5. 存じてはいる。信じてはいない。

5. 存じてはいる。信じてはいない。




 停車駅に電車が止まる。するといつもとは違い電車がなかなか出発しない。どうやら脱線事故があったらしい。復旧には時間がかかりそうだ。


「……マジかよ」


 とりあえず電車を降りて、スマホゲームでもしながら復旧を待つことにした。そしてあれから2時間ほど待っているが、復旧の目処は立っていないらしい。ここは田舎に近い駅だから、違う電車などないし……しかも雨まで降ってきた。辺りも暗くなってきたしな。


 このままここで待つか、それとも別の手段で家に帰るか考えていると、後ろから声をかけられた。


「おやおやそこにいるのは私の未来の旦那様じゃないですか?」


「高宮さん?どうしてここに……」


「そんなの電車が止まるのを知っていたからだよ。私『タイムリープ』してるから。ご存じない?」


「存じてはいる。信じてはいない」


「じゃあこれで信じたね」


 高宮さんはクスクスと笑う。その顔がまた可愛い。


「……なら電車が止まるって言っておいて欲しかったけどな?」


「言っても信じないでしょ?あと。電車はね明日まで復旧しないよ。だから違う方法で帰らないと。でもね神坂君は今、財布を学校に忘れてしまった。連絡したくてもスマホゲームをやりすぎてバッテリーが切れている。そしてここは田舎の駅。一夜を過ごそうとしてもそんな場所はあそこのラブホテルくらいしかないね。」


「え?」


 オレはカバンの中を漁る。確かに財布がない。そしてスマホを見ると電源が落ちていた。最悪だ……しかも周りの施設はコンビニくらいしかないし、高宮さんの言う通り少し遠くにラブホテルが見えるくらいだ。


 落ち着けオレ。偶然が重なっているだけだ。高宮さんの『タイムリープ』なんてものを信じるな。ただの偶然だ。いつも駅で別れる高宮さんがここにいるのも、電車が止まったのも、財布を学校に忘れたのも、スマホの電源が切れたのも……近くにラブホテルしかないことも。


「立ち話もなんだし、行こうか」


「どこへ?」


「ラブホテルだけど?」


「冗談キツいな高宮さん?」


「本気なんだけど?」


 頭が混乱する。この子は何を言っているんだ?


「……いやでも思春期真っ只中の高校生がそういう場所に行くというのはだな?」


「別にシてもいいよ。神坂君となら?どうせあとでするんだし。早いか遅いかの違いだから」


「はい!?」


「ほら行こう。もう断る理由ないよね?雨降ってて寒いし」


 オレは高宮さんに手を握られ、そのまま歩く。いつもなら恥ずかしさでいっぱいなのだが、今は心ここにあらずと言った感じで、引かれるまま高宮さんの傘に入りついていくしかなかった。


 そしてオレ達はコンビニで夕食を買って、近くのラブホに入る。部屋に入ると、高宮さんはすぐにシャワーを浴びにいく。その間、オレは何も考えることが出来ずにいた。


「……どうしよう」


 本当にヤッてしまうのか?オレが童貞を捨てる相手は高宮聖菜なのか?


「ダメだ!そんなことをしたら!」


 思わず叫んでしまう。オレみたいな冴えない男となんて、きっと何か裏があるはずだ。そりゃ……高宮さんのような美少女とヤるなら嬉しいけど……でも……


「やっぱり高宮さんはオレのことをからかっているだけなんだよな」


 冷静になり、改めて思う。やはりオレなんかに高宮さんが関わってくるのはおかしい。


「ねぇ神坂君。お風呂空いたよ」


 目の前で高宮さんの声が聞こえる。オレは慌てて返事をする。


「お、おう!」


「私が出たのに気づかないくらい何考えてたのかなぁ?」


「最近瞑想にハマっててさ。有名な修行僧とかがやってるやつ」


「それ効果ないみたいだね?煩悩が溢れてるのが見えるけどなぁ?」


 高宮さんはオレを揶揄うように笑う。そんな様子を無視してそのままオレは浴室に向かう。


「くそっ……しっかりしろ……」


 自分に言い聞かせる。高宮さんはあくまで遊び感覚でこんな事をしているに違いないのだ。そう言い聞かせながら服を脱ぎ、湯船に浸かる。


 色々あった1日だったからなのか最近寝不足だからなのか、身体も心も疲れきっていたようだ。今日1日を思い返すだけでどっと疲れが出てくる。


「……はぁ。……高宮さんは本当に何なんだろう」


 そう小さく呟いて、またオレは高宮さんの事を考えてしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る