#048 眼鏡男子

 授業も終わり、僕は黒板に残された文字を慌ててノートに書き写していた。


「ん~、また落ちたかな……」


 とつぜんだが僕は眼鏡っ娘だ。違う! メガネ男子だ。今時珍しくない話ではあるが、早い段階からパソコンと向かい合っていた事もあり、僕の視力は裸眼での生活が困難なレベルになっていた。


「ジュン、もしかして黒板が(よく)見えないのですか?」

「あぁ、うん。成長期のせいか、また落ちてきたみたいで」

「ジュンは!」

「はい?」

「そのままでもいいです」

「え? 何の話??」

「むしろそのまま、可愛いままでいてください!」


 稀によく暴走する師匠。いちおう僕よりも背の低い男子はいるが『眼鏡をかけていて童顔(そもそも若いのだが)』に限定すると、たしかに僕が一番小柄で、見ようによっては女の子に見えるかもしれない。


「可愛いかはともかく、成長はどうにも。というか僕的には成長して、出来れば男らしくなりたいし」

「そこをなんとか!」


 まぁ最近は可愛い系の男主人公も多く、オネショタと言うか、そういうのに憧れないこともない。しかし僕の性別は紛れもなく"男"であり、出来ることなら『高身長で、適度に筋肉のついた渋めのイケメン』に進化したいと思っている。


「さっきから聞いていれば、無茶言わないの!」

「それは、でも、ミサオも今のままがイイですよね??」


 そこに加わるのは委員長。委員長とはそれなりに打ち解けたつもりだが、それでも基本的に(校内では)師匠絡み以外でのやりとりは無い。


「そ、それは、まぁ、悪くは無いけど……。でも! べつに私、ショタ専じゃないし!」

「うぅ、ミサオは、ジュンが総受けなら、それでいいんですか!」

「もちろ……」

「「…………」」

「……いや、そういうのじゃなくて、視力が落ちたって話だったじゃない」

「あぁ、そういえば」


 なんだかサラッと聞き捨てならない単語が出てきたけど、そこは不可侵領域なので気付かなかったことにする。僕は日本国憲法の思想の自由を信奉しており『自由に妄想する権利』を良しとしている。


「それで、眼鏡を買うのね!」

「え? いや、まだそこまで決まってはいないけど……」

「そういうのは早めがいいわ! 度が合わない状態を放置すると、さまざまな弊害も出るしね!!」

「「…………」」


 僕と師匠が、まずいスイッチを押してしまった感触を感じ取る。あと、たぶん関係無いと信じたいが…………BL業界には『メガネ受け』なるものがあるそうだ。


「ま、まぁ、どこかの段階では、買うと思うけど。さすがにメガネは、親と相談かな」

「そうですね! それなりにするものですし」

「別に、フレームを選ぶくらいは親無しでもいけるじゃない。というか、学生は変に気取ってフレームレスなんて選んじゃダメなのよ!!」

「あ、はい」


 そういえば前のメガネは、体育の授業で見事に破壊してしまった。べつにオシャレフレームってほどでもなかったが、実際、気取ったデザインだと強度に不安がのこるものも多い。


「そういえば今は踏んでも割れないメガネとかあるんだっけ? そういうのでも……」

「ダメよそんなの! あんなゴーグルみたいなの…………基本は黒縁! ラウンド型もいいけど……。……」

「「…………」」


 ちなみに今使っているのは、1番安い(フレームの)コーナーの中から適当に選んだものだ。一応、コーティングなどのレンズオプションは盛ったが、逆に言えばそこだけしか見ていない。


「えっと、やっぱりブルーライトカットとかでしょうか?」

「いや、あれはダメだ」

「そうなのですか?」


 ゾーンに入った委員長を無視して、師匠とメガネについて語る。


「ブルーライトカットが目に良いってのはブルーベリーなんかと同じで眉唾というか、仮説が独り歩きしたもので、実際の効果は証明されていないらしい」

「へぇ~」

「まぁそのへんはどうでもいいんだけど…………ようするに偏光メガネとか特定の波長に影響するレンズは、お絵描きには使えないんだよ」

「あぁ~、たしかに」


 ブルーライトカットレンズだと、パッと見は同じ色に見えるのだが、白部分が黄色みがかって見える特徴がある。その違いは些細なものだが、モニターの真っ白な画面が黄ばんで見えるのは致命的であり、それで一回我慢できずに自腹でレンズだけ交換して貰った事がある。


「ねえ、聞いてる!!」

「「あ、はい」」

「だ、だから…………今度の休みに、その…………見に行かない?」

「おお、それなら私も!」

「あぁ、まぁ、いいけど」

「「よっし!」」




 そんなこんなで僕たちは、メガネを買いに行くことになった。

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