部室と呼吸と斎藤さん

金石みずき

部室と呼吸と斎藤さん

「吉田、いる?」


 部室の扉が開かれると、明るく染められた茶色の髪が顔を出した。斉藤さんは私の姿を視界に収めると「やっぱりいた」と爽やかに歯を見せて笑みを作り、こちらへ歩いてくる。そのまま近くにあった椅子を引くと、躊躇なく私の左隣に並べ置いた。椅子を引きずる音が意外と大きく響き、ついビクリと身を震わせてしまった。するとそれを見ていたらしい斉藤さんがクククッと笑ったのが、そちらを見るまでもなくわかった。羞恥心が耳を熱くするが、せめてもの抵抗に表情は努めて澄ませたまま、目の前の文庫本を注視し続けた。きっと気づかれてるんだろうけれど。


「今日もサボり?」


 自ら引き寄せた椅子に座った斉藤さんが呟く。私は最初のページに挟んであった栞を取り出して今読んでいたページに挟み込むと、文庫本を閉じて膝に重ねた。


「『今日も』って言うけど、今週はまだ、今日しかサボってない」


 真面目に言ったつもりだったけれど、どうやら私の答えは斉藤さんの琴線に触れるものだったらしい。ぷはっと吹き出した後、「いやいや」と肩に手を置かれた。


「月曜なんだから当たり前じゃん」

「まあ、そうだけど。でもほら、月曜って正直しんどいから。学校に来ただけで、褒めてもらってもいいと思う」


 土日に部活動のない私にとって、月曜日というのは必ず休みの次の日ということになる。ということは必然、日曜日を引きずってしまう。月曜日から金曜日まで五日も頑張った後に訪れる休日がたった二日しかないなんて、どう考えてもバグとしか思えない。それなら月曜日は自主休暇にしてしまって、火曜日から金曜日の四日を頑張り、土曜日から月曜日の三日は休むくらいでちょうどギリギリ釣り合いが取れるというものだろう。


 そこまでを大真面目に説明すると、斉藤さんは呆れたような顔をした。


「吉田ってやっぱ変。言ってることは分からないでもないけどさ」

「だったら何で変だと?」

「優等生みたいな顔してるくせによくサボる上に、そんな屁理屈を堂々とのたまうやつのどこが変じゃないって?」

「私は別に……優等生じゃないし」


 斉藤さんの言う通り、私はよくサボる。気分が乗らないとか、体育の後で疲れたからとか、昼ごはんを食べて眠くなったからとか、そんな理由で。だから優等生と言われるのはものすごく違和感があって、なんだか居た堪れず、落ち着かない。


 優等生に見られがちなのは、多分私が地味だから。化粧なんてほとんどしてないし、髪だって真っ黒。制服だってきちんと校則を守っている。ちなみに斉藤さんはしっかりと逸脱している。でもそれが自然に見えるのはすごいと思う。


 最近ようやく私の本性がわかってきたらしい斉藤さんは、事あるごとに私を「変だ、変だ」と言う。言葉だけ聞くとムッとしそうなものだけれど、嫌味な雰囲気を全く感じないので、ただ本当に変だと思っているだけなのだろう。そういうところは、嫌いじゃない。


「前から思ってたんだけどさ」


 斉藤さんの視線が、私の膝――もっと正確に言えば、膝に置いた文庫本に注がれた。


「吉田って、全然スマホ触らないよね。いっつも本読んでるし」


 そう言う斉藤さんは、確かに結構な確率でスマホを触っている。教室で見かけるときも、こうしてこの部室を訪れたときも。もはや斉藤さんとスマホは、切っても切れない関係なのかもしれない。


「そんなことないよ。私も、スマホ結構触る」

「え! 嘘っ!?」


 心底驚いたように、斉藤さんが目を丸くする。なんだか馬鹿にされてるような気がして、ほんの少しだけ、ムッとした。そんなことないのはわかっているんだけども。


「本当だよ。ほら」


 そう言ってポケットからスマホを取り出すと、とあるアプリを立ち上げ、突きつけるように見せる。斉藤さんは「んんんっ」と眉間に皺を寄せて画面に顔を寄せた。


「えー……っと、何かのゲーム?」


「リズムゲー。配信されてる曲はほとんどフルコンしてる。本当なら今も触りたくてずっとうずうずしてた。推しのイベントやってるから、強化素材集めないといけないし……何より、ピックアップガチャの推しの新衣装がまだ引けてないから、石も必要」

