第15話 家族

当時、極東セクレドには奇習があった。優れた子供達はより濃い血を残すために、血縁内での子供を設けること…


つまり、身分の高い家系では才能ある子供を残すために近親相姦を行っていた。いや、行わされていた。


ゼロ・スティングレイこと、氷雨零ヒサメ レイと、その妹であるユイも例外ではなかった。そしてその間にできた無名の子どもは人攫いに攫われたという。二人は何日も、何十日もその子を探したが見つけることはできなかった。彼の手下、隠密と捜索の達人である銀狼のルシアを用いても結果は変わらなかった。


「…その子どもが俺か」


「はい。お二人は貴方様には自身の納得する名を名乗ってほしいという想いから、貴方様に名を付けることはありませんでした。いつの日か、自分で自分に名前を付けるように、と。…貴方様が産まれてすぐに起きた事件でした。…まさかレグーナまで渡っていたとは誰も予想しておらず、我々は必死にセクレドを探し回っていたのです」


「最近になって動いてくれたのは?」


「貴方様が出会った者に、叛逆の騎士団と繋がっている者がいるはずですが、お忘れですか?」


なるほど。確かに一人だけいた。時期としても辻褄が合う。


「…ローズか」


「左様。彼女はゼロ様と、彼のご学友であるヘルミナ嬢との間に産まれた子です。彼女はリヴィドに寄港した際、奇妙な子を船に乗せていると言いました。聞き出した特徴は全てゼロ様と一致したのです。もう一度寄港した際に得た情報で我々は確信しました。…白と黒の紡ぎ手など、一人しか存在しないはずだと」


確かあの時、水龍の背中から微かに、船に紫と『白と黒』の炎が燃え滾るのが見えた。


「…父さんと母さん…みんなは…俺を一度たりとも諦めなかったんだな?」


「はい。ゼロ様の最も忠実な下僕として誓ってこれだけは言えます。彼は…彼らは貴方様の姿が見えなくとも、生きていることを決して疑いはしなかった。それは彼らが不死へ到達した人間であるからではありません。…貴方様への愛です」


「…承知した。俺は二度と両親を疑うまい。…君が助けに来れたのは、俺の居場所がアグリーツァだと絞ることができ、尚且つ主人である父さんからの命令があったから、でいいんだな?」


「はい。全て間違いなどありません」


「…このことは…リンとローズは知ってるのか?」


「ローズ様は完全に理解なされましたが、リン様は少々受け入れられない点もある、とのことですが、具体的な内容は控えるとのことです。…少なくとも、貴方様からお二人に説明する必要はありません。それから…例え真相がどうであれ、そのまま姉弟として、家族として生きていくことに変わりはないとのことです」


二人は家族なのだとより一層理解した。…思えばこの旅では父親と関わりのある人ばかりと出会ってきた。本当に、名のある父親だこと。


「俺の12年間はほとんど空白だったが…そうか、また家族の元に戻るんだな」


「きっと驚かれるでしょう。何せ、我々にとっては真の魔法使いは血縁と並ぶほどの理解者、家族なのですから、大所帯ですよ」


「何人いるか分からないけど、帰ったら家族に伝えてくれ。俺はこの人生に文句は無いって。そうだ、父さんに伝えてほしい。…お前ばっかりカッコつけるのは許さない、って」


「承知いたしました。終焉の地で会いましょう。それまでは3人で生き残るように。いいですね?いくら貴方様と言えど、主様の命令は絶対ですので、命令に基づきこれ以上の助力はできません。旅は己の力を示すもの、という信条は変わっておられないようですから」


思い返せば、何故冒険に出たかったかと言えばベルナから逃げたかったことと、『探し物』をするためだった。それが憧れだった。そしてその探し物は…きっと家族だったのだろう。だから時々、ベルナのことを思い出してしまう。彼女は歪んでこそいるが、家族になりたいという気持ちは本心だったのだから。


「ああ、本当に感謝してるよルシアさん」


「ルシアで構いません。それでは」


その言葉を言い終えると、まるでいなかったように消えた。霧すらも残さず、夢でも見ていたのかと心配になるくらいだ。


「…霧の王…悪いな。アンタと最後まで戦ってみたかったよ」


ぽつりと呟き、ローズとリンがいるという場所に向かった。


その場所は古い教会のようだったが、本当にそうなのかは今となっては分からない。あまりにも風化しているからだ。


「ゼノ!よかった…!生きてた…!」


教会に入るや否や、リンに抱きつかれた。骨が折れるかと思った。


「リン姉さん…こっちこそ心配したんだぞ…」


霧の中で二人の安否を気にかけて気が気がでなかったが、そんなことが吹き飛ぶほど抱擁が強すぎる。


「離してあげて。ゼノの骨が折れてしまう」


少し離れた場所にローズが腰掛けている。彼女はあまり驚いていないようだ。おそらく、ルシアという女を信頼していたのだろう。


「あっ…ごめんなさい…」


「謝ることじゃないさ」


リンから解放され、二人を交互に見た。そして言葉を…


「ごめんね…!私がもっとちゃんとしてたらゼノを危険な目に遭わせたりなんか…ごめん…私、ゼノのこと全然守れてないね…」


リンは泣いている。それが明確に泣いている状態であると深く意識したのはこれが初めてだろう。


「いいんだ。俺も強くなるって君に言っただろ?いつまでも守られてばかりじゃダメなんだ。必ず強くなるから」


「でも…ゼノが死んじゃったら嫌だよ…!家族がいなくなるなんて耐えられないよ…」


ローズが『何とかしろ』、と言いたげにこちらを見てくる。おそらく俺が来る前からこの調子なのだろう。


「大丈夫。死ぬ時はみんな一緒だ。…それはちょっと違うか。…大丈夫、俺はみんなを置いていったりしないさ」


言葉を間違えた俺をリンが離してくれるまで、相当時間がかかったことは想像に難くない。この霧の廃墟を抜け、俺たちは更に奥地へと向かう。


……………………………………………………


「…アグリーツァ…足を踏み入れるのは初めてですね。…ああ、もうすぐアナタに会えますよ…どんな邪魔が入ろうと、今度は必ず…!」














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