23 ヴァルナス皇太子殿下視点

 俺は膝の上に愛おしいステフを抱き上げて至福の時間を過ごしていた。彼女がいればなにもいらない、そう思える自分に驚く。彼女に出会った瞬間に番だとわかり、その後は出会えた奇跡に感謝した。毎日が楽しくて生きていて良かったと心底思える。


 ところがある日、突然彼女がいなくなり俺の目の前が真っ暗になった。食べることも水を飲むこともできない。腹も空かないし、息をするのも苦痛だった。全てに興味を失い喪失感で膝から崩れ落ちた。

 だが今、ステフがこうして目の前にいて、俺の尻尾が見えると言いながら楽しそうに笑う。彼女が嬉しいのならそれで良い。


 ステフがいなくなった原因を弟ラヴァーンから聞き、サスペンダー公爵令嬢に対して怒りがこみ上げた。


 『私から俺をとらないで』だと? いつから俺はサスペンダー公爵令嬢のものになったのだ? 淡い期待を抱かせないように何度も俺は言ったはずだ。絶対に愛することはない、と。


 従姉妹として彼女を見ていて、目下の者に対する態度が悪すぎたし、我がままで自分勝手なところが苦手だった。注意をしても返事だけで、心から反省しその行動が改めることはなかった。そんな態度に呆れ、なるべく近寄らないようにしていた。


 やがて、側近からサスペンダー公爵令嬢の悪いうわさを聞くようになった。婚約者のいる男と密会を重ねているというのだ。お忍びで歌劇を見に行く姿が何度も目撃された。馬車の中でのキスなどもあるらしく、想像するだけで吐き気がした。


 俺だけを慕っていると言い寄って来る一方で、他の女性の婚約者とそのようなことが平気でできる。その神経が信じられない。今まではその婚約者の女性から話を聞き、穏便に済ませようと思っていたのだが。それは彼女の為にならないことがはっきりした。


 自分のしてきたことに関して、きっちり責任を取るべきだ。叔父であるサスペンダー公爵にも責任を取らせる。王弟だからこそ、きっちりと貴族達にお手本を見せるべきなのだ。


「サスペンダー公爵令嬢。君は婚約破棄された女性の人生を償う必要がある! サスペンダー公爵には俺から言おう」


「どうせ慰謝料の話でしょう? だったらお父様が払ってくださいますわ。所詮、あの令嬢達はお金が欲しいだけなのよ。愛をお金に換算するなんて下品だわ」


「だったら君はどう償えるのだ? お金以外で償う方法があるのなら教えてくれ」


 ラヴァーンがからかうような視線をサスペンダー公爵令嬢に向ける。


「お金以外で償うのなら心の痛みと同じくらいの身体の痛みだ。屋敷に戻って叔父上と相談しろ。俺は今回は絶対に許さない」


 俺の言葉にステフがビクンと震えた。


 大丈夫だ。ステフを守る為にすることだ。これは必要なお仕置きなんだ。

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