第2話 気づかれる

話は、時を少しさかのぼる。


神々の神殿にて。人間の世界の長さで一年ごとに、神々が集う集会が開かれていた。どんな神だろうとこの集会に集い、献上された酒を酌み交わしながら、世界の今後を取り決めていくのだ。


この集会の為だけの建物には、全ての神々に席が用意される。建物の中は巨大な講堂のようになっていて、上座からゼウスやヘラを筆頭とした上位の神がならび、末席になるほど力のない神が座ることとなっていた。


そんなこんなで今年も、集会の季節である。


「よし、皆のもの集まったな!では、それぞれ手元の盃を手に取っていただこう…今年も、世界の平和と秩序を願い、ここに集会の開始を宣言する!」


一番上座、この場の誰よりも豪華な椅子に座っていた最高神ゼウスが立ち上がり、開始の宣言を叫ぶ。その声はどこまでも力強く、巨大な講堂に響き渡った。それからは議題ごとに時間を取り、いたって真面目な話し合いが始まる。酒を飲んでいるからといって、けっしてくだらないことばかり話すわけではないのだ。そして神々だとて、争いごとは起こすもの。時には冥府のハデスを裁判長に公平な裁判を行いながら、集会はつつがなく進行していった。


「ではこれより、人間に関する議題を取り上げる。なにか地上でのことで言うべきことがあるものはいるか?」


議長でもあるゼウスが人間という議題を口にした時、場の空気は一気に張り詰めた。


人間。それは今、最も問題児な生物であった。神々によって生み出された、神とそう変わらない作りの非力な生物。命を持ち、心を持ち、時に創造主に逆らう大罪を犯す生物。地上を這うように暮らす、男だけの生物であった。


「恐れながら申し上げます。私が思うところでは、ここ最近、罪を犯すものが増えているかと存じます。特に、他者を妬むものが増えているかと…」


末席の方から、遠慮がちな声が上がった。声の主は、世界に生まれて間もない、まだ名前もない少年神。恐る恐るといった感じで、控えめに手を上げ、少し震えた声で進言した。


「む、それは由々しき事態だ。その話、詳しく聞かせよ。」


ゼウスは眉を顰め、少年神の進言を取り上げる。


「は、はい!私の進言を取り上げていただき、ありがとうございます。さ、最近といっても、ここ数年で一気に増えたのですが…。私が管轄する地域において、他者の能力を羨むものが多くなり始めたのがきっかけでした。他者の自分にない部分を見て、羨むこと自体は罪ではありません。それをきっかけに努力すれば、良い報告もできましたが…。ともかく、他者の能力に羨望を持ち、その結果他者を殺めるものまで出始めました。言い争いが増え、争いで悪戯に殺しをするものまで…罪人があまりに増えすぎているのです。生まれたばかりでの私では、争いの広がりを止めきれず。ふがいないことですが、皆様の力とお知恵をお貸し頂たく進言した次第でございます。」


少年神の進言を聞き、ゼウスは悲壮な顔をする。


「そのような悲しきことが…。しかしだ、そう簡単に人間同士で殺めあうなど、今までになかったはずだ。なにか裏があるのではないか?どう考える、皆で好きに言ってくれ。」


その一言で一斉にざわつく神々。


「ただ人間が愚かなだけではないか?」


「いやいや、それだけでは同族を殺めるなどできまい。言い争うくらいがせいぜいだ。殺しが出ているという以上、神ではない何かが関わっていると見るべきでは…」


そんななか、一人の神が勢いよく手を挙げた。


「皆さん、わたくしの言うことに、どうか驚かないでくださいまし。わたくしは最近になって、恐ろしいものを目にしました。この世界に、罪の具現化が起こっているのです!」


手を挙げたのは、一人の少女神。その手は震えていて、よほどの気力を振り絞っているのだとわかる。この発言を、ヘラが聞きとがめた。


「それはどういうことなのです?わたしたち上位の神でも知らぬうちに、地上の理が狂っているということですか?詳しく説明なさい。」


ヘラの声に怯えつつも、少女神は話した。


「はい、ヘラ様。わたくしが目にしたのは、確かに異質なものでした。紫の長髪、狐のように吊り上がった黄色の瞳を持つ女悪魔でした。いえ、悪魔ではないかもしれません。ともかく、その女は宙に浮いて、人間の肩に手をかけながら、『あいつを羨み妬むがいい』と呪詛のように呟いていました。その女に取りつかれている人間は虚ろな目で『あいつがうらやましい、妬ましい』と異常なほどに繰り返していました。あの女が悪魔でないのなら、まさしく罪そのものでしょう」


少女神は震えながら話し終えた。神々はこの話に再びざわめく。


「そのようなことがあるものか!あの神は錯乱しているのではないか?」


「しかし悪魔が地上にいるならば取り払わねば。人間は脆く、弱いのだから、私らが守ってやる他あるまい。」


「その罪の具現化の女、さしずめ『嫉妬』といったところか。だいぶ非道なことをしてくれる。」


好き勝手に意見が交わされていた、その時。


「静まれええええええええええええええいいいいいいいいいいいい‼‼」


ゼウスの大声が轟いた。一同、押し黙る。


「はあ、大声を出させるでない。皆のもの、落ち着け。話に嘘偽りなどないだろう。この場で嘘を吐くことなど、この我が許さぬからな。ともかく、その女が何者か確かめようではないか。アレス!軍神たるお前なら、どうにでもできるであろう。その女を粛清してこい!ヘラ、ヘパイストス、集会が終わったら我と一緒に働いてもらおうではないか。その女を閉じ込め、正体を暴く準備をするぞ。」


「承知仕った。必ずやその女、成敗してくれる。」


「わかりましたわ、あなたが言うのなら、喜んで従いましょう。」


「了解いたしました。女を閉じ込める部屋でも、拷問する器具でも、なんでもお望みに応え、こしらえて見せましょう。」


ゼウスの指令に、アレス、ヘラ、ヘパイストスがそれぞれ了承の意を示す。


その後は特に大きな乱れもなく、集会は終了したのだった。


なお、ギリシャの神々が集会の後に三日三晩の宴を楽しんだのは言うまでもない。

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パンドラ 鉄 百合 (くろがね ゆり) @utu-tyu

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