第5話


 同じクラスの俺、キイ、シーは、足早に教室に戻った。


 丁度ちょうど帰りのホームルームが始まる寸前で、担任の先生がテストからの解放感でざわついているクラスを窘めている。


 俺達も注意される前に席に着いて、熱心に聞く必要も無い内容の担任の話が終わるのを待ちながらスマホを取り出す。


 これからの段取りなら踊り場で決めてある。例の写真の加工の有無を正しく判断する為に、英語の先生に加工検出サイトの英文を読んで貰うのは後でもいい。先生なら放課後になっても学校にいる。だが生徒は別だ。テスト明けの解放感もあって、いつもよりさっさと学校を出て行ってしまうだろう。


 だからまずは、写真に映っている奴らを引き止めて話を聞く。撮影者のモトと、シーから守谷に頼んで捕まえやすい足立は休みだから、狙いは正常に写っていた残りの四人。内二人はアホ部員なのでシーが既に呼び出しているが、特に接点の無い残り二人をどう呼び出すか。


 鬼の副部長に肝試しの件がバレて既に二名が呼び出されている手前連絡が回って、巻き添えは御免だととっとと逃げる準備をされているかもしれない。直接声をかけるならまだしも、モトを頼ってシーを誘おうとしていた腰抜け共だ。首無しになっている足立に関しては守谷という彼女持ちである。


 という訳で。


〈じゃあこの内容で守谷にバラすね〉


 俺、キイ、シーでグループを作っていたさっきのメッセージアプリ内でシーがそう言うと、三人で添削しながら作った、足立が首無しになっている部分を除いた肝試しの件について記したメッセをシーから守谷へ送信した。そのメッセの末尾には勿論、被写体の残り二人を何とか捕まえたいのでこの文章を、クラス中でも学年中でも好きにバラ撒いてくれと添えて。例の写真も一番左端で写っている足立の首が無いのを隠す為、肩辺りまでしか見えないよう写真の端をカットしたものを送ってある。守谷ならこれでも足立と分かる筈だ。恋人なら見慣れている私服姿の上に、自分が贈ったネックレスまでぶら下げてある。


 親友から、「お前の彼氏にナンパ紛いの事をされた。然も愚弄するような目的で部室にも忍び込んだらしい」なんて連絡が入れば、それはもう。


 ホームルームが終わる頃にシーからグループへ、〈守谷から連絡入った。部員じゃない残り二人は、一組の原部と八組の井ノ元っていうらしい〉と、ご丁寧にいつどこで誰が撮ったものを拾って来たのか、それぞれの顔写真まで添えらえてメッセージが飛んで来た。揃って自撮りでも上げてたんだろうか。


 女子ってマジ怖。ちなみに発案者はキイ。シーも何ら躊躇わずゴーサイン。兎に角時間が無い状況で、他に奴らを捕まえる方法なんて無いだろうと言えばそうでもあるが。まあそもそもこの肝試し野郎共が事の元凶みたいなものなので、同情しなくていいんだが。


 放課後を告げるチャイムが鳴る。ここからは俺の出番だ。


 八組へ走る。各教室から廊下へ雪崩れ込んで来る生徒を掻き分け八組の教室へ飛び込むと、まだ残っていた生徒が俺の足音につられて顔を上げた。我が校のネットワーク上ではどれ程有名人になっているのかまだ知らない井ノ元と目が合う。シーの好みには掠りもしないだろう、柄は悪そうだわチャラ付いてる雰囲気の奴だ。


「お前ちょっと来い」


 大股で近付くと肩を掴んで立ち上がらせた。ぎょっとした井ノ元は抵抗し損ね引きられる。


「はっ? 誰だよお前」


 用意しておいた文句を放った。


「お前一週間前、うちの軽音部に忍び込んだらしいな。一組の原部って奴と」


 案の定井ノ元の威勢が落ちる。


「なっ、何でそれ……。い、いや! 部室開けたのは普通に軽音部だよ! 俺が鍵盗んだ訳じゃねえ!」


「それも知ってるよ。我らが鬼の副部長が話を聞きたくてお待ちだ」


「何で俺だけ! 他に入った奴もいるって!」


 無視して廊下に出た。渡り廊下を使って向かいの棟へ移動すると、突き当りにある空き教室の前で溜まっている、キイとシー、……あのやや茶色がかったセミロングは守谷か。三人の背中が見えて合流する。三人の向こうには、守谷とシーというこの場において最強のコンビと化した二人の前で俯いて縮こまるアホ部員久我くがと村山、そして守谷により炙り出された原部がいた。


 キイが気付いて振り返る。


「あ! ユウくん!」


 何だか声が硬い。そうか、別に軽音部ではないし、足立が首無しになっているのは伏せて軽音部絡みの問題として集まっている手前、どういう顔をすればいいのか分からなくて居心地が悪いのか。やや可哀相に思う。モトがどういう目的であの写真を送ったのか一番知りたいのは、写真の受取人であるキイなんだが。


 続いて守谷とシーも振り返る。シーは元々表情が乏しいから見慣れてるが守谷の無表情怖。元気溌剌はつらつって性格でも無いがそう刺々しい奴でも無いので、その顔の奥に隠している怒りが際立つ。俺、キイ、シーは二組だから距離の関係上八組の井ノ元は俺が担当したが、こんな無表情コンビに突然声をかけられて捕まった原部はかなりの恐怖を覚えただろう。何せ話した覚えの無い情報を当事者の如く語って詳細を吐けと連れ出されたのだ。キイがビビってるのも実はこの状況にじゃなくて、この二人にという線も多分にある。


「こんにちは」


 シーはいつもの無表情で切り出すと、井ノ元を原部の隣へ立つよう目で促した。



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