13 帝国の獅子から一目惚れ

「震えているじゃないか。具合が悪いのか? 今日は暑すぎるからな。頭痛や吐き気はないか? とにかくゆっくり休めるところに行かないといけない」


 冷酷無比だと有名なヴァルナス皇太子が、とても心配そうに私の顔を覗き込んだ。顔が近い、近すぎるのですわ!


「ん? 大変だ。顔が真っ赤だ。熱中症にでもかかったのか? どれ、熱はあるのか?」


 レオナード王太子殿下など足下にも及ばないほどの、麗しく美しすぎる顔がどんどん近づいてくるのよ。逃げようにも抱きかかえられているし、相手はブリュボン大帝国の皇太子だ。失礼があってはならないからじっと身構えていると、私とヴァルナス皇太子の額がゆっくりと重なった。


「熱はないようだな。とにかく、俺の馬車で涼しいところに移動しよう。お洒落なカフェにしようと思ったが、なにかがっつり食べたほうが良いと思うな。君は痩せすぎじゃないかな? 軽すぎるぞ。もう少し女性は重いはずだが」


 誰と比較しておっしゃっているのか、なぜか私はムッとしてしまう。


「女性の体重は軽ければ軽いほど良いのです。金髪で青い瞳が最良なのと同じですわ」


「ほぉーー。我が帝国ではそのような価値観はないな。ふくよかでも楽しく笑っている女性が魅力的だよ。髪や瞳が何色だろうと関係ないね。ブリュボン帝国は多人種国家だ。髪や瞳の色に優劣をつけるなんてナンセンスさ。君は俺の妹チェリーナより軽いと思っただけさ。背丈も同じくらいだからつい思い出した」


 そうだった。このブリュボン帝国にはさまざまな肌の色と髪や瞳の人々が共存しているのだった。皇家の紋章が彫られた馬車に乗り込みふかふかの座席に座れば、ヴァルナス皇太子は私の隣に座り髪を撫で肩に寄りかかるようにささやいた。


「目を閉じて。レストランに着くまで寝ると良い。さぁ、俺に寄りかかれ」


 当然のようにそう言われて、馬車の揺れとともに眠気がおとずれた。そう言えば、こちらに来てからぐっすりと寝たことがない。両親に愛されていたと知った今では、目を閉じればお母様やお父様のことを思い出しよく寝付けなかったのよ。


「さぁ、目を閉じて。大丈夫、君はなんにも心配するな。俺が側にいる」


 子守歌のように優しく響く、魅惑的な深みのある甘い声に目を閉じて・・・・・・すやすやと寝てしまう。


「さぁ、着いたぞ。まだ眠いか? 歩けないならまた抱いてやろう」


 甘いバリトンボイスに途端に目が覚めた。またお姫さま抱っこなんて恥ずかしすぎる!




 

❁.。.:*:.。.✽..





 高品質な食材を使用し、美味しさと洗練された雰囲気を提供するガストロミーカフェを通り過ぎ、やや細い通りにある平凡なレストランに入っていく。


「いつものを頼む。ここが最高にうまいんだ」


 いつものを、と言われただけでサービススタッフが野菜や肉、魚を次々に持ってきた。私とアデラインにヴァルナス皇太子と御者の4人で食べるには量がありすぎる。いったいどうするのかと見ていると、ヴァルナス皇太子は親と一緒に食べに来ていた子供達に手招きをした。


「どうやら頼みすぎたようだ。さぁ、好きなものを取ってお行き」

「だったら、父さんのぶんももらっていい? このお肉はとってもおいしそうだもん」

 幼い子供が遠慮無くヴァルナス皇太子の膝に乗り肉に手を伸ばす。愉快そうに笑ったヴァルナス皇太子はたっぷりと肉や野菜をとりわけ子供達に渡していた。


「さぁ、君も食べて」


 私にも肉や魚を取り分けてくださって、にこにこと私が食べる様子見つめていた。


「あのぉ、そんなに見られていたら緊張して食べられませんっ!」


「あぁ、そうか。あんまり綺麗だから見とれていたよ。その絹糸のような白い髪とエメラルドグリーンの瞳がとても素敵だ。それに俺は君のその愛らしい顔立ちが好きだな。綺麗で美しくて可愛いものからは目が離せない」

 さらりと歯が浮くような言葉をおっしゃった。


「は?・・・・・・あ、あのぉ、そのぉ・・・・・・殿下は誰にでもそのようなお世辞をおっしゃるのでしょうか?」


「いや、俺は今まで生きてきてお世辞など言ったことはないな。なぜそんなことをする必要があるんだ?」


「あらぁーー、ヴァルナス皇太子でんかぁーー。こんなところにいたのですかぁ? 探しましたわ。私を置いていくなんて酷い」


 絶妙なタイミングで、とても色気のある赤い髪の美女が、艶めかしい仕草で彼に抱きついてきた。


 誰にでもお世辞をおっしゃる遊び人の皇太子殿下だということが今から証明されるわね。ところが・・・・・・


「触るな! 俺の身体が汚れる。サスペンダー公爵令嬢、君とはただの従姉妹だ」


「だって、私はお慕いしておりますから。従姉妹の私があなた様には一番相応しいですわ」


「それは俺が決めることだ。悪いがあっちに行ってくれないか? せっかくの食事がまずくなる。全く、俺をつけ回すのはやめてくれ。正式にサスペンダー公爵家に抗議するぞ!」


 きっぱりと冷たい声で宣言し、絶対零度の瞳で睨み付けている。女性をそのような目で見てはいけないと思うわ。鋭く睨まれたサスペンダー公爵令嬢は涙をこらえながらレストランから出て行った。


「あの、私には関係のないことですけれど、あのような言い方は可哀想です。公衆の面前ですし、もっとレディには気をつかわないといけないと思います」


「うん? 俺は不器用なんだ。愛する大事な女性には気を遣うし時間を割くが、興味のない女は正直どうでもいいな。それではだめか?」


 私に訊かれてもなんと答えていいのかわからない。だって、私はこの方の恋人でもなければ婚約者でもないのに。


「さぁ、それは大事な方に訊いてみてくださいませ。恐れながら私には関係ありませんので」


「いいや、たった今関係のあることになった。俺は君に一目惚れしたのだが、話をするうちにますます好きになった。だからだ、俺の問題は君の問題でもある。わかったら、さぁ、もっとお食べ」


 おっしゃっている意味が全然わからない。ひとめぼれ? あり得ない・・・・・・だって私は六年も婚約していたレオナード王太子殿下にあっさりと捨てられた身だ。呪われているとまで言われ祖国を追い出された立場なのに・・・・・・


「どうした? フォークを置いたら食べられないだろう? ほら、可愛い口を開けて。俺が食べさせてあげよう」


 え? なんでいきなりこうなるのぉーー? おかしいわ、絶対、おかしい!



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