第5話 妄想は節度を持って

 紀恵が尋ねる相手として、秋瀬弥夏――弥夏を選んだのは、全くの偶然だ。

 さすがに麻美に直接尋ねたりする選択肢は無かっただろうが、もう一人の舟城比奈子を選んでいる可能性は十分あったと言えるだろう。


 ただ、こういった問題を尋ねる相手として、幸運にも弥夏は適した相手であると言えた。


 弥夏は少し色を抜いた感じのブラウンの髪。それを青いシュシュでポニーテールにまとめている。


 今は体操服だが、制服ではリボン等は身に付けない方針で、面差しがきつめなこともあって、少しヤンキーっぽい印象がある。しかし、ずっと観察を続けていた紀恵は臆することは無かった。


 弥夏は面倒見のいい性格で、気配りも出来、言ってしまえば姉御肌な部分がある女子であることを、紀恵はすでに見切っていたのである。

 それを妄想趣味がもたらした副産物と言っても良いものかどうか。


 紀恵が並んで座る弥夏の首筋にある二連ホクロを視界の隅に収める。

 反射的に紀恵はホクロを利用した妄想を働かせて、自分から話を振っておいて、上の空であった。


 そこに叩き込まれたのが、


 ――男


 という言葉である。

 

「西山さんの彼、結構鋭いよね。鋭いっていうか、よく気が付くっていうか。それとも、ささこがわかりやすいのかも。ああ、ささこっていうのは、佐々木梢って名前のあだ名なんだけど」

「あ、えっと、うん」


 当然、紀恵は佐々木梢の名前を知っていたわけだが、かろうじてそれを隠せるぐらいには立ち直っていた。

 しかし弥夏の勢いは止まらない。


 弥夏は弥夏でため込んでいたものがあったのだろう。

 グループと関係ない紀恵であるからこそ、一気に愚痴を吐き出せると思ったらしい。


 さらに紀恵が彼氏持ちであることも、愚痴をこぼす相手として紀恵が“うってつけ”だと弥夏が考えてしまっても仕方のないところだ。


「実はね、ささこが先に目を付けてたみたいなんだよ。その相手を。すっごいイケメンらしいんだけどね。あたしは見たこと無いのよ。あさみんがそう言うから、そうなんだと思うけど」

「そうなんだ」


 男である以上、イケメンでもブサメンでも紀恵にとっては関係が無いので、実にあっさりとしたものだ。

 紀恵の胸中にあるのは「もう終わりにしたい」という、ただそれだけの欲求。


 それでも、しばらくは弥夏の愚痴に付き合わざるを得ない紀恵。

 黙って聞いていると、どうやら麻美と梢の間には、そのイケメンを間に挟んで、トラブルがあった様だ、と言うのが弥夏の見解らしい事がわかってきた。


「それで、今は遠藤さんと付き合ってるの?」


 紀恵が、それだけは確認しておこうと最後に思い切って尋ねてみると、


「それがどっちも憧れてる? とか、そんなのだけみたいなのよ。もう本当にあの二人は……」


 と、弥夏が疲れたように答えてくれた。それだけが、紀恵にとって救いと言えるだろう。そしてタイミング良く、紀恵たちの順番になった。


「あ、順番だね。……西山さん、大丈夫なの?」


 弥夏の視線は紀恵の胸元に注がれていた。何しろこれから幅跳びジャンプであるので、弥夏が何を心配しているのかは推して知るべしと言うものだろう。


 だがこの時、紀恵はすでに上の空であった。

 わけがわかってないままに、紀恵が曖昧に頷きお開きとなった。

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