9月10日 −8−

「いや、違うけど。でも何でそんなことを聞くの?」

「あの人は太陽君にふさわしくないと思います」

「いやいや、先輩と僕とはそもそもそういう関係じゃないし」

「でも……」

「先輩も言っていた通りだよ。僕は出来の悪い助手だって。この事件を解決するとすればそれは彼女——」

「それはおかしいです。さっきも言いましたが、私はあなたがすごい人だってことを知っています。あんな性格の悪い先輩にあごで使われるなんて、間違っていると——」

「待ってくれ!」


 僕は大きな声を出した。

 自分で思ったよりはるかに硬い、冷たい声だった。

 顔が火照り、目の前がチカチカして、キーンと耳鳴りがした。どうやら僕はかなり怒っているらしい。


「確かに先輩は口が悪いし、他人にどう思われようが気にしない所もある。それは否定しないよ。でもね、よく事情を知らない人にそこまで非難される筋合いはないんじゃないかな?」


 僕は普段あまり怒らない。怒れないと言ってもいい。ヘタレだ弱気だとバカにされることもあるけど、決して自己主張ができないわけじゃない……と思う。

 僕は、優里先輩は本来優しい人だと知っている。壮絶な体験をして、それ以来人が信じられなくなってしまったことも知っている。

 だから、彼女が変な誤解をされたままなのがいやだった。それを正すつもりで口を開いたのだけど、自分でも驚くくらい語気が荒くなって、かなり後悔した。


「あ……」


 でも、驚いたのは岩崎さんも同じだったらしい。

 瞬間、口を開いたまま動きを止め、僕の視線を避けるようにさっと顔を伏せる。


「あ、ごめん、つい」

「私こそすいませんでしたっ! あの、私、先生を探してきます」


 岩崎さんは僕と目線を合わせないまま早口でそう言うと、止める間もなく駆けだしていった。


◆◆


 自己嫌悪に陥りながら、とぼとぼと自分のクラスの応援席に向かう。

 ちょうど部活対抗リレーがが終わったタイミングで、全力を出し切った選手達が顔を上気させながら戻ってきていた。クラスメイトにハイタッチされ、爽やかに笑い合う光景はまばゆい。思わずカメラを構え、シャッターを切ったところで後ろから肩を叩かれた。


「四持、頑張ってる?」


 振り向くと明るい髪の少女がいた。ド派手な蛍光色のフェイスペイントがしっくりと似合って見えるところはさすがギャルだと感心する。


「なんだ、延田か」


 そのままレンズを向けたら「撮んな!」と頭をはたかれた。


「なんだって言うなし。それより四持、全然姿見ないけど、どこで写真撮ってんの?」

「ああ、事情があって撮影班からは外された」

「え! ええっ! 四持なにやらかしたの? 盗撮?」

「やらかしてない。ちょっと面倒ごとが起きてね、僕はそっちの対応に回されたんだよ」

「なんだ、じゃあまた探偵やってんの?」


 そう言いかけて、ハッと気付いたように顔を曇らせる。


「まさか、またあの女が出張ってきたりしてないよね?」


 ジャージの胸元をつかまれ、眉間にしわを寄せて顔を寄せてくる延田。


「比楽坂先輩なら図書室にいるけど?」

「四持ぅ、あんたいい加減あいつに関わるのはやめなって!」


 僕は彼女の手を振りほどきながら小さくため息をつく。

 どうして僕のまわりの女子は揃って優里先輩を毛嫌いするのだろうか。


「それよりちょうど良かった。延田に聞きたいことがあったんだ。確か前に、叔母さんが古沼のOBだって話をしてたよな」

「あ、そうそう。私の——」


 その時クラスメイトの女子が延田を呼んだ。どうやら次は彼女の出番らしい。


「悪い、続きは後でいい? あーし借り物競走に出んのよ」

「え? 借り物競走なんて似合わないな」

「四持ウルサい!」


 自覚はあるらしく、彼女は腕を軽く振り上げ、半笑いしながらグラウンドに出て行った。

 ……と思ったら、またすぐに駆け戻ってきた。


「おい、競技始まってるぞ?」

「だからよ。四持あんた、ちょっと借りられてくんない?」


 言いながらぐいぐいと僕の腕を引っ張る。


「ほら、早く!」

「わかったわかった! で、僕はどんな借り物なんだ?」

「さあね」


 延田は肝心のところを黙秘すると、僕を引きずるようにゴールインした。彼女の手の中の紙を審判があらため、白い旗が上がって歓声が沸く。


「ほら、行った行った!」


 しっしっと邪険に追い払われ、応援席に戻る。普段は目立たない陰キャのはずが、一体どうして選ばれたのかと、集中砲火のような好奇の目にさらされて猛烈に居心地が悪い。 

 針のむしろに座らされたような気持ちで待つこと十分、ようやく延田が戻ってきた。

 彼女は僕の姿を見ると、なぜか顔を赤らめ、照れくさそうに笑う。

 だが、僕が真剣な表情を崩さないのに気付いて、何かを悟ったように肩をすくめた。


「自販機に行こうか」


 彼女はそのまま僕の前を素通りし、一直線に昇降口近くにある自販機コーナーに向かう。


「何か飲む? さっきのお礼におごったげる」


 延田は自販機の前でくるりと一回転すると、僕の返事も待たずにボタンを押した。ゴトンと重い音がして、取り出したアルミ缶を僕に差し出す。


「はい、ドクペ」

「あのなあ、せめて希望を聞けよ!」

「へ、いらないの? せっかくあーしが奢ったげようって言ってんのに」

「……もらう」


 からかわれるのにはもう慣れた。

 僕は渋々小豆色のアルミ缶を受け取ると、半ばやけっぱちにプルトップを引いた。途端にシュワッと吹き出る泡を吸い込んで微妙な顔をする僕を見て延田が笑う。


「そろそろいいか?」


 延田は小さく頷き、自販機のそばの壁にもたれて覚悟を決めるように大きく深呼吸した。


「四持さあ、実はもう気がついてるんでしょ?」


 僕は唇を引き締め無言で頷いた。

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