第4話 「姉さん」


 「は?」


 メッセージを見て、固まった。

 

 「さすがに冗談だよ……な?」


 一縷の希望を残し、花咲凛さんを見るが。


 「なるほどですね!」


 「……何が?!」


 「いえ、私も実は結構混乱してます。まぁクールだから見えにくいかもしれませんけど」



 すました顔をしているが、言動から混乱してるのは伝わってくる。

 だって情緒不安定だしね。


 「まぁまだメッセージが来ただけだし詳細はまだ――」


 ――ぴろん。


 今度は俺の携帯が鳴った。

 このタイミングでの着信。

 

 普通に嫌なんだが?

 嫌な予感しかしないが?

 

 「見ないことって出来るかな?」


 「……できますけど、おすすめではないですね?」


 「ですよねぇ」



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 from:日本少子化対策重婚法推進委員会第3課許嫁機関【椎名 麻衣子】

 本文:

 

 平素より大変お世話になっております。

 Naz機関の椎名です。

 本日は御多忙の中、許嫁機関主催のお見合いに足をお運びいただきまして誠にありがとうございました。

 本日のお見合いは皆さまの会話も盛り上がり、親交が大変深められた会になったかと存じます。

 つきましては、皆様方には今回のお見合いを活かしてより親交深めるべく、今後は同じ家にお住み頂ければと存じます。

 住居、生活環境につきましては既に準備させていただいております。

 ですので、必要なものをお持ちの上、ご入居いただければ幸いです。

 したがって、ご入居期限は今週末3日後までとなっております。

 住所は添付のPDFに記載されております。

 またご入居当日については今後について、詳細なお話をまたさせていただきます。


 ご不明な点等ございましたらお気軽にご連絡いただければ幸いです。

 どうぞよろしくお願いいたします。


 日本少子化対策重婚法推進委員会第3課許嫁機関

 主任 椎名 麻衣子

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 「……うん、頭とち狂ってんのか?」

 

 どこをどう見たらあのお見合いがうまくいったように見えたんだ?

 コミュニケーション能力バグっているのか?


 こちとらボロカスに興味ないって言われたんですけど?

 その3人と暮らすのはまぁわかってたとしてもなんというか性急すぎませんかねぇ?

 さすがにもう少し距離感を詰めてからが良かったよ。

 具体的には雑談が出来るくらいまでには。


 「……ドンマイ?」


 花咲凛さんもいつの間にか内容を横から読んでいたらしい。


 「どうしましょ?」


 「んーとりあえず、ですが」


 何か考えがあるのかな?


 「1杯やりますか?」


 冷蔵庫からビールを一本取り出してくる。


 「いや俺未成年!!」


 「私は既に業務終了なのでいただきまーす……うーんうんまぁぁ!!やっぱストレスはアルコールで流すに限りますねぇ~」


 お酒を取ってからビールを飲むまでが早すぎる!

 てか俺は流せてないんだが??


 「キョウ様も軽くつまみと夜食をつくりますから食べて明日、同棲についてのことは考えましょ?……それに明日はあの日ですよね?だからなるべく早く休んで元気な顔見せてあげてください」


 ビールをうっとりと見つめながら、頬を緩ませる花咲凛さん。

 お酒にはさすがのポーカーフェイスも、緩むらしい。

 

 お酒を飲めるのいいな。

 前世も含めて、俺は飲めなかったからなぁ物理的に。


 「そうだね、心配は掛けられないか。じゃあ夜食だけありがたくもらおうかな?」


 花咲凛さんの作ったご飯はやっぱりちゃんと美味しかった。

 家庭的な味で。


 胃が満腹になったら、すぐに眠気が来た。

 部屋に戻ると同時にそのまま睡魔に襲われる。


 明日のことは、明日の俺が考えるだろ。

 うん。

 

 


 次の日。

 俺は朝から姉さんの病院へ。

 