「そ、そうなんだ。ちなみにどんな装い?」


 若干引き気味の斉藤さんに、短く「水着」とだけ答える。すると表情が一変し、ぶふっと吹き出してから、実に楽しそうにカラカラ笑った。


 けしかけたのはこちらの方だけど、あんまり笑うもんだから、だんだんと恥ずかしくなってきて「ちょっと、笑いすぎ」と抗議する。


 斉藤さんは目端の涙を拭いつつ、口元は緩んだままだ。


「ごめんごめん。そっかー。でも、なんでそれならスマホ触らないの?」

「今は授業中だから」

「サボってんじゃん」

「そうだけど」


 何と言っていいかわからず二、三秒悩んでから答える。


「確かにサボり常習犯の私だけど、サボることに抵抗がないわけじゃない」

「そうなの?」

「そう。授業に出るのとサボるのの、どっちがマシか天秤にかけて、サボってるだけ。……それで、サボってるのにスマホまで触るのは、なお気が引ける」

「それで、文庫本?」

「うん。これなら心持ち、マシな気がする」


 斉藤さんは「なるほどねぇ」と何度かうんうん頷いた後、「やっぱり吉田は変」と言った。


「そうかな」

「そうだよ」


 その言葉を最後に、なんとなく会話が終了した空気になった。私は文庫本を開き、斉藤さんはスマホを触り出す。しばらくしてから何をしているのかと横目で覗き見ると、SNSを開いていた。今どきの若者が踊って、動画をあげるやつ。いつの間にかワイヤレスイヤホンまでしっかりとつけていた。


 踊ることの何が面白いのかわからないけれど、そんなことを言ったら年寄りくさいとからかわれそうだから言わない。あまり若者らしくはないのかもしれないけれど、私にはどうでもいいことを呟くだけのやつくらいがちょうどいいと感じてしまう。「いいね」をつけないのは、サボってスマホを触っていることがバレないようにするためだろうか。そういうところは、意外と考えてるんだなと思う。


 斉藤さんと出会ったのは、まあクラスメイトなんだから当然教室なわけだけれども、こうして話すようになったのは結構最近で、六月になってからだ。ということは、まだ一か月程度の付き合いということになる。だから別に親友というわけではないし、そもそもこの部室以外で話すことはない。もちろん教室では顔を合わせるけれども、お互いが関わりのない人として過ごしている。斉藤さんの普段の様子を見る限りでは普通に話しかけてきそうなものだけれど、私がそうしてほしくない空気を多分、敏感に感じ取ってくれている。そういう気遣いの出来る人だということが、最近わかってきた。


 じゃあなんでここでは会っているのかと言えば、私が不注意にも見つかってしまったからだ。午前の授業を終えての昼休み終了間際、人目を忍んでこの部室まで来たつもりだったが、どうやら見られていたらしい。


 席に腰を落ち着けて目を閉じ、チャイムの余韻まで聞き終えた後に鞄から文庫本を取り出して開いたそのとき、ガラガラと扉を開けて入ってきたのが斉藤さんだった。サボっているところを見咎められるのか、それとも先生に密告すると脅されるのかと身構えていたところ、「良いとこ知ってんね。わたしもいい?」と返事も聞かないままに、今日と同じように椅子を並べてきた。


 それからなんとなく、ときどき話したり、無言で一時間ほど過ごしてから戻っていったりと、お互い気ままに過ごしている。初めは私の近くに斉藤さんのような人がいるというだけで緊張したものだが、存外この関係性は居心地がいいものだった。それどころか最近では、一人でいるよりも安心感を覚えてしまっているような感覚すらある。連帯感というか。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」みたいな、あれだ。


