決意

クレマンスが、目覚めて一週間が経った。


クレマンスは、その一週間の間に、目覚ましい魔法使いとしての、成長を遂げていた。それは、何年も眠りながら、新しく魔法を作り出したり、「魔法使い博士」として、子供にどう、何を、教え、そのために自分にどんな力と知識が必要なのか、というイメージを頭の中で描き続けていたのだ。



「クレマンス、まずは何から手を付けるつもりなのだ?」


リュカが問う。


「はい。リュカ様、まずは、リュカ様に、わたくしが「ペルフェット・ドクトラ」の力を超えているかどうかを、直接、相対して試していただきたと……」


「私と闘う……という事か?」


「あくまでも、魔法のやり取りでございます。わたくしは、七つの魔法から、既に、『ギアッチョ』の中では四つ。『アクア』では三つ。『レイニヤ』では四つ。『スオーロ』でも四つ。『フオコ』でも四つ、『メーセ』では二つ。『ステラ』では、四つ。全部で二十五の魔法を操ることが出来ます」


「な! なんと! そんな事が可能なのか!?」


「はい。何年間も、何年間も、マティスや、マティルドゥ様や、リュカ様、そして、わたくしをこの国の王女として歓迎してくださった、国の民の皆様に、どうしても、何があっても、恩返ししなければなりません。そのため、本当に、心は病んでおりましたが、それ以上に、早く王国を支える礎を築くため、頭の中で、イメージし続けたのでございます」


「……よかろう。相手、いたそう」


いささか神妙になりながら、リュカは答えた。


「行きます!! リュカ様!!」


「よし!」


「『炎包囲フイアンマ・アムッセディオ』!!」


「ぐ!! こ、これは!?」


あっという間に、円を描くように、炎がリュカを囲んだ。もの凄い熱さ。包囲されているため、リュカは、その火を消そうと、


「『アクア』!!」


と、唱えた。


しかし、水の魔法であるはずが、一向に、炎は消える気配を見せない。


「リュカ様! この魔法は、雨を降らせるしか、抑える事は出来ません!」


「な!? 天候を操れとでも言うのか!?」


「そうです!」


「……そんな、無茶な事が出来るはずが……」


そう、どんな魔法使いであっても、天候を操る魔法は、この長い歴史を持つ、魔法の国、「ロワイヨーム・ソルシエール」をもってしても、不可能とされてきたのだ。


「今から、わたくしが、雨を降らせます!」


「そ……そんな事が……!?」


リュカは、燃え滾る炎の真ん中で、信じられない光景を目の当たりにする。


「『ピオーヴェレ』!!」


その呪文で、いきなり、空が色を変えた。鮮やかに青を描いていた空が、どんどん黒くなり、あっという間に雨が降り出したのだ。


そうして、クレマンスが唱えた呪文、「フイアンマ・アムッセディオ」で、リュカを取り囲んでいた炎が、静かに消えていった。


「……な、なんと……。ここまでとは、私も思ってみもみなかった。貴女は本当に、『魔法使い博士』になれるだろう……。天候を操れることも勿論驚いたが、『フイアンマ』の属性を使って、新しい魔法を作り出していたとは……」


リュカは、驚きと、悦びに、心が躍るようだった。


「後は、子供たちに、七つの魔法を教え、『コーレ・プーロ』と、『パッフェ・エレディタ』を、どう、簡単に、どう、自主的に、覚えさせるか……、です」


「何か、案はあるのか?」


リュカは、問う。


「……可能性は、半々ですが、子供たちが自分自身で身につけるのは、さすがに難しいかと思い、それで、考えたのが、わたくしが、三歳になった子供達全員と、接し、抱き締めたり、手を握ったり、笑い合ったりすることで、わたくしから、少しずつ、子供たちにわたくしの魔力を送り込む……と言うのはどうでしょう?わたくしの心の清さは、マティルドゥ様にも認めていただけました。この清き心を、子供頃から送り込むことが出来れば、憎しみも、恨みも、妬みも、そして、ゆくゆくは、犯罪すらも防げるのではないか、とわたくしは思っています」


「……これは……また驚く事を申すな……クレマンス」


「ですが、わたくしの心と魔力を伝達できるとしたら、それも、可能になるのではないでしょうか?」


「心と魔力を? 伝達すると言っても、そのような接触魔法はないはずだが……」


「……いえ、わたくしは、その伝達魔法を必ずや、完成させて見せます!!」


「ふむ。本当に何年も眠っていたとは思えぬほど、クレマンス、貴女は眠りの中で頑張ったのだな……。本当に、立派になった。クレマンス……」


「いえ、わたくしなど……、どんなに、マティスやマティルドゥ様にお優しくしていただいても、結局は、子孫を残せぬ王女。このくらいしか出来ないのです」


そう言うと、あんなに明るかったクレマンスの表情が暗く、悲し気になって行く。そこに、遠くから、誰かがやって来た。


マティスだ。


「クレマンス、そこまで自分を責めてはならない。クレマンスは何一つ、悪くはないのだからな。すべては、あの『リジンドドゥマル』の残党のせい。例え、俺がクレマンス以外の女を嫁がせたとしても、ここまで強く、気高いでいられる女はそうはいない。恐らく、クレマンス以外の女ならば、絶望し、もしかしたら、命を絶ったかも知れない。それを考えれば、クレマンス、お前は笑顔を取り戻し、この国の繁栄まで考え、それを実行しようとしてくれている。もう、俺は、充分に感謝しているんだ」


「ありがとう……マティス。そう言っていただけると、頑張り甲斐があります! 必ずや、アントワーヌ様が命がけで守った国を、二度と、不幸にしないよう、わたくしに出来る事があるならば、わたくしの何を犠牲にしても、この国に、わたくしのすべてを委ねるつもりです!」


力強い、クレマンスの瞳と、言葉に、マティスは、本当に凄い魔法使いがいるのだ……、とクレマンスを、妻としてではなく、一人の魔法使いとして、尊敬した。

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