第4話 条件付きカップルと試験的デート


 憧れの矢走さんにダメ元で告白したところ、奇跡的に成功した。

 喜びのあまり今にも踊り出しそうな俺。


 しかし矢走さんは人差し指をビシッと俺に向け、


「ですが一つだけ条件があります」

「条件?」


 問いに、矢走さんはまくしたてるように、


「はい。先ほど言いましたように私は外見にはあまり興味がありません。人を好きになる判断材料は内面です。ただ、私はまだあなたのことを何も知らないのです。名前さえも。ですので恋愛感情を抱くことができる人物なのか判断しかねます。もちろんそれを理由にあなたの熱い想いを無下にする気はないですよ。しかし好きでもない殿方と一時的にでも恋愛関係を維持できるほど私は器用ではないのです」

「お、おう」


 マシンガントークは健在だなぁ、と思いながら頷く。ちなみに彼女は三六五日選挙カーというあだ名を持っている。


「つまりまとめるとですね、あなたという人物を知る時間が必要なわけですよ」


 彼女は締めくくりにそう言った。

 この文言は……いやなワードが頭をよぎる。


「もしかして友達から始めるってこと?」


 よくあるパターンだよな。『ごめんなさい』が言いづらいのでとりあえず友達という形でお茶を濁す。もちろん実際に友達になるわけじゃない。顔を合わせるたびに気まずくなる友達がどこにいるのやら。


 失恋宣告に一瞬身構えたが、しかし矢走さんは「いいえ」と首を振る。


「それは断るときの常套句だと認知しています。私は拒否したいわけではありませんので」


 よかった。最悪の事態は免れた。


「そうではなく、一か月限定カップルです」

「期間限定?」

「文字通り一か月間付き合いましょう。そこであなたが惚れるに足る素晴らしい人物だと判断できたなら正式なペアとして煌びやかな未来を切り開きましょう。逆に粗末な振る舞いをするような無礼者なら方向性の違いにより解散するしかありませんね」

「音楽ユニットみたいな言い方……」


 とはいえ、悪くない条件だと思った。


 自分で言うのも何だが俺は生粋のいい子ちゃんだ。ただでさえ人相が悪いから日ごろの行いには人一倍気を遣わないといけないんだよ。スーパーでポケットに手を突っ込んで歩いていただけで「あんた盗ったでしょ!」と事務所に連れて行かれる始末。以来、お店では常に背筋を正して後ろで手を組んで歩くようにしているし。


 矢走さんに嫌われるような無礼は犯さない自信がある。


 ……ということは、もう事実上カップル成立なのでは? 


 いや待て。はやるな番条成仁。油断大敵。万が一にも失敗は許されない。この一か月、全神経を注いで矢走さんのお眼鏡にかなう素晴らしい聖人を体現するべし。


「ところでお名前をお聞きしても?」

「番条だ。番条成仁」

「ば、番長!? すみません不良の方とは付き合えません!」

「ば・ん・じょ・う!」


 響きは近いけども。


「すみません。私、昔から聞き間違えが多いものでして。名前を間違えるなどという失礼なことはしたくないのですが」


 申し訳なさそうにため息をついた。

 いつも明るい矢走さんが珍しく意気消沈。ここは彼氏(仮)らしくフォローしますか。


「まあ得手不得手は誰にでもあるしな。それよりも聞き間違いをしないくらいに俺がはっきりと喋ればいいだけだ」

「なんとお優しい方。ありがとうございます、団長さん」

「……番条な」


 今後もこんなやり取りがあるんだろうな、それも悪くないか、ふへへ。

 完全に浮かれ気分のまま、人生初めての告白は成功に終わった。

 で、続けざまに実行したのが冒頭の下校デートってわけ。

 そこで俺は冒頭の事実を知らされたんだ。



「実は私、サキュバスなんです」



 矢走さんのサキュバスカミングアウト。

 告白したその日にとんでもない告白をされた俺はその日中、ずっと頭を悩ませたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る