#018 パソコントレード大作戦
「それじゃあ私は出かけるけど、その、お母さんが居るとは言え……」
「も~、神楽は心配性だな~。ほら、早くいかないと」
「う、うん」
「えっと、いってらっしゃい? 違うか、その……」
「はい」
「「…………」」
部長の家で、出かける妹さんを見送る。妹さんとは話す事もなくて気まずい雰囲気になりがちだけど、それでも女性の部屋で女性と二人っきりになるよりはマシ。僕はこれ以上ないくらい、緊張していた。
「ほら、たっ君。早く設定、済ませちゃお」
「そ、そうですね」
対する部長に緊張している雰囲気はない。やはり、部長的に僕は弟ポジションなんだろう。
「そんなとこ、開くんだね。壊れたりしないよね?」
「大丈夫ですよ。メーカー保証的にも、ここまでは分解しても良い事になっていますから」
「へ~ぇ、なるほどね」
部長の顔が『完全に理解した(理解していない)』になっている。
それはさて置き、僕は部長のノートパソコンからストレージを取り出し、持ってきた新しいストレージにデータをコピー(クローン)していた。まぁ、ようするに高速ストレージに交換しようとしているわけだ。
「それで、こっちのパソコンなんですけど…………間違いなくノートに比べたら早いけど、他は全て犠牲にしているので、あまり過信しないでくださいね」
「あはは、なんか、見た目からしてオンボロだもんね」
今回、部長の家にお邪魔した目的は『ノートパソコンの高速化』ではない。前提として、中学生は常時金欠だ。親に頼めば幾らか解決するが、それにも限界や交渉期間が必要になる。そんな中でパソコンを手に入れようと思ったら、妥協や裏技は必要になる。
「箱は、完全なジャンクですからね。たしか5千円だったか、ホコリまみれで掃除が大変でした」
「そうだったんだ。ありがと~。あ、お肩、揉みますね~」
「えっと…………ありがとうございます」
持ってきたパソコンは、企業向けのレンタルパソコンの再生品を、無理やりジャンクケースに詰め込んで、手持ちのソコソコなグラフィックボードを取り付けたキメラだ。CPUまわりは6世代以上前の骨とう品だが、体感速度に直結する部分は最低限強化してある。
分かる人には分かるジャンルなのだが、フリマサイトで目にする2~4万円くらいで売られているエセゲーミングパソコンだ。耐久性はかなり不安だが、一応FPSゲームも最低設定にすれば動いてくれる。そのためお絵描きや、簡単な映像編集も出来てしまう。
「いや~、たっ君が居て、本当に助かったよ。これで、美術部は安泰だね」
「どうなんでしょうね。一応、頑張るつもりですけど」
設備面もそうだが、来年は僕が部長になるのだろう。いや、師匠がなるパターンもあるのか? 部長に1番必要な要素は(実力もそうだが)やはり部員を引っ張る"カリスマ"だ。その点僕は参謀タイプなので、部長になっては上手くいかない気がする。
「そういえば、"引っ越し先"は決まったの?」
「さぁ、どうなんでしょう?」
僕たちが考えた作戦はパソコンのトレード。まずは僕が部長のノートパソコンを引き取り、同じくらいの価値のデスクトップパソコンを渡す。引き取ったノートは僕が使ってもいいのだが、委員長か師匠のところへ嫁ぐ予定だ。
委員長はパソコンにこだわりは無いのでノートで問題無いし、運が良ければ動きの怪しいお姉さんのパソコンと交換して貰えるかもしれない。対して師匠は、普通に買って貰えそうだけど、ダメなら今使っているタブレットとノートを交換する選択肢も考えている。師匠の場合はデスクトップの方が良いのだろうが、とりあえず作業は部活動としてやりたいので、ちょっとした家での作業やWeb会議用に持ち運びができて(端子的に)最低限の拡張性もあるノートがあれば重宝するだろう。
「――コンコン――お茶、淹れて来たわよ」
「あ、ママ、ありがとう。……って、どうしたの!? ケーキなんて」
「ママ、奮発しちゃった」
一区切りついたところで、部長のお母さんがお茶を用意してくれた。妹さんと違って僕が来た事を喜んでくれているようだけど…………そこは僕がどうと言うより、親として『人見知りの娘が(後輩とは言え)学友を連れてきた』ことが嬉しかったのだろう。
「えっと、おかまいなく」
「いいのよ、えっと……」
「多久田純一です」
「純君、遠慮しないでね。娘から純君の話は……」
「ちょっとママ!!」
部長のお母さんはノリの良い人で安心したが…………もしこの場にお父さんがいたらと思うと、そんな話ではないのに背筋がこわばってしまう。勝手な推測だが、部長は母親似、妹さんは父親似なんだろう。
「それで、晩ご飯はどうするの? 純君さえよければ……」
「あぁ、たぶんその頃には終わるはずなので、帰ります」
クローン作業が終われば、新しい中古パソコンにデータを移し、元通りに使えるよう設定すれば完成。いくらか不具合は出るだろうが、そこまでいけばその都度リンクーでフォローできる。そしてなにか致命的なことが起きても、取り出した古いストレージはそのままなので復旧も可能だ。
「そうなの? 純君さえ良ければ、泊まってくれても……」
「もぉ~、ママ。さすがにそんなにかからないよ~。だよね?」
「そ、そうですね」
今のところ上手くいっているが、パソコンは運まかせの部分が結構ある。今回は動く状態のパソコンに個人データを移すだけなので大丈夫だと思うが、1から設定していたら1日コースになっていた可能性もあった。
「あら、残念。でも、夕方まではかかるのよね?」
「そうですね。色々設定もありますし」
「よかった。それじゃあ私は買い物に行ってくるけど、帰るのは遅くなるから……」
「あぁ、すいません。お忙しいところ」
「いいのよ、それより…………絵馬はいいから、ちょっと」
「「??」」
部長を残し、お母さんに部屋を連れ出される。
「その…………絵馬の事、ありがとうね。純君は知らないでしょうけど、2年前は、けっこう酷かったのよ」
「あぁ、その、僕はなにも」
やはり母親。部長は部活動に意欲的で、不真面目な上級生によく威圧されていた。クラスの状況は知らないけど、そちらも含めてイジメともとれる状態だったのだ。3年にあがって(上級生が居なくなって)状況は好転したが、部活や…………その、自分で言うのもテレくさいが、支持者である僕の存在は助けになっていたと思う。
「それじゃあ、私は出かけるけど、純君さえ良ければ、いつでも遊びに来てね」
「あ、その、はい」
「あと、これ、必要になったら使ってね。たぶん、絵馬も用意していないだろうから」
「はぁ」
紙袋を手渡し、出かけるお母さん。その姿を見送ったのち…………僕は袋の中をのぞき、慌てて閉じた。
『0.01mm』の文字を見て。
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