第3話 親愛なるあなたにこの歌を捧げる


 とある一室にて。


「――由仁様。本日はこちらの『ダンジョン』には現れないと思いますが…」


 《ホロウ様 愛》と刺繍されたはっぴを着た隊員が部屋に入るなり言いにくそうに部屋の主人である女性に告げる。


「絶対に、来ます」


 女性、音瀬由仁おとせゆにはソファーから顔を上げると確信めいた発言をした。


 由仁はこう見えて【ホロウ様ファンクラブ】…通称【ホロファン】の創始者であり元新人Vtuber「ユニ」という過去を持つ。

 水色の髪をサイドテールにした美人。スタイルも良く巫女服と某アイドルの煌びやかな衣装が融合したような衣服を纏う。

 その身は三年前からホロウに捧げると本人の口から聞いている隊員達の間では「触れてはならない」と暗黙が敷かれているため馬鹿な真似を起こす者は居ない。


「そ、そう言われましても…は神出鬼没ですし、今回は一旦やめて日を改めましょう。私とて大恩人であるホロウ様とは一言、いいえ、いくらでもお話をしたいと思っています。ここにいる皆、同じ気持ちかと」


 男性隊員はそう言うと背後を見る。


『……』


 待機していた他の隊員達は頷く。


「なら、あなた達は帰っていいです。私はホロウ様の御姿を拝見できるならいくらでも待ちます。私の勘が告げます。ホロウ様は今日、この地に…必ず、馳せると」


 目をトロンとさせて頰を赤らめる由仁。


 そんな隊長の顔を見た隊員達は諦め、自分達もホロウに会いたいからと行動を共にする。


(結局、ホロウ様に会いたいんだ。それは仕方のないことだけどホロウ様は渡さない。あの日、あの時、ホロウ様に助けてもらったこの命。一言、「ありがとう」と告げたい。そしてその後は…えへ、えへへへっ)


 ライバル女性隊員達を横目で見て直ぐにピンク色の妄想に想いを馳せる。



 ∮



 音瀬由仁。


 音瀬由仁こと「ユニ」は新人Vtuberとしてデビューを果たした。

 元々子供の頃から「歌」が好きだった由仁は音楽関係の専門学校に。顔を出すことが苦手だった当時の由仁はVtuberという道へ。

 そのルックスと愛嬌。そして何よりも学生の頃から「歌姫」と揶揄されるほどの美声を持つ由仁は「歌音ユニ」としてデビュー。


 その日は三年前の金曜日。

 全てが変わった日。


 嬉しいことに沢山のファンがユニの歌を求めて配信にやってくる。そんな軌道に乗っていた頃、何度目かになる生歌配信の告知をした。

 皆に少しでも楽しんでもらうべく寝る間も惜しんで数日前から練習した人気曲に加えてオリジナルの曲を披露する。そんなはずが…。



“005 第五惑星地球 ダンジョン 構築”



『え、だん、じょん…?』


 自分の耳に機械的な声が聴こえ、視界にそんな見覚えのない言葉の羅列が浮かぶ。


 ドーン。


『な、何あれ…』


 自宅の外からやけに騒がしい物音がした。初めは酔っ払いが騒いでいたかと思ったがどうも様子がおかしい。カーテンを開けて外を見た。

 そこにはアニメやマンガでしか見たことのないような異様なモノ――魔物が蔓延り逃げ惑う人々を襲い、近くの物を破壊し続ける。

 誰かが警察を呼んだようでパトカーのサイレンが鳴る。その音を聞き安堵から胸を撫で下ろすが、牛の異業種によりパトカーは潰される。


『だ、ダメ。ダメだよ…に、逃げなくちゃっ』


 恐怖から体を震わせ、涙を流す。本能が「逃げろ」と告げるのを信じ近くにあったカーディガンを羽織り手元にあったスマホだけを拾い上げ魔物達が警察に夢中の間、自分は逃げた。


