第6話 エクソシストはサキュバスを恨む(私怨)

 矢走さんのサキュバス宣言に悩んでいた俺にさらなる追い打ち。

 不気味ちゃんこと土志田さんが初対面でいきなりサキュバスの存在を肯定し、さらにまだ誰も知らないはずの矢走さんとのデートまで言い当てられたではないか。


 驚く俺に、土志田さんはくすっと笑って、


「ふふ。その反応を見ると、高嶺の花と付き合っているというのは事実のようだね」

「……なんで知っているんだ?」

「私がエクソシストだということを信じてくれるならすべてをお話ししよう。どうだい? 信じてくれるかい?」


 うつむいて考える。


 正直、悩んでいる。エクソシストと言われた時はバカらしくてもう話を聞く必要はないと思ったけど、俺と矢走さんの関係をズバッと言い当てられてた手前、無下に扱えない。


 冷静になって考えてみると、他人との交流を拒む土志田さんが急に話しかけてきたという事実がそもそもおかしいんだ。しかも彼女にその行動を引き起こさせたのは「サキュバス」というワード。


 嘘をつくはずがない矢走さんがサキュバス宣言。


 誰ともなれ合わないはずの土志田さんがサキュバスに食いついた。おまけに誰も知らないはずの情報まで携えて。


 そしてこの二つの出来事が連続して発生している。

 戯言と決めつけるには早計な気がした。いやでもサキュバスなんてなあ。でも矢走さんが嘘をつくわけ……。


 ……あーもう! 考えれば考えるほど気になってきた! もう面倒くせえ!


「わかった! 信じる! 信じればいいんだろ!」


 オカルト沼に頭からダイブ。

 これでいい。どうせ疑念を抱いた時点で後戻りはできないんだ。このまま睡眠不足で死ぬくらいなら笑われ者になってやる。毒を喰らわば皿まで。とことん行こう。


「賢明な判断だ」


 土志田さんは不敵な笑みを浮かべた。




 こうして始まったサキュバス座談会。

 エクソシスト土志田さんは手始めに自己紹介を始めた。


「私は土志田千子。エクソシストだ。詳しい説明は割愛するが、とにかく私が悪魔祓いだという事実だけ知っておけばいい」

「エクソシストといえば人に憑いた悪魔を十字架とかで追い払うんだよな」

「まあそんなところ。人に害をなす悪魔を打ち払うことが使命だね。残念ながら漫画のように剣を振るったり炎を放ったりといったアクション要素は含まれていないので悪しからず」


 そして次。いよいよサキュバスの話。


「まずサキュバスは存在する……という話は信じてくれているとして、実はこの学校にサキュバスが潜入しているという情報が入ってきたんだ」

「!」

「しかもちょうど私が入学したタイミングだというね。つまり同学年の女子に紛れていることになる。エクソシスト協会日本支部からのタレこみだから間違いない」


 こんなに日本に存在してほしくない支部は初めてだ。


「……で、それは何人?」

「一匹だね。サキュバスは縄張り意識が強いから、間違いなく一匹のみ」

「へえ……」


 顔には出さなかったけど、心の中では激しく動揺していた。

 うちの高校にいて、しかも同学年の女子。

 間違いない。矢走さんのことだ。


「この一年、私は休み時間や放課後を使って捜索していたのだけど、なにせ外見は人間と変わらないからね。怪しい候補はいるのだが、なかなか見つからないんだ」

「見つけたらどうするんだ?」

「悪魔祓いは文字通り悪魔を祓う仕事。現世にちりも残らないほど徹底的に祓うよ」

「……サキュバスってそんなに悪いやつなのかな」


 ポツリと本音が漏れ出た。


 だって矢走さんは誰より優しくて誠実で笑顔にあふれている。彼女がサキュバスだったとしても、とても悪の存在とは思えない。


 しかし土志田さんはきっぱりと言い切る。


「ああ極悪非道だね! 無駄に愛嬌が良く、無駄に魅惑的な肉体で男を誘い、男の命が枯れ果てるまで淫行に及ぶ最低最悪の夢魔。人類の、いや女の敵だ! 世の中にはどんなに努力してもまな板から抜け出せない女性もいるというのに!」


 まるで自分のことのように語気を強める。あれ? 私怨入ってます? たしかに土志田さんはスリム()な体型だけども。


「とにかく。サキュバスを見つけ次第、全身の肉という肉を削ぎ落してから貧乳女子の恨みつらみを鼓膜に穴が開くまで聞かせたのちに祓う。そう決めている」

「どっちが悪魔かわからないよ……」


 ドン引きしつつも、今の話を聞いた俺はある決意を固めた。


 ――絶対に矢走さんを守らないといけない。


 申し訳ないけど知り合ったばかりの彼女よりも俺の人生を変えてくれた恩人のほうが大切なんだ。だから俺は矢走さんの味方に回る。絶対に土志田さんにバレないように立ち回ってやる。その結果、正体を現した矢走さんによって殺されたとしても、それならそれで本望だ。俺の虚しい人生に彩りを与えてくれたのは他の誰でもなく矢走さんなのだから。

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