第12話 ミッション形式の仮デートその1『ランチデート』


「さて、これより第一回サキュバス討伐会議を開始する」


 日付変わって翌日の昼休み。

 土志田さんからさっそく招集がかかった。


 騒がしい教室の窓際最後列で机を突き合わせるサキュバスバスターズ。俺と喜律さんが横並びで、土志田さんが面接官のように対面する形。


「今日はサキュバスを探す手段を共有する会だ。肩に力を入れる必要はないよ。ご飯を食べながらゆっくり話し合おう」


 そう言って購買で買ってきた焼きそばパンを口に運ぶ土志田さん。毛先がくるっと曲がった横の髪を器用に耳にかけ、コッペパンに小さくかぶりつき、口もとを手で隠しながら咀嚼する。


 黙っていればアンニュイな美女だよな。黙っていればね。

 ほんのちょっぴり見とれていると、机の下で横腹を小突かれた。


「成仁さん。集中してください。私たちの命運を分ける重大な局面なのですから」


 耳元でささやかれて、俺は小さくうなずいた。

 この集会、表上は土志田さん主催のサキュバス討伐会議だが、実は裏側で一つの作戦が動いていた。


 それが、隠密ランチデート作戦。


 ランチデートと言えば学生カップルが昼休みにイチャイチャしながら手作り弁当を食べさせたりするあのイベントのこと。


 昨日の帰り、喜律さんと連絡先を交換していたのだけど、そしたらその晩にさっそく連絡が来たんだ。


『一か月という短い時間、一日たりとも無駄にできません。土志田さんの監視下ではありますが、隠密デートをガンガン仕掛けていきましょう。というわけで、明日の昼休みはランチデートを決行します! 私の手作りのおかずを食べさせてあげます! 対戦よろしくお願いします!』


 もうね、好きな子の手作りを食べられるなんてね、感無量だよね。楽しみ過ぎて夢に出てきたよ。


 喜律さんが持ってきた手作り弁当。楽しいトークをしながら話題は喜律さんの料理へ。「おいしそうだね」「食べてみますか?」「いいのか」「もちろんです」喜律さんが黄金の卵焼きをつまみ、俺の口元へと持ってきて「はい、あーん」「あーん」幸せをかみしめるように頬張る。すると中からあふれ出す赤い液体。トマトジュース? いいや、これは血だ。直後、目の前でゼリー状になって溶ける喜律さんの中から魔女の姿をした土志田さんが現れた。「かかったね番条君。君の彼女は矢走君だったのか。つまり矢走君がサキュバス。処刑しないとね」いつの間にかはりつけにされていた喜律さんの胸を十字架の剣で貫くのだった。


 そう。


 最大の障壁はラスボス土志田さん。同席する彼女にバレてはいけない。

 いくら喜律さんが白判定を受けているとはいえ、目の前で「あーん」なんてした日には「え? 君たち付き合ってるの? まさか矢走君がサキュバス?」さすがに気付かれてしまう。


 誤魔化しながらランチデート。これが使命。


 え? なにも土志田さんの目の前でやらなくてもいいじゃないかって? でも会議は急遽決まったことだし。延期しようにも一度決めたことは絶対に曲げない人がいるからね。仕方ないね。


 ちなみに喜律さんはミッションクリアの条件として次の三つの項目を提示した。



1:喜律さんが俺におかずを食べさせる

2:俺が「おいしいよ」とほほ笑む

3:「嬉しい」と喜ぶ喜律さん



 これらをクリアしないとデートが成功したことにはならないらしい。デートの成否をミッション形式で決めようという発想は堅苦しいけど、もともと喜律さんはルールや決まりがないと納得できないタイプなので仕方がないと受け入れた。


『デートが成立しないということは我々の相性が悪いということを意味しますので、頑張って達成しましょうね』


 無垢な脅しもありました。

 ミッション失敗は破局の知らせ。

 頑張らないと。


「それじゃあさっそくエクソシスト様の具体的な作戦を聞かせてくれよ」


 弁当をあけながら土志田さんを一瞥する。


「ふぅん。自分から話を切り出すとはずいぶんやる気があるじゃないか。君はそばにいればいいだけで、別に協力しなくてもいいんだよ。君の恋人さんを追い詰めようとしているわけだし」

「協力する気はない。サキュバスをどうやって見つけ出すのか興味があるだけだ。もっとも土志田さんはそんなに優秀には見えないし無理だろうけどね」


 わざと煽る口調で言った。


「言うねえ。でも残念。私は百年に一度の天才エクソシストと呼ばれているんだ。必ず見つけ出すよ」


 受けて立つと言わんばかりに顎を上げて自信満々の顔。

 言ってみてえ。目の前の女の子がサキュバスですって。


「じゃあさっそくお話しようか。天才エクソシストの華麗なるサキュバスつるし上げ全身串刺し作戦の全容を」


 雄弁と語り始めた土志田さん。煽った甲斐もあってこれまで以上の熱弁だ。身振り手振りを交えて、昨日聞いた話を繰り返し、果てには自身の生い立ち、エクソシストの成り立ちまで語り始めたぞ。


 独壇場。完全に気持ちよくなっている。講釈を垂れ流しているときほどエクスタシーを感じられる場面はないからね。

 もちろんこれは狙い通り。喋りに夢中になるほど注意力が落ち、隙が生まれやすくなる。隠密デートには好都合。


「喜律さん」

「わかっています」

 喜律さんは弁当箱からエビフライを箸でつかむ。燦然と輝く衣は冷凍じゃない。この日のために準備してくれた喜律さんの手作り料理だ。

 あとは土志田さんが何らかの形で視線を俺たちから外した瞬間、高速であーんを成立させるだけ。


「サキュバスは毎晩男の上に座って白米を貪りながらおかずに精子を乗せるというマヨネーズ()丼をたしなんでいるわけだが、数年に一度、さらなる極上いくら丼を求めるのだよ。それがアソコの大きな男の精子だ。で、それが誰なのかを探すために動画を撮ったわけ。ほら、見たまえ」


 先日先々日と話した内容をリピートしたうえに食事中にもかかわらず下ネタの話をするだけでは飽き足らず便所の盗撮映像まで見せようとするデリカシーのなさには驚いたが、チャンス到来。タブレットを取り出そうと足元の鞄を探る土志田さん。視界は俺たちを捉えていない。


 今だ! 隣を向いて口を大きく開ける。喜律さんもエビフライを持ち上げ、俺の口にロックオン。

 緊迫感が時の流れを遅くさせる。さながらアクション映画のようなスロー再生でエビフライが近づいてきた。

 さあ、ぱくっと幸せを食べましょう。

 目前に迫ったエビフライにかぶりつこうとした。

 その時、


「よく考えたら食事中にトイレの映像はまずいか」


 まるで常識人のような発言とともに体を起こした土志田さん。

 俺たちの対応は最悪だった。

 俺はとっさに口を閉じ、顔を正面に向けてしまった。

 喜律さんは驚いてエイムを狂わせた。

 結果、俺の頬にエビフライが押し付けられるという謎の絵が完成した。

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