最終話 新たな家族

「レグーナの騎士ってのは数だけか?しっかしまぁ、余計な殺しはしたくないんだがなぁ…止まっちゃあくれねぇのかい?」


倒れ込む兵士達の前に佇むゼロは、刀を払って鞘に納めた。その数、ざっと50は下らないといったところか。


「お、お前は何者だ…!バ、バケモノめ!!」


「口を開けばバケモノ、バケモノって五月蝿えなぁ?お前らんとこの女王様がもう和解したからとっとと退けって言ってんのが分からないか?」


「れ、レグーナ様がそんなことを仰るはずがあるか!!あの方は何が何でも意中の人を手に入れると宣言されたのだ!」


兵士は目の前の修羅のような人間を前にしながら、恐怖に支配されまいと問答する。


「チッ…交渉は俺の得意分野じゃねぇ。ユイとヘルミナの到着を待った方がよかったか。しかしあとどれくらいだ?セクレドから船で行くと…日時からすれば後少しのはずだが…クソ…人手が足りねぇ…」


「おい!話を聞いているのか!」


「喚くな。二度と喋れなくなりたいか?俺は今忙しい。名前も知らない奴に構ってる暇はない。さっさと家か土に帰れ」


この言葉が無名の騎士を更に激昂させ、剣を取らせた。しかしゼロは反抗を許す男ではない。横顔を殴りつけ、一撃でノックアウトさせた。


「話を聞かない奴は嫌いだ」


まだ仕事は多い。家族の来訪にも時間がかかりそうだ。


……………………………………………………



「はぁ…!はぁ…!クソ…こんなところで…!」


「…興醒めだな。魔力切れが先か」


ローズの結界が歪み、今にも崩れそうになっている。個人での結界の維持など、人間の所業ではない。鼻からは血が垂れ、目も充血し、息も荒い。


「ローズ…私はここで死ぬつもりだったんだ」


「ぐっ…!だからっ…どうしたと…!」

 

