第2話 お久しぶりです

 そこからしばらく、私はボーッとした日々を送っていた。仕事なんかはキチンとこなすが、何というか私生活に味が無い。原因は花川くんだと判っていたので、「こりゃあ時間薬が必要だ」と思い耐える。


 そのまま一ヶ月くらい経過。気分的には落ち着いてきたのだが、今度は身体の不調が襲ってくる。関節という関節の動きが悪いし、身体も重くて仕事にならない。だったらと思い向かった近所の病院の検査では異常なし。二、三種類の内服薬と湿布を貰い、一応は飲んだり貼ったりしてみるが、全く効いている気がしない。遂には寝込んでしまう始末で、『街の便利屋さん』は吉岡に任せた。


 この頃になると毛利が看病に顔を出してくれて、食事も毛利の親御さんから差し入れが来るようになってしまう。

(これは申し訳なさすぎる。実家に戻ろうかなぁ……)

 私はそんな事を考えたのだが、明日にも体調が治るかもしれないと思えば中々踏ん切りが付かない。


 そんな折、私の足の指先に異変が起こった。石のように硬くなって、色味は白と薄茶を基調としたマーブル模様になっている。その部分は感覚も無い。じわじわと範囲が増えてくるので近所の医院へ行った。そこから何故か救急車を呼ばれ、私は車椅子に乗りビニールで囲われるという人生初の経験をする。まわりのスタッフの装備も物々しくて、ヤバい伝染病にでも罹っているのかと不安になった。私だけじゃなく、職場の人間を始め色んな奴に感染させた可能性があるからだ。

 救急車が向かった大きな病院では、思ったよりも良い待遇が待っていた。綺麗な個室だし、トイレも付いているから「差額ベッド代が大変そうだなぁ」と考えてしまう。そこでもスタッフは相変わらず物々しい。絶対に私を危険物として扱っている。

 そんな中で医者と思われる男性から説明されたのは「筋肉が骨になる難病かもしれないが、それとはかなり経過が違うので、伝染病等を考慮した措置。まずは検査をします」という内容。私は血を抜かれたり、皮膚片を取られたり、石の部分を削られたりして検査結果を待つ。その間には、最近の生活を事細かく聞かれ、特に接触した人間や動物などについての追求が厳しかった。私の商売については、迷子のネコチャン探しから墓参りの代行、もしかしたら違法の運び屋などなど説明するのも大変だ。普段なら尋ねられても「はいはい」で流すけれど、こういった状態になれば正直に言う。


 説明疲れでグッタリしていたら、手紙の差し入れがあった。それは毛利からで、自分含め吉岡も大久保も自宅待機になっている事を聞く。『街の便利屋さん』は閉められてしまい、私が危険な伝染病なら消毒などの憂き目に遭うだろう。医者に許されず、返事を書く事は出来なかった。まぁ何かの菌が付くかもだから当然か。ただ、看護師には思ったより無事でいる旨を伝えて欲しいと頼んだ。


 そのせいか、手紙はその後もちょくちょく来た。ああでもない、こうでもないと身の回りの話をしてくれて、テレビを見るより、そちらの方が楽しい。けれど、毛利や吉岡、大久保の自宅待機の話題を聞くと辛くなる。ご家族にも大変申し訳ない。


 そんな生活がしばらく続き、検査の結果が出て判ったのは――まず、私が医者の言っていた難病では無いということ。次に、硬くなった私の足指は結晶質石灰岩の塊で、世の中では大理石と呼ばれている物であるということ。未知の細菌やウィルスは検出されず、遺伝子等も全くの正常で、医学的には健康体であること。こんな症例は他に無いそうで、医者は今後も私の一部を分離したり培養したり諸々、研究を続けるらしい。


 とりあえず人様に感染させるような代物で無い、というのはかなりの吉報だった。ついでに言えば、その日のうちに病室が移動され、今度も個室だけれど周りのスタッフは普通の制服になる。送られてくる手紙によれば、従業員の自宅待機が解かれ、『街の便利屋さん』の営業も再開されたと聞いた。三人とも私に会いたがっているようだが、それはちょっと遠慮させて貰う。こちとら田舎から出てきた母さんにも会っていないのだ。医者からシロと聞いても暫くは怖い。


