第11話 付喪神

 さて、こんな風に感じている私は、推測通り石像に居残っていた。試しに目覚めてわぁわぁ泣く真広へ声を掛けたが、聞こえていないようだ。更には、やはり視えてもいないようで、全く認識して貰えなかった。それは真広から一報を受けて駆けつけた大久保も同じ。霊感も無い癖に「もう成仏したんだろうな」とか勝手な事を抜かしている。大久保が去った後、真広が何度も私の名を呼んだので返事したけれど、やはり一方通行。真広は「話せない……」と呟き、がっくり項垂れていた。


 そこから紐解けば、やはり私の魂は付喪神として石像に固定されていたようだ。残っている機能は聴覚と視覚。有効範囲も今まで通り。例えば、真広がぼそりと呟いた独り言は聞こえないし、見たければ目標に顔を向ける必要があった。だから真広がベッドの上の私を横に向け、テレビなんかを点けてくれるのは嬉しい。ついでに言えば、その際、お礼を言った気分になる事も出来た。こちらとしては完全に発声している状態で、自分の耳にも響いてくる。ただ、私以外には聞こえていない。その他の特色としては、人間レベルの睡眠を必要としている事だろうか。居眠りの起き掛けに医者の姿があったり、両親や『街の便利屋さん』の面々が見えたりしたのは死亡認定とか最期の挨拶だったのかもしれない。そういう大事な内容が聞けなかったのには悔いが残る。だがまぁ「起こしてよ」とも言えず我慢するのみだ。

(えーと……医者や両親と『街の便利屋さん』のヤツらが来たって事は、葬式っぽい内容も終わったんだよね? だったらもう用が済んだし、真広は『話せない、視えない』と判っているから、私の言う事を聞いて山奥に連れて行って欲しいけど……でもまぁ、付喪神の場合はこのままって言い張ってたしなぁ……)

 真広は有言実行というか、私を処分しなかった。抜け殻の可能性もある私にたくさん話し掛けてきて、もうすぐ入試だとか、今日の料理はちょっと失敗したとか、色々な情報を流してくる。時には私の身体を浮かせ、散歩に連れて行く事もあった。不可視結界という超能力は便利だ。その他、新しい部屋着を買って来て着せたりするし、ケーキが供えられたりもするので、ちょっとしたお地蔵さん気分になってきた。こんな有難い感じなら、悪霊にならずに済むだろうか。


 こういった生活を送っていたところ、ある日真広が「大学に合格しました」と証書付きで報告してくれた。これは私も嬉しくて、まぁ真広も色々と昂ぶったようで、全身石化後では初の性行為――自慰が始まる。何発出すんだよという感じもしたが、真広が石像の私で気持ちよくなってくれるのは割と嬉しい。




 しばらく経つと、真広は一人で出掛ける事が多くなった。どうしたのかなと思っていたら、突然の引越し。大学の近くへ住むようだ。つまり今は、三月中旬から後半くらいなのだろう。

 引越しは私を処分する良い機会なのに、真広の気持ちはまだまだ残っていた。新居のワンルームに置かれたセミダブルの一角が、再び私の居場所となる。安心したような、嬉しいような、お荷物感が増したような――まぁとにかく複雑な気分だ。これから真広が忙しくなり、私もずっと起きていられる訳では無いから、せっかく家に帰って来てもすれ違いになるなぁと思えば余計に。


 そんな折、真広がスケッチブックと卓上型のイーゼルを買ってくる。

「学業自体は思ったよりラクなんですけど……僕の医学部合格を聞きつけた親戚連中、しかも複数が家庭教師みたいな事を頼んで来まして。断ろうと思ったんですが、両親に頭を下げられては引き受けざるを得ないです。帰りが遅くなるし、朝はゆっくり喋れないのでコレを使いましょう。退屈しないようテレビは二十四時間付けっ放し、お供えも一緒に置きますね」

 翌日から真広のスケッチブックには「四回もしちゃってすみません」「先輩に納得行かないです」「教授に認めてもらえました」「自炊は久々です」など、ちょっとした日常が綴られた。スケッチブックを選んだだけあり、かなり頻繁に絵が添えられている。この絵に関しては、何でもソツなくこなす真広の割に素朴な感じで、微笑ましく眺めていたのだが――ある日いきなり私への想いが長文で書いてあった為、以降は油断できなくなった。

 今も真広が本当に私を大事にしていると思えば、動いていない心臓がどきどきする。真広がどんどん大人の男になっていくので余計に。背中も広くなったから、たまに着ているグレーのスーツもエラく似合っていた。真広は顔とスタイルが良いし爽やかだから、どこから見ても惚れ惚れする。

(……うーん。真広はめちゃくちゃモテてるだろうなぁ。顔はイケメンのまま、背なんか百八十センチメートル以上ありそうだし、将来は医者だよ、医者! しかも超能力者! 石像自慰は止めて、私を山に連れて行って! スケッチブックに長文書いてる場合じゃない!)

 しかし真広は相変わらずの日々を送り、女っ気などゼロ。数年後には『医師免許証』と書かれた表彰状みたいな物を見せてくる。

「これで僕も一応は医者ですよ。これから研修医になって、ぐるっとあちこちの科を回ります。そこで何の専門医になるか決め、また二、三年は勉強です。っていうか、この業界は一生勉強に次ぐ勉強ですね」

 私は真広の話を聞きながら「おめでとう」と何度も言ったし、「どの科でも真広ならやって行けるよ」とも元気づけた。まぁ絶対に聞こえていない訳だが。

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