第3話 ダメ元の告白から始まるバラ色の学園生活


 運命の出会いから一年。俺の人生は大きく変わった。


 第一志望校合格。進学校には絡んでくる不良もおらず、意識的に笑顔を作ることで高校デビューにも成功。中学時代の孤立が嘘のように友人に恵まれた。休み時間はくだらない雑談にふけって、放課後はゲーセンに立ち寄ったり。勉強もそこそこながら付いていけている。

 充実した学生生活。

 それもこれもあの日、矢走さんに出会ったからこそ。



『精神一到何事か成らざらん』

 どんな困難でも精神を研ぎ澄ませればできないことはない。



 彼女が残した言葉を励みにこの一年間を全力で駆け抜けた。目つきの悪さから生じる災難を乗り越えてきた。


 そして高校生活二年目。

 ついに邂逅。

 矢走さんと同じクラスになった。

 こうなったらやることは一つしかない。


 サクラ舞う新学期の初日、放課後の屋上に彼女を呼び出した。

 一年越しの愛の告白。


「大丈夫。射石飲羽しゃせきいんうの精神で多くの困難を突破してきたじゃないか。今更怖気づくことはない」


 ちなみに射石飲羽とは俺の座右の銘。意味は矢走さんの座右の銘・精神一到と同じなんだけど、どうせなら被らない方がいいと思ってこっちにした。


「勇気を出せ番条成仁ばんじょうなりひと! ここが男の見せ所だ!」


 ドアノブを握る手に力をこめ、ゆっくりと扉を開けた。


 快晴の春空。芽吹いた緑の香りが全身に降りかかる。

 市街を一望できる屋上でポツンと待っていたのは、柵に肘を置いて景色を眺める小柄な女の子。風に揺れる栗色の髪、鼻筋の整った横顔、シワひとつない制服。間違いない。あの日と変わらない俺の救世主。


 矢走喜律。


 どう見てもかわいい。入学早々学内男子人気ナンバーワンの座を射止めたのもうなずける美貌。


(しかもこれで内面も完璧なんだよな。明るくて優しくて誠実で、誰よりも人助けの意識が高い。トラブルが発生した時にはすでに現場に到着しているというのは有名な話)


 誰からも愛される人気者。それが矢走喜律。

 そんな子にこれから告白するのか。泣く子も黙る強面の俺が。

 ……逃げてえ。


 ここにきて怖気づいた俺は半端に開けた扉から顔だけを出して様子を窺っていた。

 と、おもむろに振り返る矢走さん。


「おや? あなたは……」


 やべっ! 気付かれた。まだ心の準備が……。

 しかし今更引っ込むわけにもいかない。観念して足を踏み入れる。


「以前お会いしたことがありましたね。一年ほど前でしょうか」

「あの時はどうも」

「それで、呼び出したのはあなたですか?」


 矢走さんはシュバッと俺の正面に立つと、ノートの紙片を突き出してきた。

 俺は黙ってうなずく。


『放課後、屋上に来てください』


 罫線の上に書かれた文面は間違いなく今朝、彼女の机の中に入れたラブレター……というか呼び出し文だ。

 好意を寄せる相手に渡す手紙にしては飾り気がないと感じるかもしれないが、この告白は急遽決めたこと。準備なんてロクにできていない。口説き文句すら考えていない。ぶっつけ本番。おかげで頭は真っ白さ。つーか告白ってどうすればいいんだ? まずは自己紹介か? いや、いきなり名乗ったら気持ち悪い奴だと思われそう。ここは軽くお天気トークから始めるべきか?


 まずい。思考がぐるぐる巡る。


「いったい何の用でしょう?」

「えっと……」


 丸くて大きな目が向けられた。その純粋な瞳は俺の言葉の続きを待っている。

 ゴメンよ矢走さん。どんなに脳を絞ってもイケてる男子のトーク術が出てこないんだ。俺の脳ミソは乾いたボロ雑巾さ。

 ……もういい。考えるのはやめだ。恋愛弱者は弱者らしくストレートに行こう。


「矢走さん。聞いてくれ」


 覚悟を決めた俺は肩ほどの高さにある瞳を見つめ、腹の底から声を出した。


「好きです! 付き合ってください!」

「いいですよ」

「ですよねー……って、ええ!?」


 聞き間違いじゃないよな?


「え、いいの?」

「もちろんです」

「ほんとうに?」

「二言はありませんとも!」

「で、でも、いいのか? 自分で言うのも何だけど深夜に出くわしたら妖怪と勘違いされるような男だぞ。矢走さんはモテるだろうからもっと選べる立場だろうに」

「私は外見で人を判断しませんよ。それに人生で初めて告白されたので、つい即答してしまいました」


 えへへ、とはにかむ矢走さんは大変可愛らしいが、疑問。

 告白されたのが初めて?


(ありえるのか? そんなこと)


 と思ったのは一瞬。よく考えれば男たちが彼女に告白するのを躊躇する心理は十二分に理解できた。


 矢走さんは人格者にしてとにかくフレンドリー。男女問わず平等に接してくれる。みんなに笑顔を振りまく姿は太陽そのもの。大半の男は彼女を異性として、そして人として好意を抱く。


 で、もしその太陽に告白してフラれたら? もし嫌われたら?


 意中の人物を失うだけではなく、最高の友人を失うことになりかねない。

 誰の頭上でも平等に光を放つ太陽。そんな当たり前の存在を失いたくないという想いが男たちを踏みとどまらせたんだ。


 そもそも俺だってこの一年間は彼女に告白する勇気が湧かなかったわけだし。今日みたいに勢いで行かなかったら卒業するまでなにもアクションを起こせなかったかもしれない。

 抜け駆け感謝。恋愛は時に大胆にならないといけないってことだな。

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