『ごめんなさい。ごめんなさい。わ、私じゃ、何もできない。ごめんなさい』


 逃げながら見殺しにした警察官達に懺悔の言葉を贈ることしかできない。

 近くの民家から煙が上がり、悲鳴や怒鳴り声が絶えなく聞こえる。


『はっ、はっ、はっ。な、なんで、こんな、こんなことに。なんで、やだ、死にたく、ない』


 恐怖から涙でグチャグチャになった顔。前などまともに見えず、それでも足を止めずに走る。


『――おかあさん!!』


『!!』


 女の子の母親を呼ぶ声を拾う。そちらを見ると額から血を流しぐったりと倒れる母親の側に五歳ほどの少女が寄り添っていた。


(あ、あぁ、あぁ。いや、いやー…あ、あのままじゃ、あの女性は…女の子は…怪物が…た、助け、なく、ちゃぁ…)


 本能では逃げろと警鐘を鳴らすがそんな惨い選択をできることなど無理に等しいことであり、親子の元へ向かう。


『こ、これで、少しでも止血を!』


 親子の元へ向かうとポケットから取り出したハンカチを女性に渡す。


『あ、ありがとうございます。でも、私は…お願いです。私は大丈夫ですので、この子だけでも』


『――ッ』


 自分の身を犠牲にしてでも我が子だけでも助けようという母親の願い。

 それを理解した上で、母と子の顔を交互に見て…決めれるわけがない。


『お母さん? やだ! 私、離れたくない!』


 母親の鎮痛な顔を見て辛そうな声を聞き、その言葉の意味が理解できずとも言おうとすることを察し、泣き叫ぶ。


(どうしよう。スマホで救助は…さっきのパトカーと同じ…近くに人は、居ないよね。私一人で女性をおぶって逃げることなんて…あぁ、こんな時、が、あれば…)



“音瀬由仁 エクストラスキル【声麗】獲得”



「!」


 そんな時、先程と似た機械的な声が頭に響く。それは目の前の親子には聞こえていないようだ。そのことに不安を覚えていると体の奥底から何か暖かな物が溢れてくることを感じる。


(な、なにこれ…なんでかな、今ならなんでもできるような気がする。普通なら絶対に無理なのに、この女性を治せる気が…)


『あ、あの! 私、こう見えて特別な治療ができるんです。なので、私にその傷の治療を任せてくれませんか? 無理強いはしませんが…』


 咄嗟にそんな言葉が口から出る。


『……』


 真意を確かめるように母親は真剣な面持ちで由仁を見る。その目はとても真剣で見られる自分が怖気付いてしまうほど。


『お姉ちゃん、助けて、くれるの?』


『う、うん。、使えるんだ』


 そんな絶対に嘘であることを言う。


『すごい! お姉ちゃん、魔法使いさん!』


『あ、あはは、そうなんだぁ』


(大丈夫。大丈夫。できる。私なら、できる…じゃなくて、この親子を助けたい)


『…よろしく、お願いします』


 真剣な顔から柔らかい表情に変わった母親は額の傷に顔を歪めつつ頼み込む。


『! は、はい!』


 許可を貰った由仁は慣れた手つきで母親の額に両手をかざし目を瞑る。


(人を治療する。それも医療器具なく。そんなこと絶対にできない。出来たら奇跡。でも、私の声は人を癒す力があると、心が叫ぶっ!!)


『〜♪』


 運命、偶然とはよく言ったものだ。自分が生歌配信で披露する予定だった「癒し」というオリジナル曲のサビを歌う。

 目の前の怪我人を絶対に治す。止血をし、バイ菌が入らないように傷の治りを早める。


 そんな考えのもと使


『こ、これは…』

 

