第6話 使い魔


「主人。これからの目的は?」


 ダンジョンの通路を歩きながら横に歩く主人となった女性に質問を投げかける。


「あ、えっと。どうしよっか…」


「……」


 要するに何も考えていなかったと。僕も言えた口では無いけど目的も無しに一人でダンジョンに潜るとは、中々のクレージーだね。


「…見たところここはダンジョンの中だろう。先程倒したリザードマンのように魔物もいる。ならば、魔物を倒して換金素材を手に入れて…主人の身嗜みを整えるのは、どうだ?」


 周りに魔物が居ないことを確認して足を止めるとそんな提案をする。


「え、えっと、なんで、私の身嗜み…?」


 それ聞いちゃうんだ。いやー男の身としては女性のあれこれに口出しするのは憚れるけど。


「臭うぞ」


「はぴっ!?」


 顔を真っ赤にさせた依瑠はナナシから少し離れると腕で体を抱き、縮こまる。


「…これは推測だが、主人は私を召喚する前は…今もだが、まともな生活を送れていなかったのではないか? 個人に…主人にあまり口出しをするのもどうかと思う。だから、これ以上は口にしないが」


 臭いもそうだけど出会った当初の印象が「見窄らしい女性」だった。

 その身につける装備もそうだけど、女性にしては身嗜みが適当で元は綺麗であろう手入れされることなく長く伸びた茶髪も嵩んでいる。


「うぅ、実を言うとナナシの言う通りです。数日前からお金も底をついて寝泊まりする場所もなくて、頼りになる知り合いも居なくて…」


 依瑠は俯き自分の現状を話す。


「なら、話は早い。地上に戻る前に魔物を狩る。換金素材を手に入れて金銭を入手。主人の身嗜みを整えたら、寝泊まりができる部屋の確保、まずはそれからだ」


「お、お願いします!」


 …なんか、予想よりも遥かに面倒臭い展開になっているとヒシヒシと感じる。はぁ、これも自分が蒔いた種だ。頑張ろう。


 ・

 ・

 ・


 ダンジョンを散策して二時間。


「ゴフッ!?」


 三メートル程ある赤黒い巨体の魔物――トロールはナナシの裏拳を受け壁にめり込む。


「す、凄い凄い!」


 トロールが粒子となって消え、そんな強敵を難なく倒した『使い魔ナナシ』の側によってもう何度目かになる歓喜を体一杯に表現する依瑠。


「主人、少し大袈裟すぎる」


「そんなことないよ! 前、先輩探索者の人がトロールは上級者の人達でも束になって戦わないと苦戦するって言ってたもん!」


 そんなトロールを武器も使わずに一撃で仕留めてしまったナナシに尊敬の眼差しを向ける。


「人間と同じ解釈をされてもな…それに、私は『特別』だと言っただろ?」


「そうだった。ナナシは『使い魔』の中でも『特別』なんだもんね」


「わかればいい」


 特別。


 それは苦し紛れに使った言葉だったりする。聞いた話だと『使い魔』にも種類があって僕のような『人型』は珍しいとか(そもそもの話『使い魔』ではない)。

 話の辻褄を合わせるべく納得をしてもらうために自分が『特別』だと口にした。なんせ某マンガでも『特別』と言っとけば大抵のことは納得をする説が濃厚なのだから。


「換金素材も大分集まった。地上に戻るか?」


 トロールが落とした牙――換金素材を拾い布袋にしまうと背負い直して問う。


「うん! ダンジョンを攻略するのが目的じゃないし。そういうのは専門職の人に任せて、私たちは戻ろう!」


「承知した」


 と、地上に向けて歩き出そうとした時足を止める。


「? どうかしたの?」


「地上に戻る前に主人に渡しておきたいものがあってな」


 そう言うと手に持っていた物を渡す。


「指輪…これは?」


 白銀の指輪を見て首を傾げる。


「私と主人の契約の証。それがあれば主人の危機に直ぐに駆けつけられる。何か役に立つ可能性もある。保険として持っておけ」


「…ありがとう」


