第44話 First Encounter

“トゥルーマン”。装甲車には、そう書かれていた。

「とっとと乗れ」

手錠をつけたまま、私は米兵に囲まれながら装甲車の荷台のようなところに乗った。席の両隣にはライフル銃を持った兵士が座っている。反対側には中佐が座った。

「これから、君たちが言う“とっておきのばしょ”に行く」

がたいのいい兵士が外からドアを閉め、車は走り出した。窓はなく、唯一の明かりは天井にある蛍光灯のようなものだけだ。

「ここまで、お疲れ様」

中佐が私の方を見つめて言った。少し皮肉交じりの言葉だった。

「……」

なんて言おうか。言葉が思いつかない。急な展開と、全員の拉致。中佐はこの物語を破綻させようとしているのだろうか。“主人公が勝ち、軍隊が負ける”という言葉は、いったい何だったのだろうか。

次々と湧き上がってくる疑問。果たしてこれら全てが“終わり”までに解決するだろうか。疲れもあってか、体中を無力感が包んでいる。

「何気を落としてるんだ。君は人類の主人公として、人類の進化に貢献するんだぞ?」

「……」

黙って足元を見つめる。本当に私は主人公なのだろうか。本当は、違うのではないだろうか。

「そんなに自分に質問するのが好きなのか?」

「……いいや。大嫌いだよ」

「じゃあ何でそんなことをする」

「……わからない。わからないからさ」

「……フフッ……そうか」

自分って、何だ。この世界って、何だ。考えても考えても答えにたどり着かない。

「……好きな映画があってだな」

中佐が新しく話を始めた。こういった空気が嫌いなのだろう。

「“2001年宇宙の旅”って映画だ」

「……」

名前だけは聞いたことがある。有名なSF映画だ。

「ガキの頃見て驚愕してな。それ以来ずっとだ」

「……」

相槌一つ返すことはない。

「人類の進化を描いた作品なんだってな。初めて見たときはわからなかった」

「……」

……人類の進化が何だっていうんだ。このままでも十分幸せに暮らしていけるじゃないか。

「君はボーマン船長だ」

「……」

彼が何なのかはわからないが、私はその人ではないような気がする。

「科学は……」

また切り替えた。

「原子力爆弾で星の源を利用し……ワープ装置で空間を操り……タイムマシンで時間を旅し……とうとうライターを手に入れ、完全体となるんだな」

中佐はどこか嘆くように言った。

「……」

目を細め、床を見つめる。

「……そうか。なら寝てろ」


舗装されていない岩肌を走り、ようやく“とっておきのばしょ”に着いた。

「よし。降りろ」

ドアが外から開けられ、私は兵士に連れられて外に出た。外には既に二十人余りの兵士と作業員、白衣を着た人もいた。何かの通信機やコンピューター、爆弾の入った箱なども並べられている。

「懐かしいだろ?」

中佐が言った。前にここに来たときはラックとレックに連れられて来た。普通は懐かしむのだろうが、今の私に懐かしむなんてことはできなかった。

「おい、道はちゃんと作ってあるか?」

チェックボードを持った作業員が寄ってきた。

「えーっとですね…あぁ。通信障害が起きていて……それに瓦礫もかなりぎっしり詰まっているもんですから…もうすぐできます……あと数分ほどお待ちください」

そう言うと、作業員は無線機を取り出して建物の中へ入っていった。

「OKか?おい?もしもし?もしもし?ったく、なんでまだ無線がつながらないんだよ」

作業員は照明を建物内部に向け、つけたり消したりした。おそらくモールス信号的なものだろう。

「よし。OK!」

建物の中からゴンッという音がした。しばらくすると建物から白い煙が出てきた。

また作業員が照明で何か送ると、こちらに向かってグッドポーズをし、煙を出すための送風機をつけた。

「……では加藤君。行くとしようか」

中佐は私を見てまたニヤッと笑った。


兵士三人と中佐、白衣を着た研究者か何か二人、そして私の総勢七人は建物の中へと慎重に入っていった。中は寒く、真っ暗なため上着と懐中電灯が配られた。

「お気を付けて。いってらっしゃい」

手が使えない私を除く六人は懐中電灯をつけた。あまり広くない廊下に、爆発で吹き飛ばされた瓦礫が転がっている。横の壁は爆発で大きなひびが入り、骨組みのようなものがむき出しになっている。所々横穴のようなものがあり、その先に部屋があって、例の書類やら研究道具やらが落ちている。

「なにビビってるんだ。行くぞ」

中佐が言うと、ほかのメンバーも奥へと歩き始めた。


五分ぐらい歩くと、何やら石の扉のようなものの前についた。扉には神話と関係があるのか、神と一冊の本が描かれている。

「これは……扉か?」

中佐が扉を軽くたたくと、

「おぉ!」

扉が横にスライドし、新しい廊下が出現した。突然だったので、周りの人たちも思わず声を上げた。

「どうなってんだ……これ……」

ざわめきだす周囲。出現した廊下には瓦礫一つ落ちておらず、壁も床も天井も新品同然の姿だった。

「……ここから先が、未来か」

そう言って中佐が扉の仕切りを超えると、とたんに天井と壁の照明がつき、辺りは一気に明るくなった。

「……赤外線センサーでもついてるのか?ったく、サプライズ満載だな…」

今までの朽ちたコンクリートのような見た目とは一変、壁も天井も濃い灰色のシックな感じで、床は赤いカーペットが敷かれていた。モダンな廊下である。

「これは期待できそうだな」

一行は懐中電灯をしまい、また歩き始めた。


五分ほどして、また扉についた。扉は真っ黒で、真ん中に赤色で何か文字が書かれている。

“世界線湾曲装置、ライター”

……!?

