第5話 痛いのは、イヤです……

「……はぁ」//ため息


「えっ、なんでもないです……。大丈夫……です……」


「本当に、なんでもないですってば……。具合も悪くありません……」


//少しの間


「……はぁ」//ため息


//SE ゲーム機を机に置く音


「あれ? 先輩、もうゲーム終わったんですか? 今日は早く寝る? そうですか……」


//SE クローゼットを開ける音


「えっ、あっ。そうですよね……。ここにいると、邪魔ですよね……」


//遠ざかる足音


「……はぁ」//ため息


「えっ? 本当に、本当に、なんでもないですってば……。先輩は、布団を敷いてください……」


//SE 布団を敷く音


「準備、できましたか……? それじゃあ、今日はもう、寝ますか……」


「うんしょ」


//SE ベッドに入る音


「電気、消していいですよ……。おやすみなさい……。先輩……」


//SE 電気を消す音


//しばらくの間


「えっ、今日は、こっちに来ないのかって……」


「……」//迷うように


「先輩……、後ろ向いててもらっていいですか……?」


//SE 布団の擦れる音


「うんしょ」


//SE ベッドから起き上がる音

//SE 布団の中に入る音


「……はぁ」//元気のないため息


「あっ。こっちには向かないでください……。そのまま、私に背中を向けててください……」


「ごめん……なさい……」//元気のない声で


//少しの間


「えっ? 今日は元気がないって? そんなこと……ないですけど……」


「なにかあったのかって……?」


「……」//迷うように


「先輩……」//後ろから呟く声


「私、怖くなっちゃったんです……」


「……」//言おうか迷っている


「先輩が優しいのは知っています。でも……。もしも、もしも、先輩が……」


「トコジラミだったら、どうしよう……っ!」//切羽詰まる声で


「トコジラミって知ってますか? カメムシの仲間で、五ミリから八ミリの小さな昆虫です。家の中に潜んでいて、人の血を吸うこともある虫なんです。日本では『南京虫なんきんむし』とも呼ばれています」//いつもの解説口調だがちょっと元気がない


「トコジラミのオスの交尾器は、注射器のように尖っています。オスはメスを見つけると、強引に背中に乗っかって、メスの交尾口ではなく、腹部に直接その注射器のような交尾器を突き刺して交尾をするんです」


「実はメスには、腹部の右脇腹にあたる場所の一部に、小さな切れ込みが入っているんです。ちゃんと、刺してほしい場所があって、オスはそこめがけて交尾器を刺すみたいですね。その後、オスの精子は、メスの体液をめぐって、卵と受精するそうです。ちなみに、オスのアプローチは執拗しつようで、時には間違えて別の場所を刺してしまう例も見られるそうです」//だんだん早口に


「どうして正規の交尾口ではなく、体に直接刺して交尾をするのか。その謎はまだ解明されていないみたいですが……」


「私、怖くなっちゃったんです……! トコジラミのメスには、刺される覚悟ができているみたいだけど、私には、なんの準備もできてません!」


「痛いのは、イヤです……! 怖いです……!」


「先輩がもしも……もしも、トコジラミだったら……っ」//涙を堪えるように


//SE 布団が擦れる音


「先輩? こっち、向かないでくださいってば……」


「……」//怯えるように


「……いやっ!?」


「……っ?」//びっくりするように


「せん……ぱい……?」


「頭、なでてくれるんですか?」


「……」//安心したように


「そうですよね。先輩は優しいですよね」


「……」//嬉しそうに微笑む


「私も、先輩の頭、なでていいですか?」


「よしよし、よしよし……」


「先輩?」


「……」//恥ずかしそうに


「大好きです」//小声で呟く





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