9月10日 −9−

「まず一つ聞きたいんだけど、どうして気付いたの?」


 延田は不思議そうにそう訊ねてきた。


「朝のこと、覚えてるか?」

「朝? ああ、私がクラス旗を持ってうろついていた時……」

「そう。実は僕、延田の様子をあそこから見てたんだ」


 僕が指さす先には、屋上に翻る校旗と国旗があった。


「生徒達の後ろからじゃ、開会式で指揮台の上にいる人の顔を正面から撮影するのは難しいからね。それにこれだけの人数だと、全体を撮るには屋上に上るしかない」

「ええ、じゃあ?」

「ああ、延田は髪色が目立つし、なんだか変な動きをしてるなって。僕らのクラスの応援席から体育館前の集合場所に行くのにわざわざ本部テントの裏を通る必要はない。ずいぶん遠回りだ。でも、たぶん何か勘違いをしたんだろうなって、その時は思ったんだ」

「なんだそれ? あんまりバカにするなし」


 延田はひじでグリグリと僕の脇腹を突いてくる。


「だから、優勝旗の騒ぎと延田の行動はすぐには結びつかなかった」


 不思議そうな顔で見返す彼女。僕は彼女から目をそらし、手の中のドクペの缶を転がしながら淡々と言葉を続ける。


「最終的に確信したのは、優里先輩に「三十年前の目撃者を探せ」って言われた時だね。その瞬間、延田が前に話していたことを思い出して、それで何となく納得できた」

「そうか……あーし、自分の手がかりを自分でばらまいてたんだね」


 延田の声も平坦で、いつもの弾むような調子はなかった。


「優勝旗は、クラス旗で包んで体育館の用具置き場に持ってった。あそこは体育祭が終わるまで誰も入ってこないと思ったから」

「……なるほど」

「優勝旗がなくなれば、騒ぎになるだろうとは思ってたよ」


 延田は顔を起こし、どこか遠くを見るように視線を空に向ける。


「でも、何でそんなことを?」

「三十年前の緑古戦、緑陵ウチらが勝って古沼は負けた。叔母さんもそう言ってた。図書館で司書先生に調べてもらって、公式記録でもそうなってるって。でもね……」


 延田は視線を戻し、僕の顔をじっと見つめた。


「この前叔母さんと会って、あーしが来週体育祭だって話したときに叔母さんがぽろってこぼしたんよ。「あの時、本当は古沼高が勝っていたはずだった」って。で、どういうことってあーしが聞いたら、叔母さんがアンカーで出場した最後のリレーで誤審があったって」

「誤審!?」

「うん。きわどい勝負で、審判のミスも仕方がないって。でも、私は絶対に先にゴールした。それが認められなかったのは本当に悔しかったって」


 なるほど。その時の叔母さんの無念は良くわかる。でも、そのことと、延田が今回やらかしたことの間にどんなつながりがあるのかまだ良くわからない。


「まあ、さすがに三十年も前の証拠を今ごろになって探すのは絶対無理ってあーしも思った。でもね、でも、叔母さんはもうそんなに長くないの」

「……え?」


 聞き返す僕に、延田は寂しげにフッと笑う。


「この前会ったっていうのは、叔母さんのお見舞い。市民病院でね。叔母さん、すい臓ガンで、せいぜいもってあとふた月くらいだって」


 僕は絶句した。なんと言葉をかけていいのか、すぐには思いつかなかった。


「あーしはバカだから、これ以上、どうしたらいいのかなんてわからない。でも、大きな騒ぎを起こせば、きっと誰かが……あーしよりずっと頭のいい誰かが動いてくれる……それはたぶん四持なんだろうな……、そうだったらいいなって思ってたよ」


 延田の目からポロリと涙がこぼれる。彼女はほほを伝う涙に構わず、僕の手を取り、まるで祈るようにささやいた。


「四持、お願い。あーしを助けて。あーしの大好きな叔母さんの無念を、間に合ううちに晴らしてあげたいの」


 いつもの、自信にあふれたギャルの姿はそこにはなかった。


◆◆


 泣きはらした顔の延田を連れて図書室に戻ると、先輩が胡乱な目でぼくをねめつけた。


「なかなか戻ってこないと思ったら、今度は一体どんな狼藉を働いたんだい?」

「いきなり何を言い出すんです?」

「いや、この子に、君があっちこっちで女の子に手を出しているって話を聞いて——」

「何ですかそれ!?」

「私、そんなこと言ってません!」


 先に戻ってきていた岩崎さんが、ニヤニヤ笑いを浮かべた先輩に猛然と抗議する。


「でも君は――」

「比楽坂先輩!!」

「わかったわかった。これ以上は言わないよ」


 先輩は苦笑いしながら岩崎さんをいなすと、僕に向き直ってすっと表情を引き締めた。


「で? 首尾は?」

「ええ、犯人を見つけました。優勝旗のありかもわかりました」

「……」


 僕の口ぶりに何かを感じたのか、先輩は無言のまま片眉を上げて先を促す。


「先輩にお願いがあります。彼女の話を聞いてはもらえないでしょうか」


 僕は延田の肩を抱くようにして先輩の前に押し出すと、深々と頭を下げた。


「どういうことだい?」

「こいつの……延田の叔母さんは三十年前、体育祭の最終種目、クラス対抗リレーの古沼高アンカーだったそうです」


 僕はそう切り出すと、延田の肩を軽く叩いて先を促した。




 

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