 目を閉じると大事そうに両手で包み、それを左手の薬指に嵌める。


「……」


 気のせいかもしれないけど、指輪を左手薬指に嵌める行為って婚約――ないな。絶対にない。彼女の頰が赤いのも目の錯覚だ。


「ナナシは?」


「私もつけている」


 左手人差し指に嵌る同種の指輪を見せる。


「ぶー」


「……」


 そして何故か頰を膨らませる依瑠。


 チクチクと刺さる視線に戸惑いつつ先頭に立ち地上へ目指す。



 ∮



 西区、探索極棟西北部支部にて。


「す、全て換金をしたところ…総額、35万円となります…あの、大変申し難いのですが…本当に、星見様が…?」


 星見――依瑠が持ってきた布袋の中身の換金素材を見た職員達は目を丸くさせ、鑑定した想定金額と今までの実力を見て怪しむ。


「あはは、驚きますよね。あの、私…ではあるのですが、私じゃなくてですね…」


「…もしや、後ろにいる方が…?」


 職員は依瑠の背後に立つ狐のお面をつけた謎の人物を見て聞く。


「彼、私の『使い魔』なんです」


「星見様の『使い魔』ですか!?」


 職員のそんな大袈裟な言葉に支部内に居た人々の視線が集まる。


『え、依瑠ちゃんの『使い魔』?』


『『使い魔』って頼りない小型の魔物とかじゃないのか…』


『なんか弱そう』


 そんな言葉がチラホラと聞こえる。


 悲報、最高にかっこよくて強そうな見た目だと思っていた僕の感性が瓦解した。


 一人、凹むナナシを置いて話は進む。


「『人型』って珍しいですよね…」


「珍しいという言葉では片付けられません。現在は【】の一人、蘆屋様の『人型』のみ報告があります。星見様のお話が本当なら…」


「確認って、できますか?」


「はい。双方に繋がり――パスが確認できる代物があればできますが…」


「繋がり…あ」


 先程ナナシから受け取った指輪のことを思い出して左手を掲げる。


「ナナシ…『使い魔』に貰った物なんですが…」


「では、こちらの水晶の上に掲げてください」


 職員は近くにあった【鑑定】の水晶を促す。


「は、はい!」


 左手を掲げる。すると水晶は淡い緑色に輝く。その輝きは次第に光を増し――


「こ、これは…」


 その輝きを見た職員は目を剥く。


「あ、古代物質アーティファクト級…蘆屋様の伝説レジュンド級のかんざしよりも上の階級…」


 水晶の光、鮮やかなエメラルド色を見て驚愕の一言を漏らした。


「え、えぇ!? 古代物質アーティファクト級!? ナナシ、凄いよ!!」


 依瑠の言葉に職員やその場に居合わせた人々の視線が――ナナシに集まる。


「……」


 え、何それ、知らん。


 展開に置いてかれたナナシもとい、海は周りから向けられる視線を受け内心本音を漏らす。


 適当に黒炎で作った物なんですけど…。


「す、素晴らしいです。これは快挙です。もしや今まで【召喚】をできなかったのは、星見様が古代物質アーティファクト級の代物を持つ『使い魔』を召喚できるからであって…」


「あ、あの! それでナナシは私の『使い魔』として…」


 一人、ブツブツと語る職員に聞く。


「あ、失礼致しました。はい。問題なくナナシ様は星見様の『使い魔』として登録できます」


「よ、よかった…パーティを組んでも?」


「ナナシ様は『人型』なので蘆屋様と同様、パーティを組めば互いに「格」を共有できると思います。早速、パーティの承諾も致します」


 ナナシの理解追いつく間にとんとん拍子で話が進んでいく。


 なんか、スケールが大くなっているような感じもしなくもないけど…大丈夫だよね。いや、まあ、僕は『使い魔』だから中立を保つけど(世間では、これをただの逃げと言う)。


 お面越しに遠い目をしていた。

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