惨劇は、誘惑する

武江成緒

惨劇は、誘惑する




 ナイフで切り分けたを、フォークに刺して口に運び、舌にのせ、みしめる。

 その瞬間に、布団をはねのけ目をさました。


 東の空からかすかに青い光が射してくるなか、暁美あけみの寝床を確認する。

 目を閉じてまどろむ彼女の姿を見て、ようやく胸をなでおろした。




 それは四日前の夜。

 暁美の誕生パーティーが、一週間後に迫った日。

 それは、彼女と出会って一年になる、記念すべき日でもある。


 彼女に対するまごころをこめた、できるかぎり幸せな日にしよう。

 そう誓った日まであと七日という夜に、そのいまわしい夢を見た。


 この僕が、暁美の身体を火で焼く、恐ろしい夢だ。




 彼女の白く、すらりとした首を絞める。

 ぐったりとなった暁美を無惨に引きいて、痛々しいような肌を外気にさらす。

 僕の手はなにか邪悪な怪物ででもあるかのようにうごめいて、口にも出せないくらい恐ろしいやり方で、彼女の身体を冒瀆ぼうとくした。

 目覚めていれば正視もできない、無残な姿になりはてた暁美。

 その体を縛りあげて、燃えさかる炉に投じていた。


 この田舎の家に引っ越すにあたり、新たな暮らしの土台にしようと、自分の手でレンガを詰み、くみ上げた自慢のだ。

 それを使って暁美にここまでおぞましい蛮行をはたらくだなんて。

 自分の身体が引き裂かれて、内臓をつかみ出されて、かまどの中で焼かれる、そのくらいに耐えられない。


 耐えられない、はずだった。


 なのに夢のなかの僕は、胸の奥に、むしろわくわくしたような、暁美の身体が火になぶられ尽くすのを心待ちにするような、そんな思いをくすぶらせている。

 暁美の肌がむざんに焦げて破れて、肉の焼ける臭いがのぼる。そのことに、隠しようもない、なにかの欲望を抱いている。


 それに気づいた恐怖のあまり、その悪夢から目をさました。




 当然だけど、そんな夢の内容を暁美に話すということは、僕にはとてもできなかった。

 彼女の前で、不自然に口ごもる僕を、暁美はいつもと変わらないくりくりと黒い愛らしい目で、不思議そうに見るだけだった。


 だがその晩、またしても、僕は暁美を絞め殺し、その身体を冒瀆ぼうとくする夢を見た。




 今度はさらにひどかった。

 ぐつぐつきかえる鉄鍋。おとぎ話に出てくるような、地獄の釜みたいな大鍋。

 そのかたわらで、暁美は、いや、暁美だったばらばらの肉片は、えるように沸きたつ鍋に投げこまれるのを待っていた。


 自分が地獄の鬼になった、そんな夢。

 そして、そこまで前の晩と同じように、僕はその地獄のなかで、わくわくするのをしずめることができなかった。


 目がさめたときは、本当に、僕は鬼に取りかれでもしたんじゃないかと、真剣にそう考えた。

 まったく何も手につかず、久しぶりにスマホを手に取り、宗教やオカルトの記事を検索して過ごした。

 僕がそんなだったせいか、その日は暁美も、いつもよりも静かな様子で、ちらちら僕を見やっていた。




 その次の晩は、またも火だった。

 最初の悪夢がまだしもマシに思えてくる夢だった。


 大きな刃物で暁美の身体をばらばらにする。

 ばらばらにしたその身体を、、火でゆっくりと

 脚も、胸も、脂というか汁というか、知りたくもないものを垂らしながら、じりじり焼けて。

 内臓の一個、また一個と、そんなところまで同じようにかれてゆく。


 最後に、赤い実のようなものを串刺しにして火にあぶりながら。

 ぼくに残ったまともな部分は ――― ああ、これが暁美の心臓なんだな ――― 。


 そう思いながら、悲鳴をあげて、目をさました。




 そしてさっきの悪夢だった。


 今度は火も、大鍋も出てこなかった。

  ――― 出てきてくれたほうが良かった。


 ばらばらにされた暁美の身体、それを焼くでも、釜ゆでにするでもなく。

 じかに口へと ――― 暁美の身体を、僕の口へと運ぶんだ。

 

 暁美の身体を、暁美の一部だったものを、唇で触れた、舌にのせた、歯で噛みしめた。

 飲みこんだかどうかまでは覚えていない。唇に、歯に、舌に、なにを感じたかということもまた、覚えていない。

 それだけは、この悪夢の四日間で、まだ感謝していいことだと思っている。




 僕はなにか、精神を病んでいるんだろうか。

 本当に、鬼かなにかに取り憑かれたのか。

 それとも僕は、もとから異常だったんだろうか。


 あと三日。

 暁美と二人で心待ちにしていたはずの誕生日は、もう黒い影をかぶって、だんだんと迫ってくる。


 これはただの悪夢に過ぎないんだろうか。

 それとも、僕のなかにある暗い欲望が、一夜、一夜と増していって ――― 誕生日のその晩に、惨劇を引きおこす。

 その予兆なんだろうか。


 こうして朝食をたべる暁美を見ていても、不安と罪悪感のほかに、あのいまわしい期待が胸にくすぶるのを、感確かにじる。

 三日後に迫っているのは、祝福になるのだろうか。

 惨劇になってしまうのか。

 それとも、暗い誘惑なのか。




 僕の視線に気づいたのか、暁美は、トウモロコシや米の粒をでつつくのをやめて。

 黒い目をこちらへ向けて、コッ、コッ、と鳴いた。




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惨劇は、誘惑する 武江成緒 @kamorun2018

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