「で、吉田」


 スマホに目線を向けたまま、斉藤さんが呼びかけてきた。


「何?」


 私も文庫本から目を離さないで問い返す。あと三行ほどでちょうど区切りのいいところだったので、そこまで読んでから本を閉じた。なんとなく今日はもう読む気がしなくて、そのまま近くの机の上に放り出す。


「さっきの『おし』、なんて名前?」

「え?」


 何のことかわからず、首を傾げる。そしてピンときた。ああ、『推し』か。


「鹿波あみ。『鹿』に『波』と書いて、『かなみ』と読ます。『あみ』はひらがな」

「さんきゅー」


 斉藤さんは相変わらずスマホをフリックしたり、スクロールしたりを繰り返していた。聞いているんだか、聞いていないんだか、相変わらずスマホを見たままだ。もしかしたら調べているのかもしれないし、調べていないのかもしれない。まあ、どっちでもいい。知って欲しいとも思わないし、知られてもかまわない。ここで居心地よく過ごせるのであれば、それ以上を求めようとは考えていない。


 そこでちょうどよく、チャイムが鳴った。キーンコーンカーンコーン。


 これで放課後。晴れて自由時間だ。一日中サボり倒した私がこんなこと言うもの変かもしれないけれど、それでも解放感が違う。全然、違う。


 晴れて自由の身になった私は、ポケットからスマホを取り出した。やっとイベントを回せる。


 鞄から取り出したヘッドフォンをBluetoothで接続し「さあやるぞ」と意気込んでさっそくアプリを立ち上げる。プレイスタイルはいろいろあるようだけれど、私は机に置く派だ。少しだけ移動して先ほど文庫本を放り出した机に椅子をくっつけた。集中するつもりで画面を覗き込むと、そのタイミングで私を覆うように頭上から影が落ちてきた。そして、動こうとしない。


「あのー……?」

「何?」

「今から集中するから」


 言外に「あっちへ行け」と篭めたつもりだったけれど、斉藤さんは「うん」とだけ言ったまま、動こうとしなかった。仕方なくそのままプレイするがいまいち集中できず、中盤を超えたあたりでフルコンを逃してしまった。そこで完全に集中が途切れ、後半はガタガタ。辛うじてクリアはしたものの、そんな程度。げんなりして、斉藤さんを抗議の視線で見る。


「うまいじゃん」

「どこが」

「わかんないけど、指すっごい動いてて、なんかキモかった。あ、この『キモい』は『すごい』の意味だから、悪口じゃないよ」


 悪びれもなく言うあたり、本当にそうなんだろう。確かにプレイ動画なんかを見ていると、キモいくらい動くから、気持ちはわかる。そしてそれを実際に口に出してしまうあたりが、斉藤さんだなぁと思う。


 すっかり興が削がれた私は、電源ボタンを押してスマホをスリープにする。すると斉藤さんは「あれ? もう終わり?」と聞いてきた。スマホをポケットに仕舞うことで、返事とする。


 さて、そろそろ帰るか。このままここにいても集中できそうにないし。どうせ部員一人の部活動だ。書類上は活動日だけれど、突然休みにしたところで誰も困らない。


「鍵かけるから、斉藤さんも帰る準備して」

「はーい」


 スマホとイヤホンくらいしか出してなかった斉藤さんは、それらを乱雑にポケットに突っ込んで立ち上がった。二人続けて部室を出る。


 ガチャリと音がして、鍵がかかる。本当なら部室の鍵は職員室に返却しにいかなければならないのだけれど、この鍵はその鍵をコピーしたもので、つまり私の私物だ。そもそもそうでなければ、放課後でもないのに部室に自由に出入りなど出来ない。


「わたしの鞄、教室だ」

「そっか。じゃあ私はこっちだから」


 昇降口と教室は方向が違う。だからというわけではないけれど、斉藤さんとはここでお別れだ。いつもさりげなく距離を開けながら昇降口を目指していたのは、ちょっと面倒というか、気分が重かった。心臓が鉛みたいに重さを増して、私と斉藤さんの間にある空気が粘度を増していくような感覚。クラスメイトなんだからたまたま一緒に歩くことはあるかもしれないけれど、もし友達みたいに見られてしまったら、なんだか斉藤さんに悪い気がして躊躇してしまう。