 そのような状態の中でも、私の足はジワジワと硬くなる範囲を増して行った。医者は迷った挙句、石になった部分を切除してみたいと言い出す。骨になってしまう難病の場合は決して切除しないらしいのだが、私の場合は石である。どういう病気なのかは判らないので、その部分を切除してしまえば石化の進行が止まる可能性があった。これに関しては私も賛成する。石になった部分が今後普通の肌に戻るとは思えないし、石とそうでない部分の隙間が炎症を起こして痛むから歩けもしない。指先だけ失い、この痛みが取れ、石化が収まるのなら最高だ。カカトで一応はひょこひょこ歩けるような気もするし、何よりこのまま石化が進むのは恐ろしい。


 私は気弱になったのか、手術前に母さんや毛利、吉岡と面会した。やる事は今回の件で迷惑を掛けた謝罪と、手術を受ける報告。不思議なもので、皆が心配するほど私の方は冷静になれた。


 そんな気分で、ばっさりと手術を行う。糖尿の人なんかが指先を壊死させたりしているから、奇病とはいえ手術自体に目新しい物は無い。もちろん私は術後の様子を見るため入院生活を送っていた訳だが、傷が上がるよりも先に患部の石化が始まったので絶望を覚えた。

(あーあ……このまま全身が石になっちゃうのかな……)

 こうなったら手術は無駄という話になり、ヤケになって不貞寝ばかりの私。そこに柔和な女性スタッフが現れ、今後の生活をどうするか自分で選択するよう勧められた。もう先が長くない患者に充実した人生を送らせる為に、という医者からの配慮だ。


 病院としてはこの世で初めての症例と思われるから、このまま残っていて欲しそうだった。それは国籍を越えて様々な医者が診に来たり、時には医学生に囲まれる事もあったので判る。その他、偉そうな医者はサンプルとして遠慮なく私の血液を抜いていくし、皮膚片や大理石部分を持って行かれる事も多かった。その辺を私は静かに協力しているから、研究対象として医療費その他が免除だ。つまり、入院費などの金は心配無い。ちなみに通院に切り替えても、もっと症状が酷くなって再入院しても扱いは変わらないと聞いて安心した。


 それ等を加味して考えれば――入院を続けるか、頑張って自活するか、実家に戻るか――私はこの三択から選ぶしか無かった。まず入院は何と言ってもラクだ。しかし自由はほとんど無い。自活の場合、接合部に痛みを抱えカカトしか使えない私は良くて松葉杖、悪けりゃタクシーでの出退勤になり、めちゃくちゃ時間もしくは金が掛かる。その上、住まいのアパートは外階段タイプ、しかも二階の奥部屋だし、『街の便利屋さん』が入る雑居ビルにはエレベーターが無いので「鬼かよ」という感じだ。その他、日常生活にも苦労するのが目に見えていて、たぶん買い出し一つで大騒ぎになるだろう。特にトイレットペーパーなんかの大物はどうやって持ち帰ればいいのか判らない。宅配業者を利用するしかなさそうだ。買い出しはそれで済ませるとしても、バランスが取れないので立ったまま両手を使う作業は基本的に厳しい。特に天井にくっ付いた風呂やトイレの電球が切れれば、誰かに助けて貰うしかなかった。その一方で、実家に帰れば衣食住の心配は無いし時間も自由に使えるけれど、退屈な日々しか過ごせない。私はなるべく桜井市に残りたく、うだうだと考えてしまう。

(いっそ母さんに桜井市へ来て貰おうか? いやいや、まだ現役の父さんの世話があるし、私もいつまで生きてるか判らないし、意外と長引いたら……無理だよなぁ……)


 こんな感じで酷く迷っている私に、いきなり新しい選択肢が現れた。私は入院先のベッドの上で目を丸くしたのち何度か瞬き、ごしごし擦ったりもしたから間違いない。

「礼田さん、お久しぶりです……! 僕と一緒に暮らしましょう……!」

 私の眼前に居たのはトランクをぶら下げている花川くんだった。

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