第13話 エビフライと罪悪感

 昼休みの教室。その一角で、男の頬にエビフライを押し付ける女子と、エビフライを頬に押し付けられた男子と、その様子を正面から茫然と見つめる女子がいた。




 ピタリと時が止まった。時間停止ものは九十九パーセントウソだと思っていたけど(以下略)。


「……きみたち、何をしているんだい?」


 それはそれは冷めた目でした。


「えっと、これはだな」


 頬に油を感じながら言い訳を模索する。

 この場面を穏便に済ませるにはどうすればいいんだ? そもそも誤魔化せる道筋は存在するのか? 詰んでいるのでは?


 悩んでいると、この瞬間でもっとも口を開いてはいけない人が挙手した。


「衣のサクサク具合をほっぺで確かめてもらっています!」

「喜律さん!?」


 すごい言い訳キタコレ。頬のベトベトに負けないくらいの脂汗が出てきたぞ。


「え? 普通に食べたらわかることだと思うけど。百歩譲ってそのような手法があったとして、わざわざ他人の頬でやる必要はあるのかい?」

「最近のトレンドです」

「そんなトレンド嫌だよ……」


 すごいぞ喜律さん。あの土志田さんをドン引きさせている。


「どうですか成仁さん。サクサクですか?」

「うん。サクサクすぎて痛い」


 ぐりぐり押し当てられて穴が開きそうです。


「なるほど! つまりこのエビフライはサクサクジューシー最高の仕上がりというわけですね。早起きしてまで作った甲斐がありました」

「へえ。矢走君はお弁当を自分で作っているのか」

「あ、いえ……いつもはお母さんが作ってくれています」


 叱られた柴犬のようにしゅんと目を伏せる。頑張って嘘をついていたけど、つい正直な自分が出てきてしまった。

 不器用な彼女にさらなる追撃。


「じゃあなんで今日は手作りなんだい?」

「ええと……」

「母親の身に何かあった? 倒れた?」


 お客様! お客様の中にデリカシーをお持ちの方はいらっしゃいませんか! 貧デリで困っています!


「そんなことはありませんが」

「じゃあなんで?」

「……成仁さんに感じてほしかったんです。衣のサクサク感を、肌でね」


 そんなスタジアムの臨場感みたいな言い方。


「とにかく! 私の料理の腕を味わってほしかったんです!」

「だったら食べてもらった方が早いんじゃないか?」


 このとき番条に電流走る。


「土志田さん! いまなんて言った?」

「え? 頬に押し当てるよりも食べてもらった方がいいんじゃないか、と。あれ? おかしなこと言ったかな?」

「それだよ! 料理の腕を図るなら、肌で感じるよりも食べたほうが分かりやすいじゃないか! 目から鱗だよ!」

「馬鹿にしているのかい?」

「よし。土志田さんの素晴らしい提言を受け入れてここはおいしく頂こう」


 口実を得た俺は堂々とエビフライにかぶりついた。

 味わう間もなくゴクリと飲み込んでから、喜律さんの目を見てニコッとはにかむ。


「うん。おいしいよ」

「う、嬉しいです。ありがとうございます」


 喜律さんの表情は恋人同士の甘い照れ笑いというよりはアドリブについていけずに困惑した反応だったけど、なにはともあれミッションをクリアした。一連の流れがスムーズだったので、土志田さんも一部始終を目撃していながら頭上にハテナを浮かべるだけ。


 完璧だ。白昼堂々の犯行成立。苦しすぎる言い訳が残した強烈なインパクトがカップルのイチャイチャをカモフラージュしてくれました。狙い通りだね(汗)。


 最大の目的を果たして満足した俺はその後の話をほとんど聞いていなかったけど、土志田さんの自分語りのせいで時間が押してしまい、結局、喜律さんが女子たちの間で噂になっている尻軽ちゃんがいるかどうかを調べるという昨日と同じ結論をもってお開きとなった。

 せっかくの手作り料理をゆっくり味わえなかった点を除けば百点満点の結果でした。


 ただし一つだけ懸念事項。


「……はい。頑張ってサキュバスさんを調査します」


 土志田さんの指示を受けた喜律さんの返事は未だかつてないほど弱弱しいものだった。恒星キリツギウスと名付けられても違和感のないほど笑顔が眩しい彼女からは想像できない声色。


 罪悪感に苛まれているんだ。


 自身の命を守るためとはいえ、土志田さんに正体を偽っているのが現状。このままだと土志田さんがサキュバスに辿り着くことはまずないだろう。まさか隣にいる実直ちゃんが淫魔だとは思うまい。


 この時点で信じて仲間に引き入れてくれた土志田さんに対する背信行為だというのに、今後の展開次第では更なる被害者が生まれてしまうかもしれない。


 それが、土志田さんの言う尻軽ちゃんとやらが見つかってしまったケースだ。


 もし毎週のように別々の男と寝るような尻軽ちゃんが存在した場合、その子がサキュバス本命と睨んでいる土志田さんは執拗に追いまわすだろう。


 しかし俺たちは知っている。サキュバスは喜律さんであり、尻軽ちゃんはただの股が緩いだけだということを。


 濡れ衣を着せられ厄介ごとに巻き込まれた尻軽ちゃん、隣に犯人がいるとも知らずに偽の犯人を追う土志田さん。

 二つの厄難の元凶を自覚する喜律さんがいつまで自分を偽り続けることができるのか。


「私のせいでみんなが不幸になるくらいなら死んだほうがマシです!」


 土志田さんに両手を差し出す姿が目に浮かぶ。

 そうなったらすべてが終わりだ。

 喜律さんの命も、俺の幸せも。

 そんなこと許せない。許せるわけがない。

 抗って見せる。彼女が灰色の世界にいた俺を救い出してくれたように、今度は俺が彼女を救うんだ。

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