 じゃあ私と斉藤さんの間にある関係はなんだろうと聞かれたら、困ってしまうけれど。友達と言うには気が重いけれど、二人でいるときだけはもう少しだけ居心地のいい、空気みたいな関係。うーん、難しい。


 だから今日はすっきりした気分で歩ける。そう思っていたら、まさかの斉藤さんから「一緒に来て」と言われてしまった。びっくりして立ち止まる。


「教室行った後、そのまま遊びに行かない?」

「――は?」

「嫌すぎかよ! そんな眉間に皺よせんなし」


 言葉とは裏腹に、斉藤さんはゲラゲラ笑う。


 別に嫌で顔を顰めたわけじゃない。あまりにも意外過ぎただけだ。


「そういうわけじゃないけど」

「なら、良いってことね」


 良いけど、良くない。ちゃんと空気読めるんだから、『けど』のニュアンスまでしっかり感じ取ってほしい。


 多分わかってるんだろうけれど、そんなことは意に介さないまま斉藤さんはスタスタと教室の方へと歩いて行ってしまう。しかたなしに、私もついていく。この季節は、放課後になったばかりのこの時間でも真昼間と変わらないくらい明るい。グラウンドから運動部がウォーミングアップしているのであろう掛け声が聞こえてきた。


 無事に教室から鞄を回収し、一緒に昇降口へ。今日は距離を開けるわけにはいかない。けど、並ぶのもちょっとアレなので、半歩後ろを歩いた。付き人みたいで変に見られるかもしれないなと、他人事のように思った。


「それで、どこに行くつもりなの?」


 校門を出たあたりで、迷いなく歩く斉藤さんに訊ねる。遊びに行くのはともかくとしても、あんまり騒がしいところは行きたくない。というか暑いし、早く涼しいところに行きたい。涼しくて騒がしくないところなら、どこでもいい。


「あー、買い物?」


 けれど、斉藤さんから返ってきた答えはなんだかはっきりとしていなかった。


「なんで疑問形?」

「買い物は行くけど、その後は決めてないから。暑いし、甘いものでも食べながら駄弁りたい、的な感じ?」

「私に訊かれても……」


 目的があって誘ったわけじゃないのか、それとも目的は買い物だけなのか。はたまた、ただ暇だっただけなのか。どれでもあるし、どれでもないような気がした。いつも通り、掴みどころがない。


 とりあえず、会話を繋げるために訊いてみる。


「買い物は決まってるんだ?」

「うん」

「何か買うの?」

「水着」

「水着?」

「そう」

「ふーん」


 会話終了。近々、海にでも行くのだろうか。まあ斉藤さんなら、行ってもおかしくない。友達多そうだし。それにもうすぐ夏休みだ。


 斉藤さんみたいな人は、毎年のように男女何人かのグループで海に行っているに違いない。偏見だけど、大体合ってると思う。そういえばそんな話を、教室でしていた気がする。聞いていなくても声が大きいから勝手に聞こえてくるのだ。教室での声の大きさはそのまま発言力に比例する傾向にあると思う。ちなみに私は終始無言だ。


 と、そんなことを考えていると、斉藤さんがいきなり脇腹を小突いてきた。痛みより衝撃で、よろめく。足を落ち着けてから睨みつけると、斉藤さんは悪びれもなく言った。


「吉田と海行こうと思って」

「え、いやいやいや……」


 驚きつつ、手を振って否定する。一体何の冗談だ。こちとら正真正銘のインドア派だぞ。海なんかで太陽光を浴びていたら燃え尽きて死んでしまうだろうが。


「あー、焼けちゃうか。肌真っ白だし。なら、ナイトプールの方がいい?」

「ナイトプールなんて私みたいな人種が行くところじゃ……――じゃなくて! なんで突然そんな話になってるの?」


 急展開すぎてついていけない。これが友達の多い人には当たり前のノリなんだろうか。人付き合いの経験値が少なすぎて、よくわからない。


「可愛い水着とか着たら、アガんじゃん?」

「んん?」

「さっきの子、えーっと……鹿波あみ……だっけ? あの子が着てたみたいな水着、好きなのかなって。だからそういうの着て二人で遊ぶのもいいかなーみたいな?」

「いや、あれは……」


 好きなのはキャラであって水着ではないし、例え浴衣でも制服でも私服でも、出るまで引いただろう。それに推しが着てるから可愛いのであって、別に私が着たいという気持ちは全くない。


