夏の影

工事帽

夏の影

 お盆の里帰り。

 クーラーのない田舎の暑さに負けた俺は、少しだけひんやりとする畳の床に転がったまま、なんの益にもならない「うだるような」という言葉を思い出していた。

 暑い部屋、「うだるような暑さ」という言葉が良く似合う部屋。

 「うだるような」という言葉は元は「茹だるような」と書いたらしい。文字通り、茹で上がるような、という意味だ。つまり気温だけじゃなく湿度も高い、サウナのような環境のことだ。


 思い出したところで暑さが和らぐわけでもなく、じっとりとした熱から逃れる場所を探してゴロリと転がる。

 と、転がった視界の先に足が見えた。

 足の上から声が聞こえる。


「だらしない恰好」


 だらしない。その言葉の意味は、しまりがない、整っていない、けじめがない。

 間違ってはいない。

 床に寝転がる姿を見て「キチンとした人だ」なんて思う人はいないだろう。

 だが元凶は暑さであって、俺自身がだらしない人間ということではないはずだ。


「ほらお兄ちゃん、これでも飲んでシャキッとして」


 足の手前、俺の顔の前に小さなコップが置かれる。

 この暑さだ。飲み物があるなら飲んでやらない理由もない。


「不味っ」


 その水はぬるかった。ぬるま湯のようになっていて、冷たい水を期待していた俺には酷く不味く感じた。

 しかもそれは朝方に仏壇に供えたコップだった。

 何時間もこの暑さの中に放置されていたら、水もぬるま湯くらいにはなる。

 文句でも言おうかと立ち上がって見たら、足はなく、声を掛けてきた相手の姿はなかった。


 俺は怠い体を無理に動かして、仏壇に水を供え直した。

 仏壇には記憶より幾分若い爺さんの遺影と一緒に、覚えてもいない先祖の姿が並んでいる。その中に一人だけ若い少女の姿も。


「お兄ちゃん、って誰だよ」


 その日、俺のスマホが盗まれた。

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夏の影 工事帽 @gray

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