日本語だ。

「えっ…?」

思わず声が出る。

「日本語で書くとはな。やはり、これは主人公あてのものらしい」

白衣を着た人がスマホを取り出し、文字の部分の写真を撮って画面をタップした。

「……ここが“ライター”の在処で間違いないでしょう」

白衣を着た人が言った。

「ふぅーーっ……諸君、行くぞ」


中佐はさっきのように扉を軽くたたいた。

扉はゆっくりとスライドし、扉の先から青い光が入ってきた。

First Encounterだ。


「あれが……“ライター”……か……」

誰一人、開いた口が塞がらない。何と言うべきなのかもわからない。考えられない。

“ライター”

目の前には、幅10mにもなる巨大な青く光るスクリーンと、普通のテーブル、椅子があった。テーブルの上には、キーボードと紙が一枚置いてある。

「はぁ……はぁ……」

息が自然と荒くなり、前に進むことができない。暗く広い部屋に、青く光るスクリーン。ただの青い光なのに、何故だか引き込まれる。

「……い……行くぞ……」

中佐が小声で言った。

……誰も歩かない。みんなスクリーンを見ている。

……見て……眺めて……ふらふらする……


……しばらくして、なんとか我に返った。

「よ…よし!もたもたするな!フレッド、加藤を椅子に座らせろ!」

後ろで突っ立ていた兵士がびくっと反応した。

「何してる!もたもたするな!」

「はっはい!」

兵士は私の手錠を掴み、そのまま椅子に座らせた。

「よぉうし。これで材料はそろった。早速やるとしよう」

手錠がようやく外された。

「やるって……何を……?」

「ここに紙があるだろ。なんて書いてある」

“キーボードに、入力するだけ”

やはり日本語だった。

「……」

「……答えられないようだな。翻訳機を貸せ」

白衣を着た人がスマホを渡す。

「ったく、主人公のくせに何もできないとはな。まるで子供だぞ」

中佐はスマホをかざし、ニヤリと笑って戻した。

「なんと、シンプルな。さすがは未来人だ」

私はキーボードを見つめた。地上のものと同じ、QWERTY配列のキーボードだ。ワープロとしてしか使わないが、ちゃんと全てのキーがそろっている。

「では、この文章を入力しろ」

そう言うと、中佐は一枚の紙を机の上に置いた。


“9月3日、世界はアメリカ合衆国が完全に支配し、主人公の加藤深はそのことに対して何も疑問を持たない。彼はいつまでも日常の、ほのぼのとした生活をする。地底は全てアメリカ合衆国のものであり、地底人の技術もまた、アメリカ合衆国だけのものである。合衆国に、永久とわに幸あり”


「……この文章を書けって……?」

「ああ」

「……絶対に嫌だ」

「なるほどね」

中佐は拳銃を取り出し、隣にいた兵士は私の頭をつかんだ。

「……死ぬのは君じゃない。わかってるよな?」

「……いやだ……いやだ……」

「……君は本当に子供だな。いやいやばかり言って。考えてみろ、この文章を入力したらヤコフも、宮田も、そして米浦も、みーんな助かるんだぞ?ほのぼのとした平和な日常が、永遠に続くんだぞ?最高だと思わないのか?」

「違う……違うんだ……」

「何が違う」

「望むのは……そんな日常じゃない……世界じゃない……」


「……そうか。なら、バッドエンドにしてやるよ」


「は?」

中佐は無線機を取り出し、チャンネルを何かに合わせた。

「こちらはバッカード。こちらはバッカード。米浦を殺れ」

「やめろっ!」

「なら!つべこべ言わずに打ち込め!」

「くっ……」

……どうすればいい……?こんなのおかしいだろ……?

こんなの、バッドエンドじゃないかっ……!

くっ……うっ……!

「くっ……!」

「うるさいぞ」


…………くっ……


ああ、神よ。どうか、この世界を救いたまえ。




「畜生っ……まだ無線機がつながってないのか?おい、フレッド、お前のやつを貸してくれ」

「はい」

フレッドはライフル銃を肩に戻し、腰のベルトに引っ提げている無線機を取ろうとした。

その時だった。

「あっ」

ガチャン

同じくベルトに引っ提げていた拳銃が落ちた。私の足元に、拳銃がある。

……迷いなどなかった。

「おらっ!」

「お、おい!お前!」


「……ははははは……」


中佐が拳銃を取り出すときには、私はもう中佐に拳銃を向けていた。

「……ち……近づくな!撃つぞ!」

私は少しづつ後ずさりし、距離を取った。

「……フッ」

中佐がまたニヤッと笑った。

「こちらは六人、君は一人。さて、勝ち目などあるかな?」

「……」

「今すぐに銃を置け。さもないとあの少年二人も殺すぞ」

「はっ…」

……ああ……だめかもしれない……全く……考えたらすぐわかるじゃないか。

……また……衝動に駆られて……!

「うぅ……」

……はぁ……はぁ……

どうすればいい……?

神に聞いても答えは返ってこない。

……考えろ……考えろ……なにか……なにか抜け道があるはず……


…そうだ。


「……はぁ……はぁ……わかった。そういうことか」


私は、拳銃を自分の頭に向けた。


「……おい、まさか、」

「はぁ……はぁ……じゃあな。また別の世界で会おうっ!」

「拳銃だ!撃て!」

「ああああああああああ!」

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