第9話 説教

「お、メー子ってまた懐かしい名前だな〜。」

パソコンに届いた芽衣子からのメールを見て、洸が言った。

先日の写真のクラウドドライブでの共有アドレスが送られてきた。

「そういえば、洸さんによろしくってメーちゃんが言ってました。」

水惟が言った。

「そういえばって…。メー子って俺がいた頃はまだアシスタントだったけど、すっかり一人前なんだなー。」

洸が写真を見ながら感慨深げに言った。

(こういうところ、やっぱりお父さんぽい…)

水惟も洸の後ろに回り、一緒に写真を見始めた。

「メーちゃん、指示がすごくはっきりしてて的確だし、私が欲しいイメージもすぐ掴んでくれましたよ。これとか陽射しもばっちりで…」

「へぇ〜。時の流れを感じるな。」

洸は矢印をクリックして次々と写真を表示していく。

「お、水惟も写ってんじゃん。」

「あーそれ…嫌だったけど、絵の参考になるから…」

「全部表情が硬いな〜水惟らしい…」

洸が笑いながら言った。

「…だから嫌だった…」

洸が次の矢印をカチッとクリックした瞬間、啓介が水惟の頬にキスをしている写真が画面に写し出された。

「!………こ、これ違っ!」

水惟は慌てて洸のマウスを奪い取って、写真を次に切り替えた。

「…アッシーがふざけて…てゆーかメーちゃん撮ってたんだ…送らなくていいのに…!」



「で、俺 説教されてんの?」

その日の午後、啓介は洸にミーティングルームに呼び出されていた。

「あんなのただのおふざけじゃん。口にしたわけでもないし。」

啓介の言葉に洸は溜息をいた。

「お前なぁ…仕事中にしょーもない事するなよ。水惟が怒ってないから説教で済んでるけど、今のご時世、相手によっては訴えられても文句言えねーぞ。」

「水惟だからチューしたんだよ。」

「は?」

「ヒドイよなー水惟も洸さんも、水惟がバツイチだって教えてくれないんだもんなー。」

啓介は拗ねたような口調で言った。

「プライベートなことだからな。水惟が入社した時にいたメンバーには話さなきゃいけない状況だったけど、水惟より後に入社したメンバーには言ってない。」

「それ」

「え?」

「水惟と深山さんの離婚てなんかワケありっぽいよね。入社した時に話さなきゃなんない状況って何?」

啓介が興味津々という表情で聞いた。

「個人情報。」

「そうやって隠すから、急にバツイチだって言われて可愛く見えちゃうんじゃん。」

「おい!」

「もう仕事中には手ぇ出さないから安心してよ。でもプライベートはプライベートだから、口出さないでよ。」

全く悪びれない啓介の態度に洸は呆れとあきらめの溜息をいた。

「お前のそういう妙に勘と観察眼が鋭いところが才能なんだろうな、ムカつくけど。プライベートには口出さないけどな、水惟を傷つけるようなことと、仕事に支障が出るようなことしたらクビだからな。」

「はーい。すみませんでしたー」


「水惟、今日仕事の後ヒマ?」

ミーティングルームを出た啓介がすぐに水惟の席に行って話しかけた。

「え?うん。とくに用事は無いよ。」

「じゃあ飲みに行こ。」

「いいけど片付けたい仕事があるから私ちょっと遅れるかも。」

「店入って待ってるよ。」


「あれ?他のみんなは?」

仕事が終わり、水惟と啓介は会社近くのダイニングバーにいた。

「いないよ。俺と水惟だけ。」

先に仕事が終わった啓介は、ナッツをつまみにロックのウィスキーを飲んでいた。

「ふーん、珍しいね。なんか話?あ、ピザ食べてもいい?チーズとハチミツのやつ。」

水惟はメニューを見ながら言った。

「好きに食べていいよ。」

水惟はモヒートと生ハムサラダとクアトロフォルマッジ、それから塩漬けオリーブを注文した。

「アッシー今日、洸さんに怒られたでしょ。」

乾杯しながら水惟が言った。

「水惟のせいでね。」

「なんでよ。どう考えてもアッシーが悪いでしょ?私だって怒ってるんだから。」

水惟は軽く抗議するように言った。

「怒ってるってさあ—」

啓介は手元のナッツをいじりながら言うと、水惟の方を見た。

「チューしたことに?それとも深山さんの前でしたことに?」

「………」

「わかりやすっ」

蒼士の名前を出された瞬間に水惟の表情が少し固まった。

「水惟ってなんで離婚したの?」

「……話ってそれ…?」

水惟は眉間にシワを寄せて啓介をジトッとした目つきで見た。

「ぶっちゃけ、そう。」

啓介は「あはは」と笑いながら言った。

「…帰る…」

いつもの静かめな声色がさらに一段冷えた声で言うと、水惟は立ち上がってバッグを手にした。

「ピザどーすんの?」

「お金は置いてくよ。テイクアウトすれば?」

「ピザじゃだめかぁ…じゃあ—」


「教えてくれなきゃjärviのコピーやらない。」


そう言って、啓介は頬杖をついて不敵に笑った。

「………サイテー…」

啓介なら降りかねないし、啓介以上のコピーを書いてくれそうなアテもない。

水惟は再び席につくと、モヒートをひとくち 口にした。

「…べつに話すほどのことなんて無いよ。ただ私が捨てられたただけ。」

「捨てられた?水惟が?」

啓介は意外そうな表情かおをした。

「…そうだよ。わざわざ言わせないで欲しいんだけど…」

「この間の深山さん、全然そんな感じしなかったけどな。」

「…4年も経ってるから忘れてるんじゃない?」

水惟は帰るのを諦めて、サラダのレタスと生ハムを食べながら冷めた口調で言った。

「アッシーが言った通り、大人だから。仕事のためなら元妻でも気にしないんだよ、きっと。」

「ふーん…じゃあ、水惟も忘れたら?」

啓介はナッツを指でいじりながら言うと、水惟の方を見た。

「新しい恋愛で。」

「え?」

「俺とかどう?」

水惟の眉間にタテ線が入る。

「あはは 露骨だな、水惟は。」

「だって…そんなこと考えたことない。」

「それって俺とだから?それとも恋愛自体?」

啓介はまた2択の質問をする。

「どっちも…」

「やっぱまだ好きなんじゃないの?」

水惟は首を横に振った。

「…私のことはもう好きじゃないって…結婚しない方が良かったって言われたんだよ。深端も辞めてくれって。」

「…それはなかなか…キツイな〜」

啓介は苦笑いした。

「だからこっちだってもう…無いよ。」

水惟は遠い目をするように言った。

「だったら俺はありじゃん?」

「同じ事務所の人だし。」

「深山さんだって同じ会社だったはずじゃん?洸さんと蛍ちゃんだって夫婦だし、全然ありでしょ。」

「…んー…」

水惟はどうもピンとこないという顔をしている。

「べつに今日決めなくてもいいからさ、ちょっと考えてみてよ。」


(アッシーと恋愛…?)


(…アッシーじゃなかったとしても…新しい恋…?)

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