第12話 立派な報告

 そこから真広は非常に忙しくなり、スケッチブックの更新も減った。でも部屋へ帰ってきた時には、私を使っての自慰を欠かさない。たくさん私の名を呼ぶし、その際「大好きです」も聞かせてくれる。嬉しいけれど、疲れて連呼している場合は告白カウントに加えなかった。でないと数えるのが忙し過ぎて無理だ。


 そんなある日、真広が診療科目を決めたと報告してくる。精神科を選んだのは、とても意外だったのだが、とつとつと語る理由で納得した。

「救急で来る患者さん、自殺とか自殺未遂がけっこう多いんです。精神科で治療して自殺を未然に防ぐ事は、それだけで人命救助になりますし、救急に関わるスタッフも疲弊せず他の患者の対応に当たれます。更には未遂で済んだ患者さんの治療も出来る訳です。それと、ローテーションで数ヶ月精神科に居た時、悪霊に憑かれてしまい『全身の怠さが原因不明で治らない、精神的なものでは』なんて訴える患者さんを十数人ほど除霊しました。ここから考えたんですけど、悪霊や呪いのせいで具合が悪くなっているのに、最初は内科や整形外科なんかに行き、検査やマッサージで結果が出なくて――でも本当に具合が悪いと、悪徳霊感屋みたいな店へ行く人、精神科のドアを叩く人、諦めてしまう人に分かれるんじゃないでしょうか? 諦めてしまう人は悪霊化して超能力者に祓われますから、僕は精神科へ来る人を除霊したい。将来的には、内科、整形外科、心療内科、精神科とかいう変わった診療科目のクリニックにするのが良さそうです。そうすれば、憑かれた初期段階から医療で治そうとする患者さんの多くをカバー出来ますよね? その結果、愛華さんみたいな人を減らせるかも……」

 私は真広の人当たりの良さや女受けする事実から「小児科なんかが似合いそうだ」と勝手に考えていた。でも真広が精神科を選んだ理由は立派だし、超能力も有効活用できる。憑いていない患者は医学的に治せるので、文句の付けようが無いんじゃなかろうか。

(真広は立派になりそうだな……あとはまぁ、落ち着いたらお嫁さんでも貰って――)

 私がそう思っていると、真広はぎゅーっと抱きついてきた。

「愛華さんは、この決断をどう思いますか? この他にも僕は、愛華さんみたいな『奇病』と呼ばれる症例を、他の超能力者に同行して貰って診に行こうと思ってます。はぁ……愛華さんが喜んでくれるといいなぁ。愛してます、今でも……中学生の頃からずっと……なので見守ってくださいね」

 こんな風に言われると「山へ連れてけ」や「お嫁さんを貰え」などの気持ちが引っ込んだ。六十八回目の告白は、私の心を溶かしてしまう。幸せ過ぎて悪霊になる暇が無いのは嬉しいけれど、私は情けなくて未練がましい女だ。




 真広の忙しい日々はそれからも続いたが、私の方もすっかり慣れてしまった。決して孤独が普通になったという意味では無い。テレビの再生は思いやりの二十四時間状態、少ないながらもスケッチブックでの近況報告や、私を使った自慰などは続いているので、現在の真広のペースに私の心が合ったという感じだ。

 それに、時たま毛利や吉岡、大久保が墓参り気分で顔を出し、「彼女と付き合い始めた」だの「こんど結婚式をするんです」とかいう報告を聞かせてくれるのも、私の生活に花を添えてくれていた。暇つぶしという訳では無いが、これだけで一週間くらい感動したまま過ごせる。


 その結婚式の披露宴へ、真広が出席するついでに私まで連れて行かれたのには驚いた。基本、真広の不可視結界付きで浮かされていた私は、お嫁さんのアップを見る事もできる。毛利は気が強そうな女性、吉岡は姉さん女房を選んでおり、どちらも尻に敷かれている確率九十八パーセントだ。でもまぁ似合いの夫婦になるんじゃないかという感じがする。

 真広は二人と付き合いが長いし立派な職業でもあるから、それぞれの披露宴でスピーチをしていた。なかなか慣れた感じで上手い。

 ちなみに大久保はいつも真広の隣に座っていた。席次は毛利の時も吉岡の時も同じ。そして、フルコースの洋食に慣れないのも同じ。最初こそ真広に食べ方を教わっていたが、面倒になって箸を要求。メインの肉は一口で食い「少ねぇよな~」と文句を言っている。

 こんな風に行儀の悪い大久保はさておき。

 私が一番参ったのは、新郎の謝辞で二人とも私の件に触れる事だった。「僕には大切な人が居て」とか「こんな私を立派な社会人にしてくれた礼田さん」などなど。そんなお涙頂戴に私が引っ掛かる訳が――あるでしょ。生身だったら箱ティッシュが三つ必要なくらい泣いていたと思う。

 披露宴が終わった後は、残された独身者で食べ直しと飲み直しをするのが定番だった。主に大久保が「食い足りなかったからよー」と誘う。実はそれぞれがちょっと寂しい気分を抱えているので丁度良い。

 そこから数年後には、毛利と吉岡の両名が子供を見せに来てくれて、やはり私は箱ティッシュ三つの気分を味わった。子供は二人とも女の子で、どことなく父親に似ている。


 さぁ、こうなって来ると心配なのは真広の婚期というやつだ。医者なのでそこそこ年齢が行っても若い相手と結婚可能だろうが、相も変わらず女っ気ゼロ。石像の私に愛を囁き過ごしている。私としては、嬉しい気持ちと「真広の人生を石像の私で潰してはならない」という気持ちが半々だ。


 真広はどんどん年齢を重ねて行き、あっという間に三十代前半くらいになっていた。でも私と過ごす誕生日で「僕もとうとう四十歳かぁ」と言われて驚く。とてもそうは見えない。真広はそれを悪い方向に解釈しているようで、少しだけ愚痴が出てきた。

「はぁ……顔もそれなりに老けないと、患者さんから『こんな若造で大丈夫か』なんて言われたりするんですよ。精神科なので、失礼発言を気にしてたら診察にならないですけど、見た目の年齢で治療に対する不安を与えるのは本意じゃないです。それと、今日も三人ほど除霊しました。急に治って逆に落ち着かない様子だったので、軽い安定剤を少しだけ。本当はプラセボでいいんだけど処方出来ないんだよなぁ……あ、プラセボってのは偽薬です」

 それから真広が私にキスして、ローションを取り出す。いつもの流れと言えば流れなのだが、誕生日をコレで過ごすのはどうなのか。ちょっと心配、でも嬉しいのが半々なのは変わらない。

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