二人は散歩するように並んで歩く。

普段はスーツを着ている蒼士は、今日は黒いシャツに普段よりはカジュアル目なパンツというスタイルだった。

(かっこいい…)

シンプルな感想が水惟の頭の中を占めている。

公園は全体的にイングリッシュガーデンを意識しているようで、二人が歩く道の脇には緑が生い茂り、さまざまな花が入り混じるように咲いている。

「このギャラリーができたのって、ここの公園のオープンの時だったから、深端うちで公園まるごとのプロモーションをしたんだよ。」

蒼士が言った。

「え、そうだったんですか?大学の頃だったから友だちと来ましたよ。ポスターがサーカスみたいで楽しくて、同じデザインのポストカード買っちゃいました。」

「あれは洸さんのデザイン。」

「そうだったんですね…さすが洸さん…」

感心する水惟が洸を名前で呼んだことに、蒼士の胸が一瞬モヤッとした。


(あ、もしかしてこのくらいの事、知ってなきゃいけなかったのかな…)

水惟は、深端の歴史や過去の案件への理解度を測られているのかもしれない…と身構えていた。


しばらく歩くと、クラシックな雰囲気の洋館が姿を現した。そこが目的のギャラリーだ。


この日から開催されているのは空をテーマにしたアートの展示だった。大小さまざまなフレームの絵画や版画、立体作品などが外観の通りのクラシックな洋館の部屋の中に飾られている。


(わぁ…これいいな…)

(これは絵も良いけど、額縁のデザインもおもしろいかも)

(これは…うーん…?)


水惟は絵画でも立体でも、近くで見てから離れて見て、場合によってはもう一度近くでじっくり見た。

目を輝かせたと思ったら真剣になったり笑ったり、眉間に皺を寄せたり水惟の表情が予想以上にくるくる変わるので、蒼士は思わずかわいいな、と笑ってしまった。


「この建物で見ると、現代アートも雰囲気が変わっておもしろいです。」

水惟がニコッと笑って言った。

「そうだね。ここのキュレーターたちはこの建物の特長を活かすのが上手いからね。」

蒼士も笑顔で返した。


ときどき、鑑賞の邪魔にならない程度に蒼士が水惟に話しかけながら二人は鑑賞を終えた。

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