てんしさま

芦花公園

  

「おめでとう、りんか。これはすごいことだぞ。名誉なことだぞ」

私がてんしさまの役に選ばれたとき、おじいちゃんはとても嬉しそうだった。

 お母さんの妹も、てんしさまの役だったらしい。

 おじいちゃんの田舎では、てんしさまの伝説がある。

 昔、村で飢饉や日照りがあったとき、外の山からてんしさまがあらわれた。てんしさまはお殿様のところにあらわれて、

「クフィタマウェ・トク・クフィタマウェ」

 と呪文をとなえた。すると、村は豊かになり、その冬を乗りこえられたという話だ。

「りっぱにてんしさまの役をできたら、天国に行けるからね」

 おばあちゃんがそう言って涙を流している。

「天国はどうでもいいけど、今ゲームが欲しいな」

 私がそう言うと、おじいちゃんはにこにこしながら、買ってやる買ってやる、と言った。

 私はその日から本当にてんしさまみたいになんでもしてもらえた。

 学校も行かなくていいし、一日中ゲームをしても、動画を見ても、お菓子を食べても怒られない。友達と会えないのだけは、少し寂しかった。

 一度だけ、学校で、ブスとかバカとか、イヤなことばっかり言ってくるカナメ君が家に来た。

 私はまたイヤなことを言われると思って、

「何で来たの?」

 と言ったら、カナメ君は、

「ゆるしてください」

 と言って、一番大切にしていた野球選手のサインボールを置いて帰って行った。わけが分からなかった。

 てんしさまの役に決まってから一ヵ月がたって、その日が来た。

 私は朝早く起きる。もう皆が待っていた。

 きれいにお化粧をして、白い服を着て、お神輿に乗って、ゆっくり、ゆっくり、神社の前まで運ばれる。

 提灯のある家に着いたとき、おじいちゃんが合図をした。

 私は教えられたとおり、大声で、

「クフィタマウェ・トク・クフィタマウェ」

 と言った。

 おじさんたちの目がきらきらしている。

 おばさんたちがよだれを垂らしている。

 お母さんが泣いている。

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てんしさま 芦花公園 @kinokoinusuki

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