#051 突然の押し付け

「……ことだから、第二美術部にも文化祭当日に飾る"壁画"制作にあたってもらう」

「ちょっと待ってくれよ! そんないきなり」

「文化祭まで、まだ充分期間はあるだろ。どうせ似たようなものを作る予定だったんだ、イイじゃないか」

「それはそうだけど……。……」


 夏休みも迫ったある日、教職員が突然、とんでもないことを言い出した。アニメと違い、我が校の文化祭は現実的というか、まぁショボい。一応、父兄は演劇などの発表を見られるのだが、一般開放はしていない。それがなにか圧力でもかかったのか『近隣住民も対象』となった。


 それだけならまだ、やる事はかわらない。中学生の演劇や演奏を見に来たついでに、暇な人は空き教室でやっている作品展示を見ていく。しかしそれでは不都合が生じてしまった。いや、勝手に感じているというか…………ようするに、学校パンフレットにのせる『文化祭の様子』として『小さな作品数点』ではインパクトが弱いのだ。


「必要な資材は用意するから、あと、出来なかったら"廃部"な」

「「ちょ!?」」

「はははっ、冗談だよ。でも、拒否権は無いから」

「それ、なにが違うんだよ!」


 一方的に用件だけ言って去っていくお飾り顧問。そう、まごう事なきお飾り。第二美術部の顧問は体育教師であり、美術の事は何もわからない実務的な存在なのだ。


「しっかし、無茶苦茶だよな。せめて来年度からにしてくれよ」

「うぅ、どうしよう、たっ君」

「まぁ、やるしかないでしょうね。一応、第一(美術部)にも相談して」


 状況は第一美術部も同じはず。教師としては『どうせ暇だろ? 学校の宣伝のために協力しろ』くらいの感覚なのだろうが…………第一はそれぞれコンクール向けの作品を制作しているし、第二もレビューブログの運営があるのでそこまで暇じゃない。っというか、使いまわしができない。これが演劇や金管なら、同じことを当日もやるだけで済むのだが。


「つか、いきなりすぎるだろ。生徒会は何やってんだよ!?」

「なにって、生徒会を何だと思っているんだよ。アニメじゃあるまいし、そんな権限無いって」

「それにしたって……」

「失礼しま~す」

「「!!?」」


 そこにやってきたのは第一美術部の面々。話を聞けばやはり状況は同じで、相談に来たようだ。


「たぶん、どれくらい時間がかかって、どれくらい大変か、先生たちも分かって無いんじゃないかな」

「しかし予算はおりたのよね? こんないきなり」

「そこは分からないが、すでにやっている学校を見て、ウチもやろうって安易に考えたんじゃないか? こんなの、絶対に大変だぞ」

「ありそうね」


 正直、僕たちもその大変さは想像しきれていない。しかしこれだけは分かる。カレンダー上ではたしかに猶予はある。が! 実際には夏休みがあるのでそうもいかない。夏休み明けから制作にあたったとして、そして体育祭の存在も考慮するとギリギリになってしまう。つまりその間、他の活動に大きな支障が出るわけだ。


「そもそもさ、先生たちに変更する権限ってあるのか? もしこれが理事会とか、なんとか委員会みたいな"上からの命令"だったら、無駄って言うか、先生に掛け合うのはお門違いだろ」

「「…………」」


 長い沈黙。せめてコッチにも経験者が居れば反論もしやすいのだが、どうしても現状では『他校が出来ているんだから出来るだろ?』で終わってしまう。


「もういっそ、クオリティーを思いっきり下げてやるか?」

「いや、そんなことしたら、部費が……」

「それじゃあせめて、題材はコチラで決めれないでしょうか?」


 壁画は『学校や地域、あるいは交通安全などのコンプラを意識したもの』と指定があった。しかし催しは文化祭であり、夏休みの宿題じみた内容は相応しくない。


「それこそ、交通安全なら夏休みの宿題か、百歩譲っても授業でやれよって話だぜ」

「そもそも壁画といっても、実際には違うのよね?」

「まぁ、絵がかける壁がないからな」

「そして苦労して描いても、そのあと廃棄でしょ? アートを舐めてない??」


 本来、壁画といえば坂の上の学校が擁壁などをつかっておこなうもの。しかし我が校には普通の金網フェンスしかないので…………パネルに描いたものを当日固定するだけ。まず間違いなく浮くだろうし、飾り付けがそれだけならバランスも悪い。まぁ、悪くてもパンフレットの写真に入る範囲だけ取り繕えばいいのだろうが。


「いっそ、中止に出来ないなら、都合の良い代案をだすのはどうでしょう?」

「代案って?」

「たとえば高さ180センチ、横幅270以上ってありますけど、この横幅を60センチにしてもらって、その分枚数を増やして等間隔で……」

「ちょっとまってくれ、細長くしても、その分増えたら……」

「いえ、幅が狭くなるだけで大違いよ」

「え? そうなの??」


 そう、幅が狭くなれば手がとどく。つまりパネルの上に乗らなくてもいいので、机のうえで作業がおこなえるわけだ。


「あと、このさいパネルは先生に作らせましょう。ちゃんと、枠付き(固定部分)の…………作るのが面倒なヤツを」

「フフッ、多久田君だっけ、なかなか悪い事考えるわね」

「いえいえ、お代官様ほどでは」

「「????」」


 じっさいに絵を描く作業も大変だが、パネルを作る作業も実はアホほど大変だ。それがなくなるだけでも助かるし、運が良ければ先生がギブアップして枚数が減るかもしれない。


「実際には業者に発注すると思うけど、あるていどは妥協して自前でやるはず。下地塗りとかね。そういうのが無くなるだけでも全然違うのよ。というか、何も言わなかったら"これくらい出来るでしょ?"でドンドン押し付けられちゃうんだから」

「「たしかに……」」

「あとは美術の授業でも1クラス1枚くらいやってもらって、教師にも1人1枚描いてもらいましょう」

「1人1枚はエグいわね」

「上からの命令で下々の僕らが断れないなら、中間管理職も断れませんよね?」

「ふふ……」

「あと、第二美術部は本来の制作物にそった絵を描かせてもらうので…………第一も題材はフリーってことで」

「よし! そうと決まれば急がないと! パネルを(初期案で)業者に発注されたら手遅れよ!!」

「え? ちょ!!??」


 第一美術部・部長が僕の手を握って走り出す。いちおう、第一は実績もあり、顧問も理解のある人なので体育教師ウチよりはまともな議論ができるだろう。




 そしてその要望は正式に職員会議にかけられることとなり、なんとか余計な制作物の押し付けは回避できた。

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