Day7 酒涙雨

 その男は雨を欲していた。

 七月七日の夜に降る雨、それだけを求めて男は逆さまのてるてる坊主を作ったり、焚き火をしたり、雨乞いの踊りを踊ったりと心を砕いていた。

 男には好きで好きでたまらない女生徒がいた。さっぱりした顔で、指先に白いタコのできている、隣のクラスの子だ。

 ろくに話した事はなかったが、先月の文化祭ステージでギターをかき鳴らしていた姿が美しくて、一時間しても目に焼き付いたまま離れなかった。

 そんなことを男が同級生にぼやいたら「ついにお前にも春が来るとはなぁ」「告っちゃえよ〜」「文化祭の勢いがあるからできる!」「応援してるからなっ!」と輝いた目で背中を押された。

 そもそも男は堅実で、勝ちの見えない勝負には出ない人物だった。だが、文化祭の非日常から来る熱と同級生の熱心な煽りに載せられて、文化祭の後に告白する事にした。

 ……結果は惨敗だった。

 女生徒の方が彼よりずっと堅実だったのだ。


 それから男は、七夕の夜には大雨が降ってしまえばいいと思うようになった。文化祭のあの日、彼女が歌っていた曲は「七月七日だけは会わせて欲しい」と願う歌だったからだ。

 おりしもこの街には七夕祭りがあり、近隣地域からカップルが多く集まる。実のところ、彼らを邪魔する方が男の主目的だったと言えよう。

 果たして、男の願い通りに雨が降った。ゲリラ豪雨でイベントは中止、屋台も次々店仕舞いをして撤退していった。

 男の部屋からはイベント会場がよく見える。雨宿りできる場所を探して右往左往する人々を見て、男はほくそ笑んでいた。

 これでカップルがいちゃつく場所がなくなった。きっと彼女も歌の通りの事は起きなかったと、落ち込んでいる事だろう。

 そう思うほどに男の笑みは深くなる。大声で全てを嗤ってやりたいと思ったが、流石に近所迷惑だなと思い直して枕の下でニヤニヤするにとどめた。

「街中だけど結構星見えるねー」

「本当だ」

 そんな会話が聞こえたのはどれくらい経った頃か。男の家の前を一組のカップルが歩いていく。

「これなら織姫と彦星、会えるね。雨降ったから遅れた時間からだろうけど」

 女性側が少し寂しそうに言った。

「酒涙雨かもよ」

「さいるいう?」

 聞き返された男性側は「織姫と彦星が『会えたのにもう帰らないといけない』って別れを惜しむ時に降る雨のことだよ」と答える。

「そーなんだ!?ハルくん物知りー!カッコいー!」

 彼女と思しき人物に褒められて照れ笑いする男性の声。

「て事はさ、会って、離れたくないーって泣いた後、残った時間をフル活用しようとしてる……ってコト!?」

「唐突に小さくてかわいい何かになっちゃった」

 高い笑い声と共にカップルは去っていく。

 少年は一人暗がりで不貞寝していた。頬に白い涙の跡を付けたまま。



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