第9話 松代にて(繁信15才)

空想時代小説


 宮城県蔵王町に矢附という地区がある。そこに西山という小高い丘があり、その麓に仙台真田氏の屋敷があったといわれている。ただ、真田信繁(幸村)の末裔とは名乗れず、白石城主の片倉の姓を名乗っていた。その真田の名を再興するべく、信繁の孫である繁信が活躍する話である。


 夏の盛りに、繁信は松代についた。松代城に出向いたところ、すでに江戸から連絡がきていたらしく、近くの真田屋敷に案内された。そこには、城代家老の真田源斎がいた。城主である真田幸道の叔父である。藩祖真田信之の末子である。繁信から見れば、父守信の従弟にあたる。

「城代家老の真田源斎である」

「お初にお目にかかります。仙台藩士片倉小十郎の家来片倉源四郎繁信でございます」

「本名は、真田であろう。その裃の家紋はわが家と同じ六文銭ではないか。殿からの書状にも書いてあった」

「ご存じでしたか。父守信は、幼名を大八といい、真田信繁の二男でありました。姉阿梅の方を頼り、白石に参りました。そこで、片倉の姓をいただき、仙台藩に仕えておりました」

「うむ、そのことは父信之から聞いておった。一度会ってみたいと思っていたが、幕府が許すわけがなく、あきらめていた。この度は、そなたに会えてうれしいぞ。して、携えた文は?」

「はっ、これに」

と懐から書状をだし、お付きの武士に渡した。真田源斎は、それをうなずきながら読み、口を開いた。

「ここには、小十郎殿からそなたの処遇について書かれておる。簡単に言えば、お主の人柄や力量を見て、ここで面倒を見てくれぬか? ということじゃ」

「私に松代に仕官せよということですか?」

「わしが認めればな。小十郎殿にすれば、部屋住みのお主を仙台藩においても真田屋敷の留守居役にしかなれぬ。それよりは、新天地で羽ばたかせたいというお考えじゃ。見放したわけではない」

「そうですか。仕官するにしても、母のことが心配です」

「であろうな。もし、仕官することになったら母も連れてくればよいではないか」

「そこまで、ご配慮いただければ幸いに存じます」

「では、そなたの力量を見せてもらおう。これ、村上を呼べ」

と真田源斎はお付きの者に命じた。繁信は木剣を与えられて庭先に出た。そこに立ち合い姿の武士がやってきた。

「この者は、村上和之進という。かの猛将村上義清公の末裔じゃ。今は講武所の師範をしている。この者とどの程度戦えるか、見せてもらおう」

「はっ、わかり申した」

 まずは、中段の構えで向かいあった。村上は偉丈夫で、背丈は六尺(180cm)を超えている。繁信も五尺五寸を超す当時では大きい方であったが、五寸(15cmほど)の違いは大きかった。繁信が一歩前へ出ると、村上は一歩引く。右に動けば左。

 お互いに間合いをとって、なかなか撃ち込まない。撃った方が不利になることは明白だった。村上からは撃ってこない。と感じとった繁信は、上段の構えをとった。身長の低い方が上段をとるメリットは少ない。偉丈夫の村上にとっては、相手が上段をとるとは思っていなかったのだろう。一瞬の迷いがでた。相手が小手にくるのではないかと剣先をやや右にずらしたのだ。

 そこを繁信は見逃さなかった。左手一本で、村上の面をねらった。村上は、意外な技に驚きながらも身をのけぞらせ、繁信の木剣を下からすりあげた。そして、その返しで繁信の胴をねらってきた。繁信は想定範囲内のことなので、体をかわし、村上の攻撃を避けた。

 繁信は確信をもった。偉丈夫の人間は、頭の防御が薄い。いつも自分が上から叩きおとしているので、撃たれることに慣れていないのだ。ねらうは村上の頭。後は、村上が撃ってくる瞬間をねらうのみ。村上がじりじりと間合いを詰めてきている。繁信もそれに合わせて引いていたが、後ろがなくなったところで、足を止めた。

 村上は、繁信の木剣を時計まわりにからめて、面をねらうと見せて胴を撃ってきた。繁信はここぞとばかりに足を屈伸させ、上にとびはねた。村上の胴撃ちは、繁信の足をかすめた。(勝った!)と繁信は思って、大上段から木剣を撃ちおろした。

 しかし、村上もさる者、体をかがめ、両手で木剣を持ち、頭を防いだ。繁信の木剣は村上の木剣に激しく当たった。しかも剣先から一尺(30cmほど)のところで、折れてしまった。

 着地した時には、村上の木剣が繁信の首筋にあった。

「それまで!」

真田源斎の言葉で、二人はひざまずいた。

「見事な立ち合いであった。村上、あぶなかったの」

「はっ、頭をねらわれるとは思いもしませんでした。繁信殿はまるで小天狗のようでありました」

その言葉に真田源斎はうなずいていた。

「まさにそのとおりじゃの。繁信殿、そなたの剣の師匠はだれぞ?」

「はっ、片倉小十郎殿の家臣で、我妻出羽という方です」

その名を聞いて、真田源斎は怪訝な顔をした。

「真田の庄に我妻という草の者の頭領がいる。その血筋かの?」

「師匠の父の名は、我妻佐渡といい、父大八を京都より連れ出した家臣の一人であります」

「やはりな。お主の剣法は、真田流なのだ。村上の剣とはまるで違うな」

「村上殿は剛剣でありました。真剣ならば難しかったと思います。ここに来る途中、上田の宿で立ち合いをした方も村上と名乗っておりました。やはり剛剣でありました」

その言葉に村上が反応した。

「その者の名前は?」

「たしか、村上吉右衛門と名乗ったような。講武所の師範代と言っておりました」

「わが弟でござる。松代を抜け出し、上田におったか?」

とやや怒り気味だったが、内心は喜んでもいるようであった。

 その夜は、真田屋敷に泊まった。久しぶりに湯に入ることもでき、のんびりすることができた。

 だが、屋敷の外では、村上和之進が3人の武士と対峙していた。

「お主ら、真田屋敷に何用じゃ?」

3人は、無言で刀を抜いた。

「曲者じゃな。覚悟せい」

と、村上は襲いかかってきた二人の武士をまたたく間にたたき斬った。残りの一人は、そそくさと逃げていった。

「幕府の探索方か? 繁信殿を尾けてきたか?」

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