剣を握る手は弱々しく、弩に持ち替える気力も無い。だが許せないのだ、怒りすら消えたとしても、この友人を許しておくことはできない。


「だが今の貴様を見て気が変わった。貴様は私を殺そうとしていない」


「また…いつもの逆張りか?聞き飽きたぞ…!」


まるで剣の稽古をつける師弟のように、今では2人が対等であった面影もない。


「私の人生は何だった?何を得た?何もかも失ったか、最初から何も持ち得ていなかったか、それすら分からない」


トドメと言わんばかりに、剣に力を乗せる。ローズは首筋ギリギリで防いだ。しかし、近くの積荷に押し付けられる。


「違う…お前は捨てたんだ。何もかも…!」


「それで…残ったものは何だ?」


「なぜ私がお前のことを理解する必要がある」


「してくれないのか?あの日のように」


「もうお前をあの時のお前と同一視するつもりはない。お前は私の家族を奪った人殺しでしかない!」


「いいや違う。それなら私を殺せたはずだ。何度も機会はあった。だと言うのに、貴様こそ全てを捨ててまであの日々を忘れまいとしている」


少しづつ、当人達にしか分からない程少しづつ、刃がローズの首筋に近づく。


「お前はなんなんだ…!結局どうしたいんだ…!」


「それが分かっていればこうはなっていない!!私は彼にとって何者にもなれなかった!だが貴様は違う!貴様は彼の家族だった!」


ローズの瞳が揺れる。その中に確かな決意が灯った。


「その家族を奪っておいてッ!!」


剣が弾かれる。宙を舞うのはマキナの剣だ。そのままローズが剣を突き立てようとする。しかし、白銀の水がそれを防ぐ。


「奪う…?奪えなかったさ!!結局彼は得ることができなかった!!」


剣を失っても、彼女には強力な魔法が残っている。


「…ッ!!この…!大馬鹿者が!!」


…それはローズも同じだ。最後の魔力を振り絞り、黄金の炎を顕現させる。


それらがぶつかり合う……


ことは無かった。その時、結界が割れ、2人の魔法はかき消された。


「ッ…!魔力が消えた…!?」


「魔力の流れが…!?」


2人は自然と見るべき方向が分かった。そこには、2人にとって大切な人がいた。


「…馬鹿どもが」


……………………………………………………



永い、永い夢を見ていたようだった。これまでの空虚な半生はまるで弾けた泡のようだった。自分にとっては今この瞬間、この日々にこそ人生の価値があると思った。


大切なものに気付いた。再び手に入れることができた。


…だからこそ、セントーレアは間違っていると思った。彼女を救いたいと思った。


…だから…このまま死にたくなかった。


『ゼノ…起きて…!ゼノ…!』


[君は運命への叛逆者だろう?]


そうだ。起きよう。彼女に一言、言っておかないといけない。


…目が覚めた。ベルナの揺れる瞳が見えた。今まで恐怖の対象だったその顔が愛おしく見える。


「…!!起きたのですね…!よかった…!」


「ゼノ!!心配したんだから…!」


視界の下部で揺れる黒い髪、姉のリンだ。


「生きてる…?」


「はい。どういうわけか…傷も塞がって…」


「ホントだ…ん…まさか…」


服の下を探る。あった。赤い宝石のペンダント。大事に持っておくよう、ローズに釘を刺された魔石製の装飾品だ。


「それは…」


「ベルナがくれたんだよね」


「まだ…持っていてくれたのですね…」


今ではその魔石は輝いている。


「それ、何なの?」


「純正の魔石です。自然界に不純物の混ざらない魔石が生成されることはあり得ないと思われていたのですが…天文学的な確率だったでしょう」


リンが信じられないという顔をした。


「純度100%!?それ、国が傾くような品物でしょ!?よく持ち歩いてたね!?」


「愛する人に、私からの愛の証拠になればと…結果として、それは正しかったので良いではありませんか」


「魔石由来の特殊な魔力…そりゃどこをとっても異常なわけだ…って、言ってる場合じゃない!セントーレアはどこだ!?」


治ったとはいえ、重傷を負っていたことも忘れて飛び上がり、周囲を見渡す。港からは少し離れている。


「ローズが相手を…今度は本気で殺すつもりだよ」


「ええ、あの者はあの場で果てるかと…」


「何言ってるんだ!?死んでいいわけないだろ!!すぐに止めに行く!!」


「待ってください!あの者は貴方を…!」


ベルナが腕を掴んで止める。静止を振り切り、港を見つめる。


「俺は生きてる。ちょっと行き過ぎた愛情表現だろ?君とそう大差ない。なに、それなりに分かってたよ。セントーレアから多かれ少なかれ好意を持たれてたことくらい。それを放っておいたのは俺の責任でもある。…だから…行かないといけないんだ」