 母親は由仁の体が淡く発光するのを見て目を見開き、次に自分の体も発光し額の痛みが和らぐことに驚く。


『…きれい』


 少女は二人の姿を見て目を輝かせる。


 由仁が歌を熱唱して数分。


 ・

 ・

 ・


『奇跡です。本当にありがとうございます。貴女は命の恩人です』


 額の怪我が嘘みたいに消え去り良くなった母親は自分の足で立ち由仁に感謝を伝える。


『お姉ちゃんありがとう!』


 少女は由仁の腰に手を回しじゃれつく。


『あ、いえ、そんな。私は自分のできることをしただけです。それよりもこの場…は危ないです。もしかしたら人が集まっている安全な場所があるかもしれないので、逃げてください』


 そんなところあるかわからない。でも希望は捨てきれない。それに。


『…わかりました。この御恩は必ず。ほら、このお姉さんの言う通り行くわよ』


『え、なら、お姉ちゃんも』


『ダメよ。お姉さんは魔法使いなの。私達みたいに怪我をした人を治す役目があるの。だから、私達とは、お別れ、なの』


 最後の方は言いづらそうにそれでも娘に言い聞かせる。


『…わかった。お姉ちゃん、頑張って!』


『うん、頑張るね!』


 親子を笑顔で見送る。



“臨時アナウンス 《探索者:ホロウ》 によって【超難関ダンジョン】の一つは制覇クリアされました 地上に出現した魔物はダンジョンクリア者の意向により報酬として直ちに消滅します それに伴い、これにて初戦闘チュートリアルは終了となります これからの皆様の御健闘を心より願っています”



 そんな機械的な声がまた、聴こえる。


(…嘘、じゃん)


 “ホロウ”という人物のお陰で魔物は地上から消えたとアナウンスがあった。でも、背後に迫る気配、脅威。それを見て苦笑を作る。


『あはは、馬鹿だなぁ、私』


 自分に向けて近づいてくる――血塗れの牛型異業種を見て額から汗を流す。


(勝てない。そんなことわかっている。でも、誰かが止めなくちゃいけない。それが私の役目だった。最後に私の歌で誰かを癒せた。それだけで満足。ほんと、魔法みたいで、夢みたい)


『フゴー』


 牛の異業種はその巨腕を上空に上げる。


『…誰かと、恋を、してみたかったな』


 一粒の涙を流し、あの親子が少しでも逃げる時間ぐらいは死んでも稼ごうと思い――


『――“焔”』


 男性の優しい声を由仁は捉えた。その声を聴いた瞬間、牛の異業種は跡形もなく消滅する。


『…え?』


 光景を見て裏返った声を上げる。そして灯のように残り香のように残る黒い炎を手で包む。


『暖かい。黒い炎――焔、黒炎。


 聴いたことを全て口にする。すると何故かその全てが点と点が繋がるような感覚になる。


『あ、あはは。ホロウは本当に居たんだ。ホロウが世界を救ったんだ。ホロウが私を助けてくれたんだ――は、実在する』


 泣き顔から一変。花が咲かせた笑みを作る由仁の頰は熟したリンゴのように熟れる。


 ホロウに救われた由仁の話は直ぐに全世界に広まる。アナウンスが全ての人間に伝わっていたこともありそれは周知の事実となり。由仁の知名度も高いことから嘘ではなく真実となり、由仁は唯一ホロウと出会い救われた女性に。

 そんな由仁の【黒炎】という言葉から“ホロウのスキルは【黒炎】”だと囁かれるようになる。ホロウの姿を見たことがある人などいないもの“ホロウに救われた”という数多くの証言から【ホロウ伝説】は始まる。



 ∮



「――由仁様。以前から自分が“ホロウ”だと名乗っていた人物が由仁様にお会いしたいと面会を希望ですが、どう致しましょうか?」


 素敵な過去に想いを馳せていると後から入ってきた一人の隊員の言葉で現実に戻される。


「…そうですか。通してください。ですが、もし、ホロウ様の御名前を使い私に近づく不届者でしたら…」


 怒気を孕んだ声を漏らす。


「しょ、承知しております。しかし、自分は【黒炎】を使えると聞かなく…」


「…【黒炎】。見せていただきましょう」


 【黒炎】と聞いた由仁の瞳は妖艶に光る。

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