Day20 甘くない

「ただいま」とサクがドアを開けると、居間では弟のサネが「お帰り〜」と言いながらポテトチップスをつまんでいた。

「サネ、もう帰ってたんだ」

「今日は先生の会議だってさ。部活無しでさっさと帰れだって」

「あ〜職員会議の日ってそうだったわ」

 頷きながらサクは校章のついたワイシャツのポケットから薄い何かを取り出してサネに投げた。

「チョコ貰ったからやる」

 キャッチしたサネの手のひらには、金色のいかにも高級そうな包み紙の薄いチョコがあった。

「さんきゅ。サクがチョコくれるなんて珍しー」

 言いながらチョコを口に放り込む。次の瞬間、

「うぎゃ!?」

 尻尾を踏まれた猫の声を響かせたサネは、口を押さえて目を白黒させた。

 すぐさま机にあった麦茶で胃袋へ流し込み、肩で息をする。

「何これ……炭化トーストにレモン汁かけて頬張ったみたいな苦さ」

 口元を拭うサネに「クラスの奴に貰った。ゴーヤ好きなサネならいけるかと思って」とあっけらかんと言うサク。

 サネは呆れた目を向けながら「カカオ95%使用」と書かれた包み紙を広げて突きつける。

「ゴーヤの苦さと系統が違う。苦いにも限度があるだろ」

 げぇーと舌を出して見せるサネにサクはポケットから更に95%チョコを取り出す。

「実はまだ五枚あって」

 扇のように広げて見せられた甘くないどころか苦すぎるチョコ。絶望感でサネは絶句した。

「罰ゲームのあまりで貰ってきた。捨てるよりは良いかなと思って」

 五枚のチョコを手で弄んで薄い笑みを浮かべるサク。我が兄ながらサネは理解できる気がしなかった。

「銀翹散に匹敵する苦さのこのチョコだけど、使い道は考えてある」

 言い切るサクにサネは嫌な予感がかすめていく。

「父さんにトラップする以外に?」

 あえて聞いてみればサクはゆっくり頷いた。それからひと呼吸置いて「カレーに入れる」と宣言した。

「えぇ?なんでカレー?」

「とりあえずカレー味纏わせればなんでも食べられるようになる気がする」

「うわ……不味かったら俺は食わないからな」

 サネの食べない宣言にもどこ吹く風。今日の夕飯当番は俺だから期待するなよ、と言ってサクは花柄エプロンをつけると手早く米を研ぎ始めた。

 果たして甘くないチョコレートを入れたカレーは。

 ドキドキしながらカレーを口に入れたサネは目を見開いた。

「高級なカレーの味がする……!」

 普通の中辛カレールーに苦いチョコを加えた事で、数日寝かせたような深みが出たのだ。

「サク凄いな、今日のカレーはいつもより美味しいじゃないか」

「美味しい……隠し味に何を使ったの?」

 両親に褒められて口角の上がったサクは95%チョコの包み紙を指で挟んで見せる。

「これを五枚ほど」

 ほほぉ……と素直に感心する父の隣で母はなるほどと頷いていた。

「五枚も入れたからなのね?明日の分のカレーまであるのは」

 パク、とカレーを一口飲み込んだ母は宣言した。

「面倒だし、明日のお弁当はカレーにしようかしらねぇ」


(「Day10 ぽたぽた」のスイカ汁に泣かされた少年はサクです)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る