混ざる七十九回目

けろけろ

第1話 三十九回

 三十九回。

 これは私が、爽やか美少年の花川くんから愛の告白をされた回数である。まぁしっかりと恋愛的な意味での「好きです」が三十九回なだけで、もっと柔らかい雰囲気の物を勘定に入れれば軽く三桁は超えるんじゃなかろうか。

 私は「たかが中学二年生の戯言」と最初は相手にしていなかったのだが、あまりにも頻繁だし、共通の知人、友人――主に私が起業した『街の便利屋さん』の従業員たちの前でもお構いなしという状態になり頭を痛めていた。


 ちなみに私は花川くんから告白されるたび、誤解の余地が無いよう断っているつもりだ。最初の頃だけ煙に巻いたり、聞こえなかった振りをしたりで済ませていたが、五回目辺りで「ヤバいな」と感じ、六回目からは「無理」「ごめんね」「その気持ちには応えられない」「もういい加減にして」等々、我ながらとても判りやすい言葉だなぁと思っていた。


 だが花川くんは諦めない。なぜその熱意が私に向くのか興味を持ったりもしたが、聞いてしまえば「仕方ないな」と絆されて終わりな気もする。

 熱意に関しては『街の便利屋さん』の面々も強く感じているようで、同年代の大久保は「礼田、お前二十六だろ、年の差考えろよ……と言いたいが、ありゃあ本気だな。腹決めた方がいいんじゃねぇの?」とか言ってくる。新米の毛利も「店長、花川くんはいい奴ですよ。優しいし、背も高いし、カッコいいし。店長も美人だからお似合いです!」と伝えてきた。中年の吉岡は「あれだけ人を好きになれたらいいだろうね。俺なんか初恋もまだだよ……まぁ礼田さんは、いかにも大人の女性って感じだから、憧れたのかなぁ」などなど。どちらかと言えば花川くん寄りの姿勢を示していた。

 だから私は、この礼田愛華は酷い目に遭ったのだ。ちょっとした飲み会で。




 私が花川くんから四十回目の告白を受けたのは、花川くんの部屋、しかもベッドの上である。布団に包まった私は全裸、私を見つめている花川くんも全裸。周囲には丸まったティッシュや口元を縛ったゴムが散乱し、シーツや私の身体の所々もカピカピしていた。

(やば!! 確実に事後だコレ!!)

 何を言ったらいいか判らない私に、えへっと照れ笑いした花川くんが、すかさず四十一回目と四十二回目をぶち込んでくる。

「……花川くん」

「はい?」

「私、なんも覚えてないんだけど……順序立てて話してくんない……?」

「解りました」

 未だ私の隣で寝転がっている花川くんによれば。

 昨夜の私は従業員を連れてラーメン屋に行き、そのあと吉岡に社会人の何たるかを教えるためチェーン店の居酒屋へ。ハイボールと焼き鳥、枝豆を注文。ここまでは私も覚えている。問題はその後。私はハイボールを五杯ほど飲んだ時点で潰れたらしい。しばらく待てば復活するだろう、と吉岡は淡々と飲み続けて一時間半経過。かなり酔っ払った吉岡だが意識は正常、私の方は目を覚ます事なく、すっかり眠り続けていた。

 吉岡が考えた私の処遇は、実家暮らしの自分の家に連れて行くか、『街の便利屋さん』のソファに転がすか、私の自宅まで送り届けるかの三択。しかし吉岡の実家には客用の布団が無いので厳しい。ソファは狭く、寝返りを打って落ちたら危険だし却下。残ったのは私の自宅へ送り届ける案。

 吉岡は私の自宅を知らないので大久保へ連絡。大久保は長い付き合いだから私の自宅アパートを知っているが、夜更け、しかも弟から真面目な相談を受けている最中なので、外出できない――と、吉岡へ詳細な道案内をした。吉岡は情報を得た物の、私を抱き上げようとして転んだ。酔っているのに無理をするからだ。吉岡がおでこから出血し、ぎゃあぎゃあ騒ぐ店内。上がる女性の悲鳴に大パニックを起こした吉岡へ、救世主のような一本の電話が――。

「なんで花川くんが吉岡の携帯に電話して来るんだよ!!」

「大久保さんが、吉岡さんも酔ってるみたいだから心配だって、僕に連絡をくれたんです。で、吉岡さんが僕に礼田さんを託す時、色々と言い訳してました。それを繋げると先ほどみたいな流れになります」

「くそ……まんまと私は持ち帰られた訳か。この強姦野郎、二度とツラ見せるな!」

「持ち帰ったのは自分の部屋の方が世話をしやすいからで、強姦に関しては……困ったな……和姦なんですけど」

 花川くんが枕元からスマホを取り出す。「礼田さんが僕の部屋に居るのが嬉しかったから、ついつい撮ってしまいまして……」という言葉と共にすぐ動画が再生され、酔っ払っている私が映し出された。動画の中の私は、ベッドに座ってきょろきょろしている。

