第2話 矢附村にて(繁信12才)

空想時代小説 

 

 宮城県蔵王町に矢附という地区がある。そこに西山という小高い丘があり、その麓に仙台真田氏の屋敷があったといわれている。ただ、真田信繁(幸村)の末裔とは名乗れず、白石城主の片倉の姓を名乗っていた。その真田の名を再興するべく、信繁の孫である繁信が活躍する話である。


 繁信は、幼名を弁四郎丸といった。祖父の真田信繁(幸村)の幼名が弁丸といったので、その一字をもらい、4月生まれなので、四郎という名を付け加えたのである。父の守信にしてみれば、長男の辰信は片倉の名を残すが、二男には真田由来の名を残したかったからである。

 弁四郎丸は、仲間から「弁丸」と呼ばれていた。矢附村の面々は、弁四郎丸が「日の本一の兵」の孫とは知らない。白石の片倉家の縁戚の者と皆思っているのである。ましてや、弁四郎丸は、仲間内では大きな顔をしているが、結局は部屋住みの二男坊には変わらない。いいところ、仙台藩のどこかの家臣に養子にいくのが関の山なのだ。

 時々、白石城主の片倉小十郎と母である阿梅が、矢附の片倉(真田)屋敷にやってきていた。当主の守信が不在の時に来訪することもあり、実質的な館の主のお勝は、いつもてんてこまいであった。二人の目的は、弁四郎丸の成長を見ることであった。弁四郎丸の師には、片倉小十郎の家臣が派遣されている。学問は、白石清林寺の出である三井丹後(30才)、武芸は曲竹の我妻家の出である我妻出羽(28才)が担当している。明らかにはされてはいないが、二人の先祖は真田信繁(幸村)の家臣であった。

 弁四郎丸は、学問はそこそこだったが、武芸にはすぐれた才能を示していた。たまに小十郎と手合わせをすることがあったが、10回の内、1回ぐらいの割合で撃ち込むことができるようになっていた。負けん気は、人一倍だった。その二人の立ち合いを、縁側で阿梅(72才)が、微笑をうかべて見守っていた。阿梅は、真田信繁(幸村)の娘である。大坂の陣の際、政宗にかくまわれ、その後、2代目片倉小十郎の後室となった。3代目片倉小十郎は、縁戚の子どもで幼い時に養子として迎えられたのだ。阿梅はまさに育ての母であった。阿梅は、弁四郎丸の姿に父信繁を見ていた。身近では高野山九度山の父しか見ていないが、大坂の陣での活躍を見聞きして、誇るべき存在だった。輿でしか移動できない阿梅にとっては、一刻(2時間ほど)で来られる矢附村は、ほどよい距離であった。仙台までは一日かけていかなければばらず、老体の身にはつらいものであった。

 まだ残暑がある秋口のある日、小十郎は予告なく矢附の屋敷を訪れた。近習3人だけを連れた遠駆けである。馬を屋敷の下男にあずけて、弁四郎丸がいるはずの書見の間に行ったが、そこでは三井丹後だけが一人書物を読んでいた。

「丹後、弁四郎丸はいずこに?」

「これは殿、いらっしゃいませ。弁四郎丸殿は、まだ参りません。半刻(1時間)ほど待っておりますが・・」

「また、とんずらか? 困ったものだ。お勝を呼べ」

そこに、家来に呼ばれた女主人のお勝がやってきた。かしこまった姿勢で、小十郎の顔を見ることはなく頭をさげている。

「殿様、いらっしゃいませ」

「お勝、弁四郎丸はどこじゃ?」

と、にらみつけるように問うた。

「おそれいります。朝に、近隣の小僧たちがやってきて、宮村と水あらそいじゃと、河原へ行きもうした」

「またガキどものケンカか? あきれた連中だ。・・よし、丹後、いっしょに参れ」

と、小十郎は供の者と丹後を引き連れて、矢附村と宮村の境に流れている松川のほとりに向かった。川の土手につくと、下流で川をはさんでガキどもが石つぶてを持ってにらみあっている。対岸には100人ほどのガキどもが一列に並んでいる。年のころは10才から15才ぐらいだろうか? 百姓の子どもたちが多いが、中心は武家の元服前の子どもたちであった。ほぼ中央に大将らしいガキが怒鳴っている。

「矢附のガキども! こたびは松川をせきとめ、矢附に水を余計に引いたのはけしからん。こらしめてやる!」

と口上を述べている。

「あれは、だれの子じゃ?」

「我妻監物の二男坊でござる」

「あの監物の息子か? 今いくつじゃ?」

我妻監物は、小十郎の側近であった。

「来年、元服の予定で、14でございます」

「弁四郎丸の二つ上か、どう戦うかの?」

「殿、止めぬのですか?」

丹後は、いぶかしがって尋ねた。

「見ものではないか。せいぜい石があたって、ケガをする程度だろう。弁四郎丸がどのように戦うのかも兵法のうちではないか」

と小十郎は鷹揚に応えた。

「しかし、矢附の方は半分にもなりませぬ」

と改めて聞くと

「人数が多いからと勝つわけではない。むしろ、数が多いと油断が生じる。見てみよ。矢附の者は、中央に固まり、鋒矢(ほうし)の陣を取ろうとしている。宮村は、一文字だから横陣(おうじん)か鶴翼(かくよく)の陣かな。それにしては、左右の陣に指揮官はおらぬようだが・・それに見てみろ。矢附のガキどもの中には板を持っている奴がいるぞ。あいつらが防御にあたり、中央突破すれば勝機があるのではないか。それを教えたのはお主ではないのか?」

「たしかに、川中島の武田と上杉の戦いに似てまするが・・・川をはさんでおりますので攻めるのは無理があるかと・・・」

「そうかな? まずは見てみよう」

と近くの石に腰かけて、ガキどもの争いを見物し始めた。


 お互いに、悪口の言い合いのような口上を述べ終わると、矢附のガキどもが川を渡り始めた。水は深くても膝程度しかない。石の上を行けば、あまり濡れずに渡ることができた。宮村のガキどもは一斉に石を投げ始めたが、左右に散らばっているガキどもは年少の者も多く、石は矢附のガキどもに届かなかった。中央に集まろうとしても、土手は狭く横移動は難しかった。川を渡り終えたところで、矢附の方からも石つぶてがとび始めた。宮よりも遠い距離から飛んでいる。

「丹後、見てみよ。矢附のガキどもは小さい石をたくさん持っているようだぞ。威力は少ないが、遠くから投げられるし、命中精度も高い。宮村のガキどもは大き目の石を持っているが、届かないのでは意味ないな。おっ! 矢附の先鋒が板で防御して宮の本陣を攻めたてたぞ。宮村の大将の親衛隊が逃げ出したではないか」

 宮村のガキどもは、中央部の本陣が攻められ、何人かが逃げ出した。大将の我妻監物の二男坊は、大声でわめいているが、逃げ始めた者が出てくると雪崩が起きたように散り散りになっていった。ついには、大将も逃げ出した。

 矢附の面々は、圧倒的多数の相手を倒し、「エイエイオー」と勝ちどきをあげている。これでしばらくは、水のことで文句を言ってこないだろう。と意気揚々と引き揚げていった。ただし、家に帰ってからお勝と三井丹後から弁四郎丸がこっぴどく叱られたのは言うまでもない。小十郎だけは、頼もしい若者が育ってきていると感じていた。

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