ベルナは俯いた。リンは胸に手を当てて、見守っている。


「…絶対に無茶はしないでください。その魔石の起こした奇跡が、もう一度起こるのかは分かりません。命をどうか大切に…」


「分かってる。ありがとう、ベルナ、リン。君達が家族で本当によかった」


深く頭を下げ、剣を持って走り出した。


……………………………………………………


目の前に黒い霧のような結界が見える。どうすればいいかは心で分かっている。剣を握りしめ、白の魔力を注ぐ。そして、思い切り振り下ろした。


鏡が割れるように、霧を映し出す欠片が散っていった。


「ッ…!魔力が消えた…!?」


「魔力の流れが…!?」


口を開けて驚く2人が見えた。血を流し、涙を流している。


「…馬鹿どもが。殺し合うことは無いだろ」


「生きて…いたのか…!」


「生きてて悪いかい?」


「ゼノ…!」


ローズが抱きつく。マキナにとって絶好のチャンス。今なら2人やれる。


…だが、彼女にはそれができない。剣を持つ手は震え…いや、全身が震え、血が激しく巡り、視界が歪んでいく。


「あ…あ…どうして…どうして…!!どうして!!」


「っ…!マキナ!?」


ローズが振り向くと、剣を自分の首に突き立てるマキナがそこにいた。


「やめろ」


ゼノのその一言で、剣は宙を舞って海に放物線を描いて飛んでいった。


「叛逆者の魔法…いつのまに…」


「全ての魔力を操る魔法…そりゃあ、父さんは強いわけだ。こんなの反則だよ…」


もしセントーレアが魔法の熟練の使い手で、剣に常に魔力を流して戦うスタイルを使用していなければ、今頃彼女は自分の首を刎ねていた。


「うぅ…!私は…私は…!」


「…ゼノ、お前の判断に任せる」


「いいのか?」


「ああ、私は…もう何も考えたくない。お前の決断なら…それに従おう」


ローズの顔は疲れと安堵、喜びと悲しみが混じっていた。


「わかった。…セントーレア、いやマキナ…別に、俺に謝る必要もないし、ましてや俺に謝られる資格はない。許すとかそういうのはまた別のことだ」


「え…?」


涙でくしゃくしゃになった顔をこちらに上げる。


「なんて言うかな…うん、ごめん」


「ま、待て…!どうして君が謝る!?わ、悪いのは私だ…!だってわ、わた、私は…!君をこ、殺したんだぞ…!?」


マキナが慌てふためく。声が上擦って、上手く話せないようだ。


「死んでないでしょ?それに…君の好意を蔑ろにしていたのは俺だ。俺は…卑怯な男だ。『ベルナから逃げてたくせに』ね?大丈夫、みんな家族だ」


「だ、だが…!君にベルナデッタ様が…!」


「そのことなんだけど…俺の父さんは妻が三人いるんだ。だからまぁ…いいんじゃない?君さえよければ…まぁ、ベルナから了承は取ってないんだけど、きっと俺の気持ちは分かってくれると思う。四六時中こんな男と一緒にいようとした奴だぞ?」


マキナは再び声にならない声で呻くように泣いた。


「決断はお前次第だ。ゼノが許すなら私も許す。あくまでその関係についてだがな。個人的には、家族を傷つけたお前を許すつもりはない。もしゼノが殺せというなら今度こそ躊躇いなく殺す。だが…」


ローズがちらりと横を見る。


「うん、そんなことは絶対に言わない」


「…はぁ、この通りだ。あとはお前自身の問題だ。別に私がどう思うかなんて、お前が知ったことでは無い」


しばらくして、少しづつ啜り声も収まり、ようやくまともに話せるようになってきた。


「私は許されないことをした。今日だけのことじゃない。生まれ持っての罪人だ。…だが…それでも君が…貴方が良いというのなら…許されたいという我儘を…聞いてくれますか…?」


「もちろん」


それから何か、マキナが言おうとするが、ローズが先に口を開いてそれを止めた。


「私への言葉はいらない。今謝られでもしたら情緒が崩れそうだ。もし私に少しでも申し訳なく思うのなら、まずベルナール先生に手紙を書くんだな」


その時、初めて本当のマキナを見た気がする。いつも口の端を上げるだけだったのに、今では目を細めて微笑んでいる。


「…君もな。成績は君が上だったが、校則違反やら授業態度は私より酷かったはずだ」


「…よくもまぁ…ふん、いいさ…」


ローズは顔を背けた。


「…帰ろう」


どこに。それは誰にも分からない。けど、全ての人にあるべき場所だ。今はただ呆然と海を眺めていたい。その遥か向こうに、それぞれの故郷があるのだ。


皆が集まった時、積荷の中に偶々あった写真機で写真を撮った。そこに映った瓜二つの男が親子だとは、誰も気付かないのであった。


後の『ゼノ・ルイスのアグリーツァ冒険譚。ゼノ・ルイス・レグーナ・スティングレイ著』によると、彼は冒険の始まりに家族が見つかったばかりか、むしろ増えていたと語っている。摩訶不思議な話である。





−END−
















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