『独り暮らしって聞いてたけろ、いい部屋住んでんじゃねーの』

『はいはい、苦しそうだからスーツの上着のボタンだけ外しましょうね。お水要ります?』

『うーん……それよか抱いて』

『抱く? 何をですか?』

『私を抱いてって事! ……我慢できない』

『……ああー、どうやら空耳でも勘違いでも無いですね……では礼田さん、スマホに向かって、僕とどうなりたいか言ってください』

『花川くんに抱いてもらっれ、気持ち良くなりたいら』

『……礼田さん、僕は貴方のことが好きです。礼田さんはどうですか?』

『んー、好きらよ。だから早く……』

 ここで動画は途切れていた。ハメ撮りされていなくて良かったと喜ぶべきか、私の馬鹿と叫ぶべきか、酔っ払いの相手を真面目にしないでよと怒るべきか。

 でもまぁ、花川くんは恐ろしき執念で私に告白を続けていた訳で、その相手からこんな風に言われたら歯止めが聞かなくなるのは理解できた。しかし、伝える事は伝えねば。

「あー……コレは酔っ払いが起こした事故で、一夜の過ち! つまり、私と花川くんの間には何も無かった!」

「じゃあ昨夜は僕の一方通行、結局想いは通じず……か。けど、すごく嬉しかったし、いい記念になりました。ありがとうございます」

「……記念?」

「はい、言ってなかったんですけど、僕は父の転勤へ付いて行く事になってます。行き先はアメリカ、ミネソタ州のミネアポリスっていう街に」

 花川くんから詳しく聞いたところ――花川くんは人とは違う能力、いわゆる超能力を持っているという荒唐無稽な話をしてくれた。そのお陰で中学生の時ヤンチャしたため家族とぎくしゃくし、どうしたものかと悩んだ挙句の一時的な別居。つまり、一旦距離を置くという意味だ。花川くんと親御さんが落ち着いたら、ゆくゆくは元通りに――という作戦を家族ぐるみで敢行していたらしい。離れてみれば半年ほどで双方落ち着いたが、一度離れると何となく戻りづらくなり現在に至るとか。そこへ降って湧いたのが、お父さんの転勤話だ。

「父母の間では、家族をやり直す良い機会という感じになってます」

「そうか、いい話だね……超能力ってのには驚いたけど」

「見てみます?」

 言うと同時にふわっと浮く花川くん。私は何度も瞬きしてしまった。

「あはは、驚きますよね……恐いですか?」

「いや全然! ちょっとだけビックリ!」

 花川くんは、そんな私の事も浮かせてくれる。

「うわ! すごいね花川くんは!」

「この超能力は便利でして、物を浮かせたり、呪いや悪霊なんかを祓ったり、見えない結界を張ったり――まぁ、普通に相手を攻撃する事もできます」

「へぇ~……便利そうだね!」

 私が部屋を一周した辺りで、花川くんはそーっと着地させた。私にとっては一大事だったけれど、花川くんにとっては日常の事。だから何事も無かったように話が再開される。

「ミネアポリスに行く件ですが、僕としては、礼田さんが振り向いてくれたら日本に残ろうと思ってたんです。でもタイムリミットが来ました。明後日の午前中にはこの部屋を出なければ」

「ちょ、ちょっと、ずいぶん急な話じゃない……先に言ってよ」

「礼田さんに知られると、僕を選ぶ判断材料の邪魔になる恐れがありました。それに、ギリギリまで粘りたかったんです」

「……まぁ家庭の事情を聞けば、私としては親御さんの傍に行けと言うだろうね」

「だから内緒にしてたんですが、結局は残念な結果になっちゃいました。恋に破れた僕は去るのみです」

 そう言いながら、花川くんが私の衣類一式を手渡してくる。自分も部屋着を身に纏い、情事を彷彿させるティッシュなどの処分を始めた。私はベッドから降りて帰り支度をするだけだ。

「じゃあね、花川くん」

「うーん……本当は疲れているだろう礼田さんを、自宅まで送りたいんですけどね。彼氏ヅラっぽいし止めておきます」

「あれは事故! ……ところで、ウチの従業員なんかも交えて送別会をやりたいと思うんだけど、時間はある?」

「すみません、ちょっと忙しいです。何もかもがギリギリで……だから、これが本当に最後かな……好きです、礼田さん」

 私が把握している限りで四十三回目の告白は、なんと私に背を向けた状態で行われた。花川くんの声と肩は震えており、泣いているのが丸判りだ。その一方で、私は貰い泣きしそうになっていた。花川くんはいい子だし、断っても断っても笑顔で爽やかな好意を寄せてくれていて、過ちとはいえ身体の関係まで持っている。そんな存在が居なくなるのは、非常に自分勝手だとは思うがとてつもなく寂しい。でも、花川くんを受け入れるつもりがない私に「残ってよ」なんて言う資格は無かった。だから、いつものように答える。

「付き合うのは無理。じゃあミネアポリスに行っても元気で、ご両親と仲良くね!」

 私もその時は花川くんに背中を向けていたので、私が見た最後の彼は震える後ろ姿だった。

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