 ということを説明すると、斉藤さんは「ふーん?」と、またわかってるんだかわかってないんだかわからない返事をした。ファッション誌と同じように考えているのかもしれない。推しのモデルと同じ服を着てみたい、みたいな。いや、あんまり読まないし、わからないけれど。


「ま、いいや」


 斉藤さんが、あっけらかんとした表情で言った。


「じゃあプールじゃなくてもいいからさ、夏休みもたまには遊ぼうよ。買い物でもバーベキューでもご飯でもカラオケでもなんでもいいしさ」

「……バーベキューは勘弁して。遊ぶなら屋内。それならギリギリ、行けなくも、ない、多分」


 私の歯切れの悪い返事に、斉藤さんは「りょ」と短く返してくる。機嫌良さそうに腕を頭の後ろで組んで口笛を吹いているあたり、満足したようだ。けど。


「私と遊んでも、ノリ悪いし、楽しくないと思うよ」


 恐る恐る言う。昔から何度も、そういうことがあった。そんなことが何度もあって、徐々に人と関わることを減らしていくと、いつしか『みんな』でいられなくなっていた。みんなと一緒に教室にいれば否が応でも誰かと関わらなければならない。それが苦しい。私にとっての教室は海の中であり、あの部室はひと息つくための島なのだ。


「いーよ、そんなの。だってそれが、吉田でしょ」


 そんな私をわかってか、わからずか、斉藤さんは実にあっさりと頷いた。そんなことないよと言われなかったことが、私の在り方を肯定してくれたように感じられた。不意に鼻の頭がツンとして、耳が熱を持った。こっそりと、半歩後ろからアスファルトに青く貼りついた斉藤さんの影へと視線を落とすと、ほんの少しだけ滲んで見えた。海の中に手が伸びてきて、引っ張り上げられているような、そんな気がした。


「放っておくと吉田、夏休みの間、一回も会わなそうだし。やっぱ高校生なんだから、遊んでなんぼじゃん?」


 いつの間にかこちらを振り返っていた斉藤さんが、そんなことを言う。


「一日外に出たら、せめて三日は家にいたい」

「なら、家行くわ。お泊り会しよ」

「勘弁して……」


 口では否定しつつも、遊びに行くと言われたときより要求は重くなってるはずなのに、今度はそれほど抵抗がなかった。いや、三日は掛け値なしの本音だけど。ここだけはこの先どんなに仲良くなっても、例え『友達』と呼べるようになっても、変わらないと思う。それでも、斉藤さんと一緒にいるのはきっと、悪くない。


「じゃあ今からどこ行こっか。水着はいらなくなっちゃったし、さっそく甘い物食べに行く?」


 そういえばそんなことも言ってたっけ。水着のインパクトで忘れてた。けどせっかくだし、私も考えてみようか。歩きながら考え、思いつく。そしてそのまま、口に出す。


「それなら、あれ食べたい」

「お? なになに?」


 斉藤さんが目を輝かせて私の方を見る。まさか私に提案されるとは思ってもみなかったのかもしれない。何を言っても受け入れてくれそうな、安心感があった。だから私も安心して、希望を口に出す。


「あんみつ。美味しいお店、知ってるから」


 すると斉藤さんは面を食らったようにぽかんとした後、くつくつと笑った。


「高校生があんみつって……やっぱ吉田ってちょっと変。けど、いいよ、行こ! 案内して!」


 変だっただろうか。美味しいのに。まあ、いいか。きっとあのあんみつを食べれば、斉藤さんも考えが変わるはず。


 そう前向きに考えた私は一歩前に出ると、斉藤さんの横に並び、あんみつ屋へと向かった。


 いつも一人で行くときより、どこか弾んだ心を自覚しながら。

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部室と呼吸と斎藤さん 金石みずき @mizuki_kanaiwa

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