第3話──残り496日。恋に落ちる

 私は、高校に入ってからは絶対に誰にも寿命を伝えてやるものかと腹を括っていた。

 私の寿命を知ったらみんな憐れむ。両親も弟も、小学校と中学校の友達も可哀想って目で私を見て、無意識のうちに見下している。

「死なないで」と泣いて嘆いてくれる友達も、心の内で「セツナみたいじゃなくてよかった」と思っているのが透けて見えるのだ。

 ああ、気持ち悪い。

 仕方がない事だったけど、死期が近づくにつれてそういう目が嫌になって、もうすぐ死ぬんだなって事実が心を蝕んでいった。


 死ぬまでの一年半、何をしたってどうせ無駄になる。何か特別な才能があったわけでもない私は、生きた証を世界に残せないと分かっていた。


 夭逝する人は先天的に疾患を抱えているか、寿命の前に病気が見つかるかだ。私は健康体そのもので、そんな気配もなく、来年に死ぬなんて思っても全く準備も心構えも出来ないでいた。

 最期までなんとなくみんなと同じように生きていれば、なんとなくみんなと同じように死ねるんじゃないかって思っていた節はあった。だから、一年半しかいられない高校のために勉強をした。誰も私のことを知っている人のいない高校へ。


 今の高校に入学できたのはラッキーだった。良い意味で他人に淡白な校風だったから、詮索もなくて快適だった。誰も私に興味がない。「可哀想」と言ってくる人もいない。

 私は帰宅部を選んだ。浅い関係性で、死んでも一日で忘れられるくらいの人間関係くらいしか築きたくなかった。影を薄くして、一人で生きて一人で死ぬ。

 悲劇のヒロインはまっぴらごめんだった。


 しかし私は、トワと出会ってしまった。










 トワはクラスの後ろの席だった。社交的で入学数日でほぼ全員と仲良くなっているような圧倒的なコミュ強。私に「可哀想」と言ってくる典型的なタイプだと思って関わりたくなかった。


「何読んでいるの?」

 昼休みにトワは、話し相手に私を求めてきた。私は露骨に顔を歪めてしまった。

「……梨山峠の作品」

 早く消えてくれないかなと思っていた。美人に話しかけられて緊張もするし、トワの存在全てが私に悪かった。

 そんな私の心情を全く無視して……というか、気づきもしないで目を輝かせた。

「梨山峠!? うそ!? 私もその人好き!」

 トワは私の手を握って嬉々として上下に振った。

 梨山峠は唯一私がハマった小説家だ。登場人物が死んでしまうネタ、いわゆる死ネタを扱った恋愛小説を主に書いている売れっ子作家で、梨山峠の作品で人が死ななかったら相当やばいと言われるほどの死ネタ好きで、死ネタ入れないと死ぬ小説家とまで言われている。

 普通、死ネタは後味が悪いから嫌われやすいのだけど、梨山峠は死に行くまでが天才的で、形容できないくらい美しいのだ。

 「寿命が自分で分かって生き方を深く考えられる現代だから、同じくらい死に方にも惹かれるんだ」と、どこかのインタビューで言っていた。まさしくその通りだと思う。特に私みたいな人にとっては。


「私トワ。名前なんだっけ?」

「セツナ、です」

「ですいらないって。ねえ、セツナはどの作品が一番好き? 私はねぇ、『今日死ぬ私のために』」

 奇遇だった。私も同じ作品が一番好きだった。周りは代表作の方ばかり見るから、同じ作品好きな人には会ったことがなかった。

「私もそれ。死に方がとっても好き」だめだ。心を許してしまいそう。

 トワは、私にとどめを刺した。

「わっっかる!! あの作品の死に方が梨山峠の作品で一番好き。好きな人と同じタイミングで死ぬっていうのが最高」

 好きなポイントも一緒だ。それが悔しかった。私が籠絡されやすいのか、トワの距離の詰め方が巧みなのか。声のトーンも話し方も、話している時の表情も心地よかった。

 私たちはその日、駅前のスタバで閉店までずっと語りつくしてしまった。

 「また明日ね」と帰り際にトワが言った。


 トワは理系が得意で文系が苦手。私は文系が得意で理系が苦手。165センチと154センチ。黒髪ストレートと茶髪の癖っ毛。外向的と内向的。クラスの中心と端っこ。

 色々と反対な私たちだったけど、不思議と馬が合った。

 気づけば私たちは周りから見ても「トワとセツナ」で一括りに扱われるようなっていた。それが何となくトワを独占できた気がしてうれしかった。


 浅い関係で人と付き合っていこうと思っていたのに、抑えられないくらいトワは私の中で大きくなっていってしまっていた。トワに惹かれて、この人と一緒にいたいと、離れたくないと思ってしまった。こんな自分はおかしいと思いつつも、トワとの関係は止められなかった。


 結局私は誰かとの自然な関係に飢えていたのだと思う。寿命のことさえ無しにすれば、私は普通の人間と何も変わらない。


 でも、トワに「好き」とは伝えられなかった。それは全部トワのせいだ。

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