 毎月外せない予定。

 本当はもっと会いたいけど、これ以上は負担になっちゃうし、あの人も喜ばない。

 あの人は俺が自分の生活を蔑ろにすることを嫌うから。


 小高い丘の上に立ったここは療養型での施設で、今日は天気も良く気持ちよい風が吹いてきている。

 受付のお姉さんが、俺を見かけて微笑みかけてくる。


 「1か月ぶりですね、今日はおひとりで?」


 「ええ、そうです」


 「ご面会の流れは……ってそれはいつもご説明させていただいてますから大丈夫ですよね。患者様のところまでは一緒に行きますね?病室もこの前で変わられましたし」


 「ああ、そうなんですか。わざわざありがとうございますね」


 そう言って前世基準で考えると相当に短いスカートを履いた受付のお姉さんが案内してくれる。

 女性が多くなって服装とかが緩くなったのか、はたまた昔のビデオゲームのような受付のお姉さんと……

 いや考えないようにしよう。俺には自由恋愛をしているほどの余裕はないし。

 そもそもこんなの童貞だった頃の悲しい妄想みたいなものだ。


 そうして、中庭を通り、エレベーターにて病室のある最上階へ。


 姉さんに会うのはひと月ぶりかな。

「こちらですよ♪」


 受付のお姉さんがひとつの病室の前でとまる。


「またなにかご入用の際はお気軽にご連絡下さいね、病室のお電話から直通となっておりますので」


 ははまるでVIP待遇だな……。

 いや本当にそうなのか……国家権力はなんて偉大なのか。


「それではどうぞ」


 気持ちのいい笑顔を浮かべ、受付の方が扉を開けてくれる。中は最上階だけあって自然光が差し込み、温かな雰囲気を感じる。


 そんな中で大きめのベットの上で座りながら、窓の外を眺めていた姉さんがゆっくりとこちらを振り向く。


「あら恭弥ひと月ぶり、元気だった?」


 柔らかな笑みを浮かべ、美桜姉さんが出迎えてくれる。

 前よりも、顔色は良くなった気がする。


「俺は元気だったよ、姉さんこそ病気は大丈夫?」


「ええ、いい病室にうつらせて貰ったからね。恭弥おいで」


 美桜姉さんが大きくてを広げる。


「別に俺はいつまでも――」


 子供じゃない。

 そう言おうとしたけれど。


「――いいからほら早く来て?私からのおねがいよ」


 お願い。

 そう言われてしまうと


「…………分かったよ」


 少し良くなったとはいえ、病院生活で細くなってしまった身体をゆっくりと抱きしめる。


「……ふふそんな恐る恐る抱きしめなくても折れたりしないわよ?」


「そうだけど、さ、なんとなく、ね」


 1度俺の目の前で倒れたのを見ちゃったからな。

 本当はもっと力いっぱい抱きしめたいけど。


「私の身体のことを気にしてくれてありがとね、恭弥」


 姉さんもハグを返してくれる。

 前あった時よりは力がこもってる。

 本当に少しづつ身体が良くなっていったんだな。よかった、俺があの制度を受け容れた甲斐があった。


「美桜ねぇ、よかった」


「うん、本当にありがと、心配かけた、ううんかけてるわね」


 こみあげるものがある。

 一時期は話すのも辛そうな時期もあったから。

 いま元気に話せているのがそもそも嬉しい。


 俺が義理とは言え、家族にこんなことを思うなんて前世では考えられなかったなぁ。

 

 「これからは元気でいてよ?」


 「そりゃもちろんそのとおりよ、だからこれからは一緒にまた生活できるわね」


 「……あ」

 

 姉さんが嬉しそうにはにかむ。

 が、生憎と俺はそれどころではない。


 「……恭弥どうしたの?なんか悪いことを隠してる、みたいな雰囲気を感じるけど……」


 姉さんの勘は鋭い。

 だんだんと顔が笑顔のまま、ただ圧力が増していく。

 


 「い、いやーなんというか……」


 「汗がすごいわよ?あらあらあら?」


 ハグをしているせいか、逃げることも出来ない……


 「ほら怒らないから、言ってみて?」


 古今東西、それを言って、怒られなかった例はなかったんじゃないかな?

 いやでも優しい美桜姉さんなら……


 「ほんとに?」


 「うん、本当にだよ?」


 美桜ねぇの優しい笑顔。 

 

 「端的に申しますと……」


 「うん」


 「一緒には住めない」


 「……え」


 そう言った瞬間、姉さんの顔が能面のように無表情に。

 こわ。


 「どうして?」


 「ねぇどうして??私恭弥と一緒に住むの楽しみにしてたんだけどな??」


 無表情で、ただ抱きしめられる力が強くなる。


 「……まぁ」


 「うん、ちゃんと理由を教えて、ね?」


 目に光がない気がするけど、気のせいだよね?

 普通に理由を言うのは怖い。だって姉さんには、治療費は遺産でなんとかしたっていっちゃったんだよなぁ。

 でも一緒に住むのが出来ないことはもう隠せないし、言うしかないよな。


 「……今度結婚することになった……から?」


 恐る恐る姉さんの顔を見る。

 能面だった顔が、今度は満面の笑みに。

 そして一言。

 

 

 「…………は?」

 


 うんめっちゃ怖い。

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