われら暴風吹かせて進む、感情社会主義勝利の道を

感情を共有させられる社会とは自由を奪われるのも同義である。

『叫びたいほどの嬉しさ』
『泣きたいほどの悲しさ』
『人を殺したいほどの憎しみ』
この三つの感情が現れることが多いとある。
怒りがない。
怒りを通り越すほどの憎しみが、勝っているのかもしれない。
それだけ政権交代した物語の世界の政治が、いかに悪いのかの現れなのだろう。
それとも、怒る気力も失せてしまっているのか。

憎しみから殺した後、二時になり、彼女の感情が共有されたのだと思う。
すると、いまの自分の感情と、共有する感情が合致。
「私自由な感情あるじゃん」と錯覚したのだと思う。

彼女が本当にナイフを向けるべきは、感情社会主義という社会であり、それを行っている政府のはず。
チップを埋め込む際に、政府に逆らえないようなプログラムも同時に埋め込まれているのだろう。

「馬鹿ばかしい政策のせい」とあるように、馬鹿馬鹿しい世界である。
こんな世界になってほしくないものだ。