第2話 お酒の飲み過ぎにはご注意を

「おい、起きろ!いい加減に目を覚さんかい」


俺は老人特有のしゃがれた声となにか硬いもので肩を叩かれる感覚によって目を覚まされる。


「おう、やっと起きたかい」


俺は声の主を他所に虚な意識で当たりを見渡す。


そこは日夜、俺が酒を飲み明かしている小汚い酒場だった。


夕暮れ時は冒険者や浮浪者達でけたたましく賑わう酒場も今は営業時間前なのだろう。


店内は閑散としており客はおろか店員すらいない。


いるのは目覚めたばかりで何が何だか全く状況が把握できていない俺と、先程から親しげに話しかけてくる明らかにこんな場末の居酒屋には不釣り合いな高級感漂う格好に身を包んだ身なりのいい老人が一人。


その老人は何故か俺に対してにこやかな笑顔を振りまいているが、表情はどこか作り物っぽくかえって不気味な雰囲気をただよわせる。


「おはよう、昨日はいい勝負じゃっだのう。年甲斐もなく熱くなってしまったわい」


俺がそんな老人を訝しんでいると、突然不穏な単語が耳に飛び込んできた。


「勝負・・・・・・・・・何のことだ・・・?」


「おいおい、何じゃい酔っ払って昨日の記憶を忘れたなんていわせんぞ。あの熱い試合を」


老人は深いため息をつきながら、眉をひそめて頭をかく。表情は不満と呆れた様子が交じり合い、しばらくの間、呆然と周囲を見つめる。


やがて、老人は重い足取りで近くにあった椅子に腰を下ろし、俺のことを鋭い眼光で見つめてきた。


恐らく弱い80歳の老人だろう。


ただその威圧感はAランクの魔物を思わせる。


俺はそんな老人の様子にたじろぎなんとか昨日の記憶を脳の海馬の奥底から引っ張り出そうとした。


・・・が全く持って思い出すことができない。


どうやら俺の記憶はお酒によって完全に忘却の彼方に吹っ飛ばされてしまったようだ。


そんな俺の様子を見かねたのか、老人は諦めたかのように肩をすくめ、髭に覆われた口を重々しく開き昨日の出来事を俺に告げる。


「仕方ないのぉ、簡単に説明するぞ。お主はわしとのギャンブルに負けて多額の借金がある。ほれ思い出したか?」


(ギャンブル・・・・・・・・・借金・・・・・・)


俺は腕を組みながら天井を見上げ、改めて昨日の記憶を辿る。


そして、数秒後。


「うぅ・・・・・・っ」


うめき声と共に、目の前の机に思いっきり突っ伏した。


「ようやく思い出したみたいじゃの」


あぁ完全に記憶が蘇ってきた。


あれは昨日俺が疲れた一日の終わりにこの居酒屋でカウンターに座り、静かに一人で酒を飲んでいた時


突然この老人が隣に座り、柔和な笑みを浮かべて一人で寂しく飲む俺に話しかけてきた。


「一人で退屈そうじゃの、何か面白いことでもせんかの?」


その老人は店員に適当に酒とつまみを頼むと、ポケットからトランプのカードを取り出した。


「どうじゃ、ギャンブルでもやらないか」


突然のギャンブルの誘い。


普段だったらそんな怪しげな誘いに乗ることなんて絶対になかっただろう。


だだその日は普段と少しだけ訳が違った。


その日は俺が組んでいる冒険者パーティの休養日。


いつもだったら一日中寝ているか、仲間達と日中から酒を飲み明かしている所だが俺は少し前に新調した武器の調整をするため一人でダンジョンにもぐっていた。


普段俺のようなそこそこのベテランが潜るような階層ではなく駆け出しの冒険者が潜るような抵階層。


そこで適当にゴブリンやらコボルトを狩りながら武器の性能を確認していた時、倒した一匹のゴブリンがポーションのような液体が入った瓶を落とした。


倒したモンスターが素材以外にアイテムを落とすことはダンジョンでは稀にあることだしそういったアイテムは物珍しさからそこそこ高値で売れたりする。


ただしかしそれはもっと上の階層のモンスターが落とすアイテムの話。


所詮は低階層のゴブリンが落としたアイテムだ。


二束三文にもならないだろう。


そんなことを考えながら大した期待もせず買取に出したこのアイテムが俺に思わぬ幸運をもたらした。


ゴブリンが落とした液体は最近貴族に人気の高い洋服の染料としえ使われる液体でそこそこ高値で取引されたのだ。


そうして思わぬ臨時収入を得た俺は大分浮かれていたのだ。


そんな浮かれに浮かれきってきた俺は酒の勢いもあって、たいした説明も受けずにその怪しげなギャンブルに乗ってしまった。


そして盛大に負けた。


下着どころかケツ毛までむしり取られるぐらいの。それはもう凄まじい負けっぷりだったと言うほかない。


余りの軽率さに、思わず頭を抱えてしまう。


そんな俺に畳み掛けるように老人が一枚の紙を差し出してきた。


「なんだよ、これは?」


「ほれこれがお主の借用書じゃ、確認せい」


俺は老人から恐る恐る借用書を受け取りその内容を確認する。


「------------ーーえ」


そして思わず俺は言葉を失ってしまった。

それもそのはずだろう。


老人から手渡された借用書に書かれた負債額は大金貨一万枚。


その額は伯爵レベルの貴族の一年分の税収に値する額だ。


とてもじゃないがCランク冒険者が一生かけても払える金額じゃない。


「ふざけるな!嵌めやがったなこの野郎!こんな金額・・・払えるわけねぇだろう!」


俺は声を荒げ、老人に殺気を放つ。


それも街で絡んできた調子に乗った酔っ払いを軽く威嚇するような殺気ではなくモンスターや盗賊に対して向ける純度百パーセントの殺気を。


それこそ常人が浴びれば2秒も持たず卒倒してしまうような殺気。


ただ老人はそれをものともせず飄々とした様子で不気味な笑みを浮かべる。


「やれやれ、払えないというか。それなら働いてでも返してもらうしかないのぅ」


「働く?馬鹿言うな。どこで働いたら大金貨一万枚なんて稼げるんだよ。知ってるもんなら教是非ご教示いただきたいねぇ」


俺は老人の提案に嫌味ったらしく文句をいってやった。


当たり前だ、大金貨1万枚なんて簡単に稼げる金額じゃない。


それこそ常に死の危険が伴う鉱山奴隷として生まれてから死ぬまで一生働いたってせいぜい大金貨百枚が限界だろう。


金貨一万枚なんて金額、一般人が人生三回やり直りても支払える額じゃないのだ。


「ほっほっほっできるじゃろい」


ただそんな俺の言葉にお構いなしに老人はニヤリと笑い話を続ける。


「お主は、世にも珍しいインキュバス血を引いた『混血種』なのじゃから」

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