#036 お迎え
作家やストリーマーになる利点は幾つかあるが、父親から見て娘がそれらの職業に就いてくれることは何かと好ましい点があげられる。まずは在宅ワークであるから防犯や悪い虫の心配が少ない点。本来ならば外に出て見聞を広めてほしいところなのだろうが、本音はずっと家にいてほしいし、嫁いでもほしくない。たとえ全く相手にされていなくとも、それでも娘は可愛くて仕方ない存在なのだ。
「はぁ~~。やっぱり無理を言って、車、出してもらうんだったな」
台車にパソコンをのせ、僕は一人部長の家へと向かっていた。もちろん…………徒歩で。
「(振動は)大丈夫だと思うけど、配線くらいはチェックしておいた方が良いか」
結局、妹さんのパソコンは委員長の一週間遅れになってしまった。理由は引き渡しが土日しかできないってのも大きいが…………委員長のパソコンは完成品を設置するだけなのに対し、こっちは中古品の改造なのでなかなかスンナリとはいかない。
「へい、そこの少年。暑いのに大変そうだね」
「そう思うのなら、手伝って貰えませんか?」
仁王立ちで道を塞いでいるのは部長。手にはコンビニの袋が握られているので『買い出しに出かけたら、途中で僕を見つけた』ってところだろう。
「アハハ、(台車を)押すだけじゃん」
「いや、まぁ、そうなんですけど」
「よし、それならお姉さんが、特別に手を貸してあげよう」
そういって台車に買い物袋を持っていた手をかける部長。これでは手伝うどころかショッピングカート扱いだ。
「いや、まぁ、いいですけど」
「それで、何味が良い? ママに買って来いって言われてさ。ほんとママって、たっ君に甘いよね~」
「その、すいません」
だから何が『すいません』なのか。それはさて置き、これはどうやらお母さんの差し金だったようだ。どうやってタイミングをはかったかは知らないが、たぶん気をつかってくれたのだろう。いや、ぜんぜん手伝いには、なっていないけど。
「それ、神楽のだよね? けっきょく、私のよりも良いのを買ってもらってさ~。パパは、神楽の味方みたい」
「それは…………でも、映像処理能力だけなら、部長のパソコンの方が上ですよ?」
妹さんのパソコンは、お絵かき用ということで性能よりも機能重視で組み上げた。その中でも目立っているのがモニターで、メインの高解像度モニターに加え、サブに液タブをそえた2画面仕様だ。
「神楽が将来、売れっ子イラストレーターになったら、養ってもらえるかなぁ?」
「せめて自分が売れて、専属にするとか言ってください」
「あぁ~、それは無理」
「そうなんですか?」
姉妹仲は良かったはずだが、やはり身内と仕事をするのは抵抗があるのだろう。
「だって神楽、BL専だよ? アタシとは音楽性が合わないから」
「そういえば、そうでしたね」
音楽性というか、作風の問題なのだが…………部長はあれでギャルゲー好きで、ようするに男性向けの画風を好む。そうなると完全女性向けであるBL系のイラストはマッチしないだろう。
「ってことで、たっ君。お願いね」
「はい?」
「たっ君が売れたら、専属になって全力でバックアップして。そうすればお母さんも喜ぶし」
「いや、専属になったら部長も売れてもらわないと共倒れですよ?」
「それじゃあ…………あ、着いちゃったね」
「はい、お邪魔します」
部長の家に到着。すでに基本的な設定は終わっているが、大量の周辺機器の設置と、その説明をしていかなければならない。
「いっそ、たっ君が社長になって、ストリーマー事務所を立ち上げてよ」
「はい??」
「アハハ! ただいま~~」
「…………」
じっさいに出来るかは別として、ちょっと良いなと思ってしまった。
そんなこんなで妹さんのパソコンを設置し、第二美術部はそれぞれの活動に専念できる環境が整いだしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます