[2] 再会

「お姉ちゃん、何かあったの!」

 その大声と同時に執務室の扉が勢いよく開く。

 短く切りそろえた明るい金色の髪にきらきら輝くトルマリンの瞳。その外見にたがわず非常に活発で元気な少女。私の4つ下で今年で16だったか、そろそろ少しは落ち着いてほしいところ。

 チェルシー、私の妹にして、私を除いた場合、もっとも聖女に近いとされる人物だ。


 遅れて開いたままの扉からもう1人が顔を出した。

 端正な顔立ちの一方、黒一色の瞳は意志の強さを感じさせる。チェルシーとは対照的にこちらは会わないうちに多少はしっかりしてきたようだ。妹と同い年のはずなんだけど。

 ダレル、王子で教会に関する王国側の責任者、ついでに言えば妹の婚約者でもある。


 東部地域の黒紅の森周辺で浄化活動を行っているという話だったから、もうちょっと時間がかかると思っていた。早く来る分には何の問題もない。

 無理のない範囲でのんびりやってた仕事は切り上げ。2人をソファーに座らせつつ私は手ずからお茶を入れた。王族に出すようなものではないがそんなことで文句は言わないと知っている。

「とりあえず2人ともわざわざ来てくれてありがとう」


 私は2人の正面に腰を下ろした。

 だいたい1年ぶりだ。前までは妹とはもちろんダレルとだってほとんど毎日会っていた。幼馴染のようなものだったから。まあ私は2人が婚約するまでそういう関係だとは気づかず過ごしてたが。

 私が聖女になって会える機会はめっきり減った。別段そういう規則があったわけではなく私が忙しすぎただけだ。いや私だけじゃない、向こうだってそうか。


「辺境はどう?」

 本題に入る前に世間話から。

 よく考えれば彼らにとっては仕事の話だし、私にとっても仕事に関係する事柄だけど、とにかく本題の前に彼らの近況を聞いてみた。妹がまだ若干興奮状態なので。

「楽しかったよ。おしいものたくさん食べた。お姉ちゃんにお土産もあるよ、後で見せるね!」

「チェルシーのおかげで結構なスピードで浄化は進んでいるが予想以上に闇の浸食が激しい状況だ。詳しいところは報告書にまとめておこう」


 周辺地域における凶暴化生物の討伐と汚染地域の浄化。2人でいっしょに仕事をしていたはずなのに感想がこうも違うのはなんなのか。

 性格が違いすぎてうまくやっていけるのか不安になるが、昔からこんな調子だったし私が心配することじゃないだろう。それどころか2人の距離が前より縮まってる気がするし。

 チェルシーはとにかく聖魔術の展開速度が速い。だいたい私の3倍ぐらい。前線で戦うのに非常に向いている。その他の面では私が勝ってるので姉としての威厳は保てていると思いたい。


 いろんな地域を回って見たこと、感じたこと。妹の話を聞きながらゆったりとお茶を飲む。そう言えばこんな時間をまったくとれてなかったな。底にたまってた疲労がゆるやかにほぐれてく、そんな気がした。

「ところでそろそろ僕らを緊急に呼び出したわけを聞きたいのだけれど……」

 姉妹の語らいにダレルが遠慮がちに口をはさんできた。実にもっともな意見だ。

 むしろダレルは上に立つものとして多少強引な意見でも堂々と言えた方がいいんじゃないかろうか。そんなことを私はちらりと思ったが、話がこれ以上ずれてもしょうがないので言うのはやめておいた。


「先日、私は朝起きることができなかった。原因は仕事のしすぎ」

 本題に入るからにはずばっと要所に切り込むことにした。

 それを聞いた妹は隣に座っている王子をぎっと鋭くにらみつけた。

「どういうことよ?」

 教会は独立した機関であるが王家からの干渉を受ける。言ってみれば聖女まわり教会まわりの責任者みたいなものであるダレルに矛先が向かうのはそんなに間違ってはなかった。


「チェル、落ち着いてくれ。僕にもよくわからない。こちらで仕事を増やしたという話もないはずなんだが」

 ダレルは戸惑いながらも必死に言葉を紡ぐ。

 彼の言うことは正しい。王国側から聖女に対して無茶な仕事を押しつけてきたという事実はない。

「先代聖女も確かに忙しい方ではあったが体調を崩されたことはなかったと記憶している。どうしてそんなことになったんだ?」

 チェルシーの発した質問は巡り巡って私の方に向かって来た。


 そう言えばそうだ。私が聖女になったばかりの頃は慣れない仕事でわちゃわちゃしていたが、忙しすぎて夜も眠れないというようなことは決してなかった。

 徐々に慣れてきてなんとか業務を回せるようになってきて時間的余裕も生じたぐらいだ。思い出してきた、それが原因だ。人と話していると脳内が整理されていい考えが浮かぶというのはこういうことか。

「一番最初は執務室の内装だった。人に頼むより私がちゃんと立ち会った方がいいものができると考えたのよ」


 いきなり何を言っているのかという表情を2人はしていた。けれども一度動き出した私の思考を止めることは私にもできなかった。

「次は王都の防衛装置ね。だいぶ古いものだったから新しいものに更新しようって話だったんだけど、これも全体が見えてる私がやった方がいいものなるって思って、それから――」

「ちょっと待って、お姉ちゃん! いったい何の話なの?」

 延々と話しつづけることになりそうだった私をチェルシーが無理矢理止めてくれる。

 危ない危ない、話が長すぎる上に関係ないとろこに入って大幅にずれてしまう寸前だった。


「要するに」

 結論は驚くほど単純なものだ。私は2人に向けて全力で深々と頭を下げた。

「私が自分で仕事を増やしたせいで過労に陥りました。迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

 2人が呆れた目で見てるのがわかってたので、私はしばらく顔を